涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

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前おきが長くなりますが、福岡出身の人は
お調子者というか面白くて、目だてばそれでいいと風潮があります。
今でも福岡県は日本で一番芸能人を輩出してる地方県ですし
昔は銀座の高級クラブのママの約半数は福岡出身であったそうです。

なんというか、福岡の人は最初は廻りの度肝も抜く奇抜な
人がいますが長く付きあうと逆に裏側や弱点も見えてくるから面白いです。

そういう視線で戦前の福岡県出身の軍人ってどんな人がいたのだろう? 
と思うと今は地元の人でも知らない人が多いのですが、
やはり私の着眼通りで福岡は出世した軍人が多い県なのでした。(苦笑

そう、戦後の芸能人を多数輩出したように福岡は
目立つ軍人も多数輩出していたのです。

福岡で出世した軍人さんといえば

陸軍
明石元二郎  日露戦争で謀略でロシアを翻弄
橋下欣五郎  3月事件・10月事件のリーダー 戦後は右翼(統制派?別働隊)
ちなみに岡山出身説?も
杉山元     福岡で元帥という最高位に出世 終戦後自決 
杉山メモ や 便所のドアでも有名(統制派)
香椎浩平   226事件の戒厳司令官 兄の秀一も陸軍中将(皇道派)

海軍
伊藤整一  沖縄に出撃、戦艦大和とともに自沈戦死

等がいますがある特長がありまして上記の出世した軍人さんの
多くが北九州は小倉の士族(小笠原家)が多いのが特長です。

江戸時代黒田家が収めていた福岡市や筑前からは、高級軍人は
それ程は出ておりませんが、そんな中福岡出身で目だった軍人が
この本の主人公である 長勇中将閣下です。

福岡の軍人や士族は明治維新前後に活躍することがなく
明治や大将に入り目だとうと頑張り、政治にも首を突っ込み
大暴れしようとした嫌いがありますが、玄洋社とか右か左
かもよくわからぬ団体運動や宗教にも熱をあげた軍人さんがいました。

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長勇閣下は若い頃からとにかく型破りというか意表をつくというか
横紙破りというかぶっきらぼうというか、武勇伝に事欠かないというか
根性の塊のような人物でして若い頃は先輩のハシキンこと橋下欣五郎と
革命にかぶれ2.26事件とは別系統の3月事件や10月事件に関与しながら
大きな咎め儲けず謹慎中も酒を飲み芸者を抱きの大言壮語ぶりでした。

日中戦争がはじまると軍人としての能力を高く買われ
最前線でも暴れまくり、ノモンハンの前哨戦である張鼓峰事件
にも参加、軍人として再度出世しますが終焉の場所は沖縄での戦いでした。

沖縄戦での長勇参謀長長はほぼ部下任せの牛島司令官の
信頼を勝ちとり、長期持久派の部下である八原高級参謀や
多くの参謀の信頼を集め作戦に邁進しますが米軍が上陸
し本島での戦いがはじまると部下の作戦推進者の八原高級
参謀との間に作戦構想をめぐり確執や対立が目だってきます。

最後は沖縄南端の摩文仁周辺に追い込まれた日本軍は
牛島中将、長勇参謀長の自決(八原高級参謀は脱出後捕虜)
首脳を失った沖縄守備隊は組織的戦闘能力を失いますが
沖縄本島の戦いは全滅や玉砕ではなく終戦後まで各生き残り
部隊による自活(自衛?)戦闘は継続されていたのでした。

そういう意味で、当時の気質や場の空気感を抜きにしても
牛島将軍や長勇参謀長の自決は早すぎのようでもあり
自分は今までの責任をとって自決するけど部下には
「生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」
と死なずに(降伏せずに)いう命令は最高指導者として少し無責任じゃ
なかろうかとも思えるのです。

で最後に本の感想ですが、著者が阿部牧郎さんで
最近歴史や戦記ものも書かれてますがオフィイスラブ
や不倫小説の大家であり、既存読者層へのサービスの
一環なのか、軍人モノとしては愛人や芸者とのエロシーンが
句読点のように出てくるので面白いとも思えるのですが
部下が首里城で必死で戦ってる最中に長閣下は避難壕
で女性と戯れていたという描写が私は本当かどうかは
おいといても気に入りません。

そんな理由であまり御薦めな書物ではありませんが、長勇の
家族関係や生い立ち等や幼少のエピソードなど
気になる方には興味ある書物かもしれません。
でも著者の阿部さん長一族のこと誰に聞いたのだろうか?
すべて想像だったら? それはそれで小説として面白いのだろうけれど。。


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本日は雨のせいにして某ウォーキングイベントを
欠場し、本の整理整頓を行い午後から散髪に行きました。
本整理の途中で今後も蔵書にしようか廃棄しようか
少し迷った本がこの「陸軍良識派の研究」であります。
今日散髪から戻り読み直しましたが、やはり廃棄することにしました。

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で・・? 本の中身なんですが。。。
保坂さんは悪徳参謀瀬島龍三なんかを追い詰めた
名著「参謀の昭和史」なんか素晴らしいと思うのですが、
どうも軍事知識に疎くミリオタや戦史マニアの方から見ると
残念な戦争モノが多いように感じます。

陸軍良識派として以下10人の軍人を列挙されてます。
石原莞爾   満州事変の首謀者
武藤章     上司の石原莞爾にたてつき日中戦争を煽り拡大
         させた放火魔 だがその反省で日米開戦には反対
今村均     文句のつけようがない聖将です
渡辺錠太郎  2.26事件で暗殺されました。
下村定     最後の陸軍大臣
河辺虎四郎  終戦時の参謀次長
宮崎繁三郎  ノモンハン・インパール不敗の名将
辰巳栄一   軍人と言うより吉田茂の子分
石井秋穂   日米開戦に苦悩した
堀栄三     異色の情報参謀  
番外編としてガ島での一木清直大佐もでてきますが。。。

まず、なんでこの10人なのか選択の尺度が全くわかりません。
石原莞爾など陸軍で一番傑出した軍人とまで言い切ってますし、
武藤章は日米開戦に反対(消極的)な部分だけで良識派のレッテル
を貼ってますが理解に苦しみます。
もちろん他にも多数の良識派軍人が存在したとはあとがきに
一筆ふれてますが、それなら他の良識派軍人の名前だけでも
記載すべきだったのではないでしょうか?

私の思うところ保坂氏は優れたルポ作家ではあると思うのですが
あまりにも軍事知識がないまま統制派の生き残り軍人のインタビュー
を素に受け流した部分が大きいように思えます。
年老いてもインタビューに応じた統制派軍人(元参謀)のほうが
保坂氏より1枚も2枚も上手だったのかしれませんが。。。

この10人の中で戦争中真面目に戦った将軍は宮崎繁三郎と
今村均くらいで後は軍服を着た官僚というか政治軍人ばかりです。
どうも保阪正康氏は昭和前記の軍事・政治知識があまりに
無知すぎると私のような門外漢でも確信するのですが
このような方が昭和史を語らせたら第一人者という
あまりに物騒な表現はもう少しひかえていただきたいですね。
正直再読してみても呆れる内容が満載ですのでこれからの
人はノイズが入らないよう読まないほうがいいかも知れません。
保坂氏の軍事知識については「あの戰爭は何だったのか」
等を読めば、日米戦の前に日本に石油があったとか、
台湾沖航空戦に出撃した日本機650機が皆戦闘機?
(実際はほぼ攻撃機)だったりとかそこらへんの高校生
ミリオタ以下なのが理解できます。
まあ、そういう意味でこの本も廃棄させていただきます。



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著者は歴史家や戦記作家でなく言語学者(モンゴル研究家)で
日本での漢字使用について批判する方であり左翼な御仁だと
思ってましたがこの本については左右の着色料はありません。

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日本対ソ連という図式でなく満州国のモンゴル人や
モンゴル人民共和国のモンゴル人が見たノモンハン
の戦いとその歴史的背景を見事に描いています。

1939年のノモンハン事件は日本軍(関東軍)とソ連軍
がお互いの国境紛争から大規模戦争状態にまでエスカレート
した戦いですが当時は「引き分け」とか「空戦は日本が勝利
陸戦は負け」という認識でしたが最近ソ連崩壊後資料から
日本軍は陸戦でも敢闘していた。
日本軍はソ連軍に自軍の数倍の損害を与えていた。
実はノモンハンは日本軍の勝利だった!
など日本軍を絶賛する精神右翼的な著書が増えていますが
田中氏は歴然たる日本の負けで国境線も日本の主張線より
東西20キロ、南北70キロがモンゴル領と決まったと史実を書かれています。
またノモンハン戦で捕虜となった日本軍の兵の数は当時の日本側では
200名前後とされてきましたが4000名前後もおり、4000−200の
残った3800人?はソ連やモンゴルで戦後も暮らしたとか。。。???

関東軍で作戦参謀の辻参謀が自己の杜撰な作戦計画を
現場の将兵の責に帰する為に、連隊長や大佐・中佐クラスの
指揮官にたいし事件後に自殺を強制し10名近くが自殺させられました。
(このあたり後のインパール作戦に通ずる現場への責任転換です)
ノモンハン戦以降日本軍のヤバくなった戦闘の実相は検閲の強化で
兵士の手紙や従軍記者の文章を滴定的に削除修正したり書簡没収
したりで「負け戦」を銃後の国民に「勝ち戦」に修正したり、
ソ連軍の近代兵器に日本的武器体系で勝てないと知るや兵器装備を
更新せずに「戦陣訓」なる呪文を発明して勝てなくても最後まで
逃げずに精神力だけで戦う兵士を求めてた結果が太平洋戦争での
大敗北でした。

また日本軍側で満州国軍、ソ連側でモンゴル軍も戦いましたが
満州国軍は臆病揃いで近代戦ではやくにたたず、逆にモンゴル
軍の損害は死傷千人以下でしたがこの時期、ソ連の粛清で
モンゴル人2万5千人以上が政治裁判で有罪とされ2万人以上が
銃殺などで殺されています。
つまりソ連軍は敵である日本軍を2万人近く死傷させ、
友軍であるはずのモンゴル人を2万人虐殺した事になりますね。

私は以前から「ノモンハン事件」と「ガダルカナル争奪戦」に興味を
持って本も読みこんでおりますが、この本は戦記本ではありませんが
後世に残る名著だと思いました。

最近のノモンハン関係書では 
 小林英夫 平凡社新書
「ノモンハン事件―機密文書「検閲月報」が明かす虚実」
も誰が読まれても良い文献だと思いますね。

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ついに福岡県立図書館で戦後最初に出版された戦記本を見つけました。

「軍参謀長の手記」著者友近少将はレイテ戦(地上戦)で35軍の
参謀長で鈴木宗作司令官の戦死のあと実質的にレイテ島やミンダナオ島
での作戦指導を行った人物で終戦後、捕虜となりそこで戦史の伝承
を目的に描き上げたこの「軍参謀長の手記」を生残って日本に帰る
従軍記者に手渡し「出版も可なり。」と伝えたため、翌年の
昭和21年5月出版され戦後初の戦記本となり、予想外の日本軍
戦いの不振さにの戦後にこの書を読んだ人達は失望感も味わったようです。

新書くらいの大きさです。
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レイテ戦で一番有名な書物作家大岡昇平の「レイテ戦記」の中に
友近少将が冷酷かつ前線将兵に手厳しい人物イメージで描かれていますが、
友近少将の手記を読みすすむと、戦後の参謀戦記にありがちな責任転換等の
言い訳や虚飾はなく、自己批判とまでは行きませんが己の作戦指導の過誤を
はっきりと認めた上で、日本軍の米軍に対する情報や認識の疎かさ、
日本軍の各師団長や指揮官の批判を堂々展開しています。
大岡昇平氏自身もこの「軍参謀長の手記」をかなり参考にしてたようです。
参謀戦記といえば辻・服部・八原・瀬島など手柄は自分の功とし
敗因は前線部隊がだらしないとの責任転嫁が多い「作文戦記」が
多いのですがこちらは以下のように

第16師団牧野中将米軍上陸後、まったく連絡がとれない。
第1師団の片岡中将は決戦師団と期待されたのに慎重(臆病?)過ぎ。
第100師団の福栄中将は統制に服さず連絡なしで撤退が多い
第102師団の原田中将は部下が餓死しても自分は最後まで贅沢に
  米や鶏を食べていたが部下には卵一つ与えなかった。

等々と日本軍の上級職への批判的な人物評が多いためGHQ(進駐軍)側に
「日本軍の堕落イメージ」創出に逆利用
された嫌いがあるようにも思えます。
私的にも確かにレイテ島戦での陸軍の師団長や指揮官は
困った人物が多かったのも事実であると思います。

また海軍の「台湾沖航空戦」虚報隠蔽によりルソン島での
持久構想からレイテ決戦に変更となった現場の混乱や
海軍と陸軍の反目も真実というか真相の告白調で語られています。

友近少将はレイテ決戦の敗因はレイテ上陸後の米軍進撃が速かったこと、
日本軍の指揮官が近代戦(対米戦)に慣れてなかったこと。
日本軍は航空決戦主義の幻想に囚われ過ぎて縦深防御
陣地よりも、水際陣地や飛行場設営に時間と手間を取られ、
結果的に米軍のために飛行場を造って献上したようなもの・・・
といった当時にしても敗因を的確に分析されています。

県立図書館のこの本は印刷後65年を経過し、日に焼けた
古新聞のような状態で取り扱いに注意する必要がありますが借りれました。
こういう蔵書が未だまだ閉架書庫に隠れてる福岡の図書館は
今後も利用価値がありますね。

当時の軍人さんや関係者が著書で
「何を語り、何を伝え、何を隠そうとしたか?」

という視点で読むと何でも面白く読めるものですね。



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著者の佐山二郎さんは抜きんでた旧陸軍の火砲の研究家だそうです。
知ってる人は知ってますが佐山さんの本はどうでもいいような
詳しい事や貴重な写真や図面は豊富ですけれど、
読み手が知りたい事があまりかかれていないのか?
何故か触れずにスルーされてる一方通行的な内容が持ち味です。
(どの著書もその共通性を感じます)

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この本はそんな佐山先生が著した本ですから日本陸軍の
迫撃砲や噴進砲(ロケット砲)が多数でてきますが
以下のような読者の疑問にはほとんど答えていません。

■ どの大砲がどの時期にどのくらい活躍したのか?
■ 前線の日本部隊は迫撃砲を有用と考えて評価していたのか?
有用と評価されたと仮定して何故大量配備されなかっのか?
■ 日本の迫撃砲や噴進砲は米軍からどう評価されたのか?
■ 何故歩兵中心の日本陸軍が歩兵携行武器である対戦車兵器
   の開発に遅れをとったのか?
 
私もいつか日本軍と迫撃砲の記事を書いてみたいと
思ってましたが・・・・・・・・・実は日本軍は世界の列強の中で
唯一というか一番、迫撃砲を大量には使用しなかった国でした。

もちろん佐山さんも日本軍が日露戦争で打上げ花火のような
原始的・迫撃砲を現場の前線で製作したとか細かいウンチクが
かかれてますが第二次大戦で日本軍が迫撃砲を世界列強の
中で唯一軽視した事は書かれていません。

九四式軽迫撃砲や九七式曲射歩兵砲など種類は多くあるのですが
日本陸軍は八九式重擲弾筒とおもちゃのような九二式歩兵砲を
既に採用していたので
これらの迫撃砲は量的に前線に
行き渡らなかったように思えます。


迫撃砲が陸軍上層部に何故嫌われたか?というと
1分間に30発以上、砲弾を発射できる事を利点と考えず
砲弾の浪費と考えたことと、九二式歩兵砲より若干ですが
射程が短いのが気に入らなかったからでしょうか。

でも迫撃砲には利点があったからこそ日本以外の
世界の陸軍は迫撃砲に注目したのでした。
一分間に敵に発射音を気づかれることなく30発以上も
砲弾を降らせる事ができる面制圧兵器です。
九七式曲射歩兵砲などがあればガダルカナル島や
ブーゲンビル島での突撃は一部は成功していかかもしれませんよ。
(さすがに1950年代になると2.3発も撃つとレーダー等で発射場所が
特定できるようになりましたが)

事実、日本軍に一度も勝てなかった中国軍が朝鮮戦争では
天下無敵の米軍を相手に迫撃砲と大型手榴弾と小銃(一部サブマシンガン)
のみで38度戦までおしかえしていますからね。
命を惜しまない人海戦術とも呼ばれましたが、夜間機動した中国軍の
迫撃砲が米軍の迫って猛射するなど一番活躍してるはずです。

昭和12年のシナ事変当時から日本軍兵士がシナ軍の何処から撃ったか
わからない迫撃砲弾が近づくとヒュル〜ヒュル〜と音がして一番
怖かったと〜回想をよくのこしてますが、弾惜しみの参謀本部には
前線の将兵に精神力と大和魂の発揮を文書で強要する方が簡単で
どうも伝わらなかったようです。

太平洋戦で日本軍の迫撃砲が一番活躍したのはたぶん硫黄島でしょう。
迫撃砲でないと短時間であれだけの米兵を斃すのは困難
だったと思いいます。
(硫黄島の米軍死傷者3万人)
沖縄戦にはあまり迫撃砲は廻りませんでした。
日本軍も戦争の終盤急遽大型の二式12センチの大型迫撃砲を
開発配備しますが九州や千葉など本土上陸戦の迎撃ように温存され
離島の島嶼戦や比島で活躍することなく結果的に
多数の米兵を喜ばせたのでした。

日本の迫撃砲と噴進砲・・・調べるとマダマダ裏がありそうです。
特にある程度、独逸より対戦車兵器の情報を得ていながらも
あれだけ開発に時間を要し結局、本土決戦にも間に
合わないレベルだったのか。。。
用兵者、それとも技術者の怠慢。

戦前の日本を敗戦に追い込んだのは、政治家よりも
陸軍・海軍・東大だったという論がありますが、東大や
京大と日本の敗戦をうまく描いた本はないのだろうか?

専門性で禄を得ててるはずの専門家や学者が有事や危機の時、
今回の大震災や放射能災害にさして役に立たないし、一部有害な
主張まで繰りかえすT教授のような御仁をみるにつけ、偉いと
思われていた東大や京大の先生方が第二次大戦でどのように
頑張ったのか科学戦記というか技術戦記のようなものを誰かが
書いて欲しいと思います。
まあ、外国資料頼りで、実態は日本語通訳や勘違い訳が多く、
その怠慢故の責任からの他の転換や無責任スルーパス
が多いだろうと想像はつくのですが。。。


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