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宮澤賢治といえば「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ」の詩で全国的にも 著名な人物で多くの人が教科書で宮澤賢治の清貧な生き方と自己犠牲にも 通じるボランティア風な生き方に影響を受けたものと思われます。
http://livedoor.blogimg.jp/waranote2/imgs/8/0/8027e509.gif でもこれら宮澤賢治の「正しいイメージ」は全くの嘘とまでは 断言しませんが巨大な虚像である事はまちがいありません。
私も小学生で「雨ニモ負ケズ」を知りその後、題名だけが有名で、かつ 独り歩きしてる「銀河鉄道の夜」等一連の作品集も読みましたが 小中学生の私には理解できませんでした。
その後10年経過し大人になった私に折伏目的(勧誘)近づいてきた S価学会の元高校の同窓生近所のケンジ君と喫茶店で駄弁った時に 「雨ニモ負ケズ」の話題となったのですが、彼が得々と語るには 「・・・宮澤賢治は法華経信仰の猛烈な信者で(中略)教科書からが最後の 文章が削除されたが雨ニモ負ケズの最後は何妙法蓮華経〜何妙法蓮華経 で締めくくられている・・・(後略)。」 という意外なものでしたが、当時は1970年代の終わり頃でネット検索もできない時代で確かめようもなく、宮澤賢治の数多い伝記や小伝は読んでみたのですが、確かに熱烈な法華経信者であり戦前は有名であった国柱会 (こくちゅうかい)の会員でもあり、満州事変の立役者で国家改造主義者で あった石原莞爾とも多少は関係のある事が理解はできました。 石原莞爾は満州を第二日本国としての傀儡国家を創りあげ、小規模ながらも 宮澤賢治もイーハトーブという国民を誘導すべきバーチャル版の 理想国家創りをめざす途上にての37歳での病死でした。
国柱会とは「八紘一宇」という4文字を戦前に初めて用いた団体でもあり 戦前版のS価学会とも呼ばれる程に当時は有名かつ大規模な宗教団体で、
軍・官・政界に優秀な信者会員を送り込みましたが、軍には石原莞爾を、
宮澤賢治も戦争に向かう国家に必要な自己犠牲を称えるそれも黙々と
従う民・百姓を養成する下地として「雨ニモ負ケズ」を著そうとしたので
はないでしょうか?
私は戦前(生前)のまま宮澤賢治は無名のままで良かったと思いました、 でも戦後になり宮澤賢治を利用しつつ有名人に転向させてしまったのは
宮澤賢治の親族と戦後の文部省の役人達でありしょうか?
戦前の陸軍省が間に合わなかった「雨ニモ負ケズ」を戦後の文部省は 役立てる事に成功しました。
ちなみに興隆を極めた国柱会も本土空襲での本部破壊や終戦の混乱で 凋落し、思想と理論は後追いのS価学会に勝手流用され尽くし
骨抜き弱体化いたしました。
雨ニモマケズ※南無無邊行菩薩の部分が気になる方はグーグル先生の画像検索で 「宮澤賢治 南無無邊行菩薩」 にてお調べください。 http://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/ra294/users/7/1/3/2/bookoff2016-imgbatch_aa1990897913-2409818922-2369630439-3351514218/401x600-bookoff2016_c00000256171_0_1_14523247173179_27029.jpg
私が小学生で知った「雨ニモ負ケズ」から30年、ようやく私の疑問に 答える書が登場しました。 1997年刊行の孤高の名著「宮澤賢治殺人事件」(吉田司)であります。 推理や架空小説の題名にもみえますがこれまでの、貧乏、真面目で清貧、 中年童貞、近代的な農業革新という宮澤賢治の善善善のイメージが著者の 調査により実は親は裕福ですねかじり、買春はする猥本収集家、教師も 農業改革の実務知識は超怪しい知識である事が判ってきます。
つまり太宰治なんかが遥かに立派に思えてくるほどの、クズ中のクズの デクノボウな親のすねかじりが宮澤賢治その人でありました。 新興宗教に嵌りこみ世間の人を救済しようとは考えるもののいざ行動に 移そうにも地元財閥の親の資産を喰い潰し、世間からは尊敬もされず変人 と思われただけの人でした。
でも戦後の定説として宮澤賢治は近代の日本人の中でことすら道徳に 秀でた人物として伝承され本日に至ります。 つまり「宮澤賢治殺人事件」が刊行された1997年以後は宮澤賢治の イメージは善の白から黒とはいわないまでも濃灰色が一般イメージに
ならないといけないはずですが、2017年の今も数多く
宮澤賢治に関連する研究や書物は世に出てきてはいますが、 全てとはいわないまでも1997年以前の昔からの賢治礼讃イメージの
踏襲であります。
その踏襲的評論の多くは文学面からの片面彫的なアプローチからですが 宮澤賢治は文学で身を立てようとしたのではなく親の財産に 縋りながらとはいえ宗教の世界に嵌り身を据えようとした確信犯 的な人物ですから宗教や当時の日本の国家改造気運を抜きには 語れないと思うのです。 私の今回の愚文を今読んでも理解できないとは思いますが、宮澤賢治の核心に 近づきたい方は「宮澤賢治殺人事件」を一読されたらと思います。 宮澤賢治にしてもその個人の歴史は書き換えられ造り替えられ事を証明しておりますが逆に歴史を知ろうとするものは途中で自分の期待する応えとは違う 「不都合な真実」とどうつきあっていくか?で深度が異なるでしょう。 よく歴史の事象についてですが薩長が善(正)で幕府が悪とか、明治の日本は良いが昭和前期の日本は悪かったとかの善悪論や「これが歴史の真実やで〜」 とかいう方が多いのですが、歴史とは多面的に眺め理解を深めるものだと 思います。 多面的に観ないと誰かによって統合的イメージに造り替えられるのです。 「ソウイウモノニ ワタシハナリタイ」という部分に私は 賢治の非凡な部分を感じるのですが、初めて漫画ワンピースを 子供と共に観て主人公の「海賊王に俺はなる!」を聞いたときに 漫画の作者も宮澤賢治に影響受けてるかかも?と確信したのでした。(謎 ちなみに昔に私を誘ったS価学会の友人の名は苗字は宮澤では ありませんがケンジ君でありました。 ケンジ君の御両親も宮澤賢治にちなんでケンジ君と命名 したのかもしれません。(苦笑 もうひとつオチを申しますなら 私の2016年は100キロウォークが地震と台風で二度も中止と なりまして何とか開催され歩いた10月の行橋別府も私事ですが 雨と風でボロボロとなりまして「雨ニハ負ケル、風ニモ負ケル」 状態でしてそういう2017年を私は迎えたくないの・・・でしたが もう2017年を迎えてしまいました。(爆
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