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1870年当時世界最強の陸軍国フランス軍をプロイセン軍は破り、
ドイツ帝国の統一を成し遂げた。
当時フランスの方が人口、国力ともにプロイセンより数倍も勝っていたが
プロイセンには世界最高の戦略頭脳集団「参謀本部」が存在した。
プロイセンの参謀総長モルトケは、
「戦略とは状況を救済する術なり」と説いた。
明治維新を遂げた日本は一時フランス式軍制だったがプロイセン
(ドイツ帝国)に注目しドイツ軍人の日本への招聘を依頼した。
ドイツから日本に派遣されたメッケル少佐は日本陸軍の近代化に貢献した。
メッケルは日本の参謀達に
「前線部隊が、できるだけ無理せず、有利に戦える条件づくりをする。」
「前線部隊に能力の限界を超す努力を要求せず、目標を達成できる戦略」を説いた。
(メッケルには自軍に都合の良い、先制奇襲攻撃にを比重を置き過ぎたとの批判もある)
メッケルが去った日本陸軍参謀本部は10年ほどはメッケルの遺産で日清・日露戦争を戦い抜き何とか食いつないでいたが、昭和期に入り日露戦争の経験のない若手参謀が丸暗記受験秀才化し太平洋戦争では、緒戦の南方占領
までは相手が植民地駐留軍でもあった事から周到な研究と準備で攻略
はできたまでは参謀の問題は度外視された。
しかし、ガダルカナル島へ米軍が反攻してきた1942年後半からは
太平洋の西でも南のソロモン、ニューギニアでも西はビルマでも
日本軍は米英豪印軍に全く勝てなくなる。
こういう不利な時こそ「参謀本部」の不可能を可能に変える
知恵と智謀が要求されるのであるが、参謀が出した戦略戦術は
「前線部隊に能力の限界を超した努力を要求し、
それでも目標を達成できない戦略」
を多く用い前線部隊に「無限の努力」を押し付けた。
(目標達成=勝利できないと現場が悪い、ダラシない、
根性無しとされてしまいます)
1944年のビルマ・インド国境でのインパール作戦等がその悪い例である。
西も東も敗勢にさしかかる時期に、制空権も無く、補給の続かない中で大河を渡河し2千メートルの山脈を超えて期間限定で敵中に数百キロも突進し要地インパールの占領を企画しあわよくばインドまでの占領も企てた。
前線部隊は無理な作戦を期間内に終えようと食料、重火器、弾薬まで減らして徒歩で50キロ以上の個人装備を携行させた。
(私は以前(30歳当時)山登りをしていたが練習用のザックに20キロの荷物で平地を
先輩(荷物重量25キロ)と歩いただけで2キロ歩いただけで失神しそうになったり
足が何度も 攣った事があります)
しかしその要求値は前線部隊の「人間としての常時出力的な能力」を
遥かに超え過ぎていた。
今でも「X理論」や「ブレークスルー」と言っては、とかく派手な
数値目標を掲げる経営者が目に付く。
(特にIT関連企業に多いような、、、)
彼等は社員に限界を超す高い目標をおしつければ、皆、やる気を出し、
すごい成果があがれば会社経営は楽になると考えるのだが、、、、現実には、実現不可能な数字は社員がやる気をなくすのに抜群の効果を発揮し、
メンタルヘルスの悪化や組織全体の風通しの悪さに貢献しているだけでなないだろうか?。
人間の能力は、今現在の限界を多少は超すことができても、決して
「無限 ∞」ではない。
目的達成の障害となる「不利な要素」と目的達成に貢献する「有利な要素」があるが、目的達成のため、いかにして、有利な要素を活用し、
不利な要素を克服するかを考えるのが、企業戦略であり現代の経営者や
企業参謀の責務ではないだろうか?
すべてを数値化してしまい各現場の部署に押し付けた指示と言い換えた
必達目標という数字通りには事が運ばないかを俯瞰目線で現場よりも
早く阻害点を「察知」し、その原因を探り出し、対策を講じるのが本来の、
経営陣や企業参謀の役目であったはずである。
私が歴史や戦争の本を読んできたのは実はこういう過去の教訓
(戦訓)や事例を参考にして現代企業の戦略に活かす「法則」を
見つける事ができないか?という手前勝手な観点(趣味と仕事の両立?)
からだ。
又機会があれば私なりに現代企業に応用できる「法則?」も
書いてみたいと思うが安易に戦史戦術を企業活動に当て嵌めても
良い結果に繋がらないようにも思えてきたのである。
しかし最前線の日本軍がかくも強かったのは参謀本部や高級軍人の
作戦立案力や後方支援体制が優れていたわけでもないのだが、前線に
於いて将兵各自が発揮した「現場力」本物の「責任感」であることは
まちがいはない。
今も昔も悪く言えば日本の現場の者はその責任感を利用されて来たと
観る事もできる。
日本軍の将兵だけが世界戦史にも類を見ない食料も弾も無く降伏も許されない四面楚歌の中でも「人間の限界を遥かに超えた戦い」強いられつつも、
それに最期まで応えようとした事実だけは後世の日本人は忘れてはならないと強く思うのです。
また現在でも無茶過ぎる本社や上司からの無理筋な命令を受けてても其れを受けとめ献身により責任を果そうとする現場の者たちには強い感動を覚える
隣人的な私が存在する。
ただ経営者は特攻戦術を日常化してはならぬよう常に肝に命じる事をお忘れなく。
昭和20年8月の終戦において海軍特攻隊を指揮した大西中将は
「特攻とは統率(経営?)の外道である」と語り終戦翌日に自刀し果てたが
死ぬ気のない経営者が従業員に「死ぬまで働け」と命ずるのは自ら
経営者能力を下げていることに他ならないようも思うのだ。
最近燃費等で不正詐欺事件を犯した某自動車会社の経営陣はやってはならない「統率(経営)の外道」を常態化させ更に社会からの信用を失うに
至った責任は大き過ぎるものがあるが、残念ながらこんな会社や
経営者はまだ多く存在する気がしてしかたがないし、裏で不正の種を
撒き散らしながら表の顔は改革者ぶる経営者を私達は何人も観てきたし
残念ながら今後も直ぐに怒りを通り越し傍観する事になるのだろうか?
そのような経営者が日本戦史から安易に滅私奉公的な下部の者の
上位者への無限努力を求めたり、根性論・精神論に行きつくような
企業経営へのヒントを学ぶのは、「世間の異常が組織内では普通」
という常態化を招き危険であると私は思うのであります。 ランキングに参加しています。
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