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歴史学習妄想的メモ 37話であります。
10連休で書くつもりが怠慢で投稿遅くなりました。
いやあワタシも歴史好きを勝手に自認してますが、
この事実には驚きましたね〜。
昔の人は寿命が短くて、西洋医学が伝わった明治維新後に日本人の
寿命が急に伸びたんじゃなく、実は明治の後半から大正10年まで
日本人の平均寿命が駄々下がってたのが、或る人物の英断によって大正10年
以降から日本人の平均寿命が急激とまで表現されるように世界一に向けて
伸びたって話なんですが貴方は信じますか?
信じる方も信じない方も
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
縄文時代や弥生時代なんかは人の平均寿命が15歳前後だったらしいですよ。
ワタシなんか既に61歳ですから世が世ならばもう4回は埋葬されてて
生きてるのか怨霊かゾンビかわからないですよね。
日本人の平均寿命は鎌倉時代や戦国時代で30歳前後、江戸時代でも
35歳前後で明治時代に入り40歳代に上昇したかと思いきや、なんと
明治時代の後半から乳幼児の死亡が増えて明治末期から大正10年の間
は乳幼児が年間で30万人も死亡する年もあり日本人の平均寿命を
下げていたのだと判って一方的に近代化で世の中に全てが過去より
良くなるわけでもないんだねって思いましたね。
※昔も徳川家康のように長生きする人もいますが乳幼児の死亡率が
高く平均寿命が低くなっていまうんですね。
明治時代から大正時代の日本は富国強兵の時代でもあり
戦争には続けて勝利し、どんどん右肩上がりで暮らしも向上したかに
思えてましたが、幼い子供達にとっては怖い時代であったのですね。
年間で生まれてるのに乳幼児が30万人も死に至っていたなんて
幻や捏造や推定の南京大虐殺(2万〜30万人)なんかとは違いこちらは正しく
乳幼児の毎年の死亡数です。
人口動態統計100年の年次推移
↑ 明治末期から大正から10年まで年間で出生1000人に対し誕生日も迎えられず、
150人以上の乳児新生児が亡くなっていました。
実は、これから真相を書けばワタシは水道局の方々に凹られそうですが
明治20年頃から東京や関東で西洋を真似て水道事業が始まってるんですよね。
便利ですからこそ明治から大正期に都会では水道が普及したんですがその水道の
普及は乳幼児の命を奪ってしまう方向にも向かいました。
水道のない時代は井戸の水や小川の水を桶で汲んだり運んだりもしてましたが
都市部で水道が普及しだすと、命の安全性より水の利便性が優先されてしまった
ようで水道の発展期における「負の歴史」の存在も一時期ですがあったんですね。
そう大きな声では水道局の方に恨まれるので発声jできませんが当時の水道管の中を流れて家庭の蛇口に至る水は殺菌も消毒処理もされておらず或る意味危険な水
だったんですね。
当時でも聡明な親は赤子や幼児には可能な限り水道水は飲ませず、
煮沸したりしてたようですがその知識は庶民までは浸透せず
大人なら淀んだり細菌の混入した水を飲んでも下痢して寝込んだりで
なんとか回復できても幼い乳児や幼児は体力が弱く直ぐ死に至ってたんですね。
話しは急ハンドルで横にぶっ飛びますが、大正時代といえば第一次大戦とか
ロシア革命とか関東大震災やシベリア出兵とか大きな出来事がたくさんあったんですが実は日本陸軍は細菌や化学研究を応用して化学(毒ガス)兵器を水面下
で開発しており機会があればシベリア出兵やその後の戦争での液体塩素
ガスの使用も目論んでました。
今なら塩素って消毒や殺菌のイメージもあり怖くは思えませんが、潜水艦等が
敵から爆雷攻撃を受けたりして潜水艦内の電池が破損して狭い艦内で
塩素ガスが発生し乗員が多数亡くなったとか読んだ記憶がありますし、
第一次大戦でドイツ軍が世界に先駆けてイープル戦で使用した毒ガスも
塩素ガスが主成分でした。
塩素ガスを吸うと咳や嘔吐に苦しみ症状が酷い場合と死に至ります。
つまり初期の毒ガス=塩素ガスと考えていいと思います。
しかし日本陸軍の毒ガス開発は第一世界大戦もシベリア出兵も終了し
戦う国が一時的になくなり、軍事予算も削られ毒ガス開発もより小規模な
研究に移行しますが、とにかく軍事機密の壁に護られ一般国民は知らない
塩素ガスでした。
戦前も戦後も変わらない国家や国民の健康よりも軍の勝利や省益が大事な
お役人や軍人の一部からは
「国家機密の秘密兵器を民需に転用するとは何語とぞ!」
と強い反対もあったのでは?とも思うのですよ。
しかし軍事機密でもある戦場に運び易いように液体化した液体塩素を軍事
から民需に転用しようとして人物があらわれました。
塩素の液体化により細かい調整や精度で水道水への混入が可能となった。
彼こそが日本近代の中の偉人中の偉人、
後藤新平であります。 後藤新平って現在ではそう知られてませんが、軍人の児玉源太郎とくんで
台湾や満州を開発や近代化したり、満州や台湾の阿片患者を激減させたりと
日本といわず「民政」にその持てる力を尽くした人物ですが若い時は
細菌学では日本の権威でもあり北里柴三郎らに次ぐ専門知識を
兼ね備えた人物でもありました。
ペスト菌などの細菌から日本人といより人類を護ろうとまで考えて
動き回っていたのですが、天の配剤とでも申しましょうか、
大正10年当時、後藤新平は関東大震災の復興責任者でもあり
東京都知事でもあり軍事機密の厚いベールに覆われ、一般国民には
秘密となっていた液体塩素の技術を応用し一定の割合で水道水に
混ぜて給水するという大英断を世界に先駆けて実施いたします。
馬鹿とハサミは使いようとは昔から申しますが、塩素も戦争に使用すれば敵兵の命を奪う危険な毒ガスとなり国内の民需に転用すれば殺菌消毒で国民福祉に大いなる貢献を果たしたわけです。
後藤新平の思惑通り結果は劇的な大正10年以降の日本人の平均寿命の
劇的な逆V字回復に繋がり現在に続く日本人の世界でも突出した高平均寿命
への大いなる助走となったのです。
もし、関東大震災がおこらず後藤新平が帝都復興の責任者かつ
東京都知事のポジションに就いてないない場合、水道水への塩素殺菌が
その後かなり遅れているとしたら・・・・後藤新平の英断に後世の私達日本人は
感謝すべきですね。
後藤新平については、大風呂敷過ぎるとか反米親ソでつまり
左翼であるとかフリーメーソンと繋がりがあるとかで現在でも嫌う人もいるのですが
識見もやり遂げた業績も素晴らしく思いますね。
現代の政治家や官僚は些細な事を自慢し、危険を伴う命を張ってまでの
国民貢献はやらないのですが、大風呂敷と揶揄されようとも
常に「あるべき姿」を具現化し実行しようとした後藤新平の爪の垢をご遺骨から
DNA採取して大量に複製して大量に飲んでいただきたいと思うのはワタシだけじゃないでしょう。。
また最近は水道事業を低コストに抑えるべく各自治体が民間業者に委託しようとする安全よりもコストを優先する論議も浮上しておりますが、常にあるべき姿を
イメージしていた後藤新平ならばどう考えるのでありましょうか?
※詳しく水道水の大正10年改革を知りたい方は竹村公太郎
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