涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

L書籍・映画 (借物有り)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
6月は後半から雨が多く、そのせいか歩かず読書をしました。
最近なにかと「改革」という言葉を目にも耳にもしますが、どうも
改革という言葉の次に「挫折」という言葉が用意されてますね。

この記事は最後にチカッと毒吐いてますので最後まで読んで欲しいですね。

イメージ 1





























今回読んだ「帝国陸軍の改革と抵抗は」新書版にサラっと
陸軍80年の歴史の中での改革にふれ、以下の三改革について考察なさってます。

①明治中期に行われた桂太郎の陸軍改革
②大正後半に行われた宇垣一成の軍政改革
③昭和初期の革新運動と石原莞爾の参謀本部改革

①桂太郎 
鎮台からスタートした国内防衛軍から清国やロシアと
国外で戦う外征軍に変革させ見事に成功させました。

②宇垣一成
第一時世界大戦での欧州列強は国家総力戦、果ては
長期消耗戦までに戦争遂行力を発展させて新しい武器をや
弾薬を無尽蔵に製造させたが、大戦に名ばかり参戦の日本は
総力戦どころか武器の更新もままならず、武器の生産力も上がらず、
世界的軍縮ムードと日本国民が平和を謳歌した時代にも関わらず、
陸軍首脳や中堅幹部は独、仏、英との次の戦争に日本は敵わない事が
白日の元にさらされ、一種の諦らめや焦燥感を募らせます。
宇垣陸相は常備17個の師団を4個削減し、先の山梨軍縮と合わせ
約10万人の兵員、5千名の将校、1万7千頭もの軍馬を削減します。
そして浮かせた人件費等で戦車、飛行機、化学兵器等の開発装備に
廻し、それなりの武器の更新や開発は行われました。
10万人の兵と軍馬は民間に戻れば本来の仕事もあるのですが職業軍人
たる将校達は、他の分野ではつぶしが効かず、
危機感を募らせ宇垣陸相には以後反発し続け宇垣の改革は頓挫します。
でも戦前の日本は全て軍国主義と思いがちですが日露戦争で150万を超える
兵力を動員した日本は山梨、宇垣軍縮で平時30万人を切るまでに人員が縮小されました。
今の軍隊とは呼ばれない陸上自衛隊でも15万人はいますから、大正末期の
日本は全然富国強兵の軍国主義とは無縁のようにも思えたのでした。

③革新運動と石原莞爾の参謀本部
陸軍改革と平和な時代で数千人の将校がクビになった陸軍の若手で
優秀な軍人達は自分たちの陸軍を発展させ、権力(予算)を握ろうと企てます。
軍人たちで日本の政治と経済を掌握しようと国内の政治家の言うことに
同調も服従もせず、張作霖爆殺、満州事変等のテロや勝手な戦を起こしますが
国民とマスコミは陸軍を応援し続けるので軍人達は自分たちの仕事やポジション
を増やそうと中国大陸での戦争や紛争を拡大し、外交も外務省任せでなく
陸軍が特務機関を使い外交から謀略までおこなうようになります。
皇道派と統制派の争いもはじまり最終益に2.26事件で統制派が勝利を
おさめ、石原莞爾が参謀本部を牛耳り参謀本部改革に乗り出しますが
石原莞爾は日本と満州国は国力(経済力や重工業化)を増進させてから
ソ連と戦い、ソ連と戦えば人口の劣る日本は不利なので日本人の替りに
満州人や中国人も日本と融和させ、日本人と共に(替りに)ソ連と戦って
死んでもらおうとの考えでしたが、満州事変で英雄になった石原自身が
中国との戦を行わず、支那事変でも不拡大を唱えたので部下の多くは
石原の言うことを聞かなくなり、石原は参謀本部を放り出され、部下達は
中国一撃論で支那事変をすすめますが泥沼の日中戦争から対ソ連
戦争処ろではなくなり、ついには海軍と同調し南進を開始、更に勝てないと
誰もが解っていた太平洋戦争に突入し昭和20年の敗亡に向かっていきます。

読後感ですが、日本の近代の問題は本書の陸軍の改革と挫折にみるように
公務員達をどうするか?という点につきるようです。
組織拡大時は人員もポストも増えるので反対者とか抵抗勢力は少ないですが
緊縮とか組織縮小となると公務員は反乱を起こします。

今でも「消費税増税」を与野党の政治家に声高に叫び続けさせる
奥の院とかいうか黒幕は財務省を中心とする官僚の横断組織です。
国民の給料が減り、失業者が増え、企業の収益が減り、地震や
原発の問題等が山積の今、「増税」どころではありません。
しかし彼ら官僚は増税しないと自分たちの給料を増やせませんから
政治家に取り入ったふりをして政治家を操ります。
そんなわけで増税問題は民主党に裏切られたとか自民党の方がよかった
とかいう問題じゃないと思います。

戦後の代表的な改革者の小泉元首相でさえ命懸けで戦っても
弱小官庁の郵政省解体がやっとでした。
次の郵政省のような消える官庁を出したくない官僚横断組織
に立ち向かおうとする政治家は今は全く見えてきません。。

ええっ、貴方は
「石原都知事がいるじゃないか!」
「橋下府知事は今までと違う!」と本気でお思いですか?

そう思われる方は人間観察力が足らないし、先の衆参院選挙や
歴史から何も学べない人なのでしょうね〜。
もちろん、私も先の読めない男ではありますが。。。



日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
 ポチッと宜しくお願いいたします。
https://outdoor.blogmura.com/walking/index.html 




最初に断っておきあすが海軍の撃墜王?坂井三郎氏を心から
無条件で愛する方々は、ご自身の精神衛生上、速やかにスルーされてください。

XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX

イメージ 2


私が小学生6年の頃、最初に読んだ戦記本が、著名な撃墜坂井三郎氏の
「大空のサムライ」のジュニア版でした。
高校生になり正式版も購入して読み直すと、流石にマンガ的な話や
マサカー的な話も出てきますが、私は坂井三郎氏は64機を堕とした
というのは眉唾でも中年の頃まで著書の大筋は正しいと解釈しつつ生きてきました。

10年頃前に岩井勉氏の「空母零戦隊」の解説で航空戦記本の第一人者である
渡辺洋二氏が坂井三郎氏の一連の著作を資料性の薄い眉唾本のように
冷たく語ってる点に私の目に止まりました。

坂井三郎氏は西暦2000年に世を去りましたが、没後もマスコミでかなり
取り上げられる程、有名人でしたたが、この頃からネットを中心に
坂井三郎氏の陰なる部分も目にするようになったのでした。


坂井三郎氏が「大空のサムライ」等の著作で語った疑問とすべき
部分はここで纏められない程多々あるのですが、端折りますと、
①撃墜数 敵機大小64機。
 (実数は20機内外)
②日本人で初めて米重爆B17を撃墜。
 (坂井氏はこの日出撃していない可能性大)
③昭和19年7月5日の事実上最初の特攻出撃
 (無理な特攻攻撃を命令した司令部を批判してるが無出撃となると)
④昭和20年8月17日(終戦より後)にB32を撃破
  (出撃したものの零戦では追撃できなかったとの情報も。。)

これらの記録は坂井氏の記憶が中心ですが
今となってはかなり怪しいのであります。

私が坂井氏の一連の著作を読んで不思議に思うのは台南空当時
上司で飛行隊長であった中島正中佐を、色々と擁護してる点ですね。
中島正中佐は神風特攻の無理筋な命令や合理性のない命令を乱発し
海軍航空関係者の中でなにかと評判も芳しくない人物ですが。。


また坂井氏はこれまた評判の悪い源田実(戦後は参議院)大佐が亡くなると
山本五十六や源田実らの海軍上層部批判を著作で繰り返してますが、
坂井自身が、海軍関係者の下士官や飛行兵の連中からも浮いている
というか疎んじられていたのは何故なのか?

果たして戦後の坂井氏はどのように生きてきたのでしょうか?

ここ数年間、時折ネットで調べると坂井氏は一時、「天下一家の会」という
元祖ねずみ無限連鎖講の代表と懇意になり、旧知の海軍関係者をねずみ講多数を誘い、多くの人に多額の損害や苦しみを与えたとされております。


しかし、そのような坂井氏の裏面を描いた著作は長年出版されませんでした。

イメージ 1

しかし去年出版された、神立尚紀氏の「祖父たちの零戦」を読んでいくと
坂井氏の戦中の虚実と戦後のねずみ講で戦友仲間達を騙した事が詳しく
書かれております。
そう言う意味で坂井氏は反社会的な許されない団体の代表内村健一
深い縁がありお互いに利用しあってた事は事実のようです。

もちろん私の長年の坂井三郎氏への尊敬の念は薄れました。

今回のように自分に都合のよい真実を探ろうとして調べれば
調べるほどに「不都合な真実」に直面する事があります。
「不都合な真実」に対してはスルーする人、訂正する人、知ってて
知らないふりの不作為の人など対応は様々ですが、私は事実は
事実と認識したい者です。

坂井三郎64機、岩本徹三202機 、西澤 廣義87機等という
一方的な撃墜王神話の鵜呑みから各(戦記)読者も覚醒すべき
時代に変わろうとしてるのかもしれません

でも人間社会です。 批判しようにも対象者が生存中だと
その人の事を悪く批判的には書きにくいものです。

坂井氏は、源田実大佐亡後に山本五十六や源田実の
批判を行いました。
現在は坂井氏亡き後に神立氏が著作やブログで坂井氏の
批判を行なってますが、対象者が存命中に批判するという
事は当然ですがやりにくいものなんでしょうねえ。


備考 酒井三郎氏 略歴
坂井三郎[サカイサブロウ]
1916年、佐賀県に生まれる。青山学院中学部を中退し、1933年に海軍に入る。戦艦霧島、榛名の砲手をへて、1937年に霞ヶ浦海軍航空隊操縦練習生となり首席で卒業、戦闘機操縦者となる。初陣の1938年以来、九六艦戦、零戦を駆って太平洋戦争の最後まで大空で活躍。200回以上の空戦で敵機大小64機を撃墜したエース(撃墜王)。2000年9月逝去


日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
 ポチッと宜しくお願いいたします。
https://outdoor.blogmura.com/walking/index.html 


CMで小田和正さんの曲と流れたとき、
時間が少し止まったように感じました。
http://www.youtube.com/watch?v=5a3ahoLXTuM

先月図書館で立ち読みして泣きました。
借りて帰って全部読んで何度も泣きました。

イメージ 1



生まれて直ぐ余命1年と宣告されたそうですが
秋雪くんは両親や周りの人に助けられ6年2ヶ月
死と生の狭間で必死で生き抜きました。

ワタシは悲しいとか酷いとか思いませんでした。
静かな暖かい感動の涙でした。
けれどこの涙はなんなのでしょうか?

イメージ 2



お母さんが本の写真撮ってますが皆景色と
表情が豊かな秋雪くんが熔けこみ綺麗です。

秋雪君、から感動というか何か言葉にできない
大切なものをいただいた今年55歳になる
阿呆オヤジのワタシは今年は残り11回献血して
100回達成を誓ったのでした。
(↑ まったく成長しない男です。)

みなさんも、是非一度読んでみてくださいね。

尚、以前テレビで放映されたドラマは主演が松田聖子さんで
私的に松田聖子さんの演技で泣くわけにはいかないと思い観ておりません。


日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
 ポチッと宜しくお願いいたします。
https://outdoor.blogmura.com/walking/index.html 





今日の午前中DVDを借りてみました。

イメージ 1










リングの中田秀夫監督なんでホラーの方を期待したんですが
全く怖くはありませんでした。

主人公の尾上菊之助が超二枚目の設定で、今話題の二股では
ありませんがつき合ってた黒木瞳が死ぬときに呪いをかけられる話ですが
菊之助さんと関わる女性が次々と死んでいきます。

ホラー映画としては全く悪寒も鳥肌にもならずエロいシーンも
ほとんどなく最後はやたら人が死ぬ内容で最後の方は徐々に
面白みが薄れました。















何故和風ホラーなのに怖くなかったかというと黒木瞳を主役にしたからでしょう。
今でも美人で売ってる黒木さんですから怖くてグロイメークやCGを寺務所か
本人がたぶん嫌がったんでんで怖い幽霊としての映像化に失敗してます。

またエンディング曲がエイベックスの大物歌手ですが
最後の余韻ムードを奇妙にぶち壊します。

最初から黒木瞳の替り室井滋やもたいまさこ辺りをを起用してたほうが
遠慮がいらずホラーメイクできホラー映画としては成功してたんじゃない
でしょうか?
黒木瞳であれば幽霊も怖くなく可愛く見えるのも一種の怪談かも
しれません。。。




日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
 ポチッと宜しくお願いいたします。
https://outdoor.blogmura.com/walking/index.html 



日本の戦車界の重鎮というか神様的存在である
原乙未生中将の生涯を後輩の元軍人が描いた伝記です。
1996年発売
イメージ 3



雑過ぎる感想
原中将は大尉の頃から戦車を試作し、その後の日本の主力戦車
八九式中戦車、九五式軽戦車、九七式〜一式〜三式中戦車の開発
と製造を主務的に行った中心人物であり、戦争末期の四式〜五式中戦車
の試作もおこない、驚くべきは、戦後も戦車の権威として日本戦車界の神様的
ご意見番として六一式戦車、七四式戦車の開発に深く関与している事です。

つまり日本の主力戦車の創世記の大正末期から昭和の終わりま頃まで
原氏が日本の戦車開発をリードしてきたのですね。

実は私はこの伝記を読む前は原氏に少し、いや、かなり嫌悪感を感じていました。
大作家の司馬遼太郎氏も元は陸軍の戦車兵で旧軍の戦車をこきおろして
ましたから敵戦車に比較し短砲身で装甲が薄い貧弱な日本戦車を
開発し続けた原氏に普通の戦記ファンならいい感情は抱かないでしょう。

でもこれは伝記なのでもちろん原氏の見識の高さや円満な人柄を前面に
押し出し、戦車の質より台数の数字合わせや様々な規制をしてくる軍の
首脳と敵より強い戦車を渇望する現場将兵の間に揺れながらも良識と
良心を発揮し続けた名?戦車設計家として描かれています。
私はこの書で原氏が出身は福岡県岡垣町ということを知り、原氏も人としての
苦悩や苦労もあったのだなあ〜と同郷のよしみを感じた次第です。

では何故原氏の造った日本の戦車(特に戦前)はそれ程までに駄目だったのか?
という視点で考えてみます。
この書の主人公である原氏によると日本の戦車は何でも
弱すぎたというわけでなく色々な制約があったようです。

九七式戦車の短砲身については原氏自身が対戦車戦闘を念頭におき
長砲身を具申したそうですが参謀本部等に「派手好み過ぎる!」と却下
されたそうですが何れ対戦車戦闘は起こりうると原氏は確信し長砲身に
対応できるよう砲塔の回転部リング直径を大きくとり、大きな改造なしで
後の一式〜三式戦車の大砲塔に対応できたとの事です。

日本軍戦車は九七式中戦車の登場から三式中戦車まで七年程の間
新型戦車の開発が頓挫するのですが、これは原氏の怠慢でなく日本陸軍が
昭和17年以降は戦車の開発や量産を事実上断念しその配分のヒト・カネ・モノ
を航空機分野に廻したために日本の戦車は世界の趨勢から取り残された。
・・・と語られています。

しかも当時の日本の輸送船も上陸用艦艇も97式中戦車(重量16トン)
を超える戦車を吊りあげるデリッククレーン等もなかった。(涙
本土決戦が間近になると南方に船で渡海する必要もなくなり30トン超の
四式、五式中戦車の試作開発を泥縄ながら行った。。。

たしかに当事者なりの道理(弁明?)はあるものです。。



実は原中将の開発した戦車は皆オリジナルでなく答え
というかヒントがあるようです。
(もちろん、本書にはでてきません)

八九式中戦車  ←   英国ビッカーズ
九七式中戦車  ←  ソ連 BT戦車
四式中戦車   ←  ソ連 T34
五式中戦車   ←  独逸 キングタイガー
六一式戦車   ←  米国 M36
七四式戦車   ←  独逸 レオパルト戦車


上記の例は全て100%コピーしようと考えたわけではなく
いいとこどりで真似してますが味深い点はヒントとなる
外国(敵国)戦車の完成後に真似たり参考にしたり造り上げますが
皆が後出しじゃんけんながら、オリジナルを超えていない点です。
原氏はパクったとか参考にしたなどとは本書には書いてませんが
オリジナルを超えられなかった点を原氏ご自身はどのように
考えて、ケリをつけ、誤魔化そうとしたのか気になる処です。

現役の自衛隊の主力戦車90式戦車は原氏の呪縛が解けたのか?
原氏の口出しがなかったようではじめて世界標準を超えた傑作
戦車と言われますが実戦のない自衛隊ですから本当のところは
どうなのでしょうか?
(ちなみに原氏は1990年に享年95歳で没)

戦前戦後の60年間も日本の戦車界に君臨し続けた原氏を
通じて日本の戦車の限界を知ることができる貴重な本かもしれません。

九五式軽戦車 重量7トン 装甲12ミリ  M4中中戦車 重量30トン 装甲76ミリ
イメージ 1イメージ 2









でも私は第一線で数トンから15トンの車体で機銃を浴びても
穴がボコボコ明くような、短砲身で発射した弾丸が遅すぎて肉眼で
見え、敵戦車に命中しても敵戦車は無傷でこちらの発射した弾丸が
割れるような日本戦車で30〜40トンある米M4戦車と死闘を演じた
日本の戦車兵の皆様には何と申し上げてよいやら言葉もみつかりません。


この本は既に廃番ですが以下、改題されて光人社の文庫で復刊して
多くの方が読もうとすれば読めるはずです。
「日本戦車開発物語―陸軍兵器テクノロジーの戦い」


日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
 ポチッと宜しくお願いいたします。
https://outdoor.blogmura.com/walking/index.html 




.
naomoe3
naomoe3
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

過去の記事一覧

アル(歩)中症候群者 リスト

yahooブログ

不定期訪問先

情報源

レフティ

人類は麺類

名店公式ブログ

登録されていません

食べ物

沖縄いろいろ

右側通行

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事