|
年末年始に気楽な本を読もうと昨日今日 福岡総合図書館と福岡県立図書館で10冊以上本借りました。 三式戦「飛燕」・五式戦―キ六○に端を発してキ一○○に至る
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
年末年始に気楽な本を読もうと昨日今日 福岡総合図書館と福岡県立図書館で10冊以上本借りました。 三式戦「飛燕」・五式戦―キ六○に端を発してキ一○○に至る
|
|
・ 20年ぶりに図書館で借りて読み返しています。 著者は帝国海軍の砲術の権威、黛治夫氏。 実際にレイテ島沖海戦では重巡洋艦利根の艦長として 参戦し米護衛空母群まで8キロと迫り猛激したことで有名な方です。 (しかし、信じられないくらい低い命中率でした。)
未だ全部は再読してませんが、熱く読ませる文章です。 日清日露戦争の各海戦に日本が何故勝てたか詳しく砲術面から
語られています。
第一次世界大戦でも英独の海戦を研究し考察しています。
日本海軍の山本五十六大将や源田実、黒島亀人ら開戦当初の 連合艦隊の航空主兵論者を手厳しく論破しています。 黛氏は大艦巨砲主義者で命中率が3倍と予想された日本戦艦の 命中率に活路をいだき飛行機で真珠湾攻撃など行わず太平洋で 米戦艦を正々堂々迎え撃ち撃ちあいにより米戦艦と乗員を海に沈めるべきだったと説いています。 日米戦艦の命中率3倍のよくわからぬ説明や、水中を趨る?機密兵器である九一式徹甲弾 等戦後も27年を経過して書かれた書物にしてはIF戦記のように 日本びいき過ぎる内容ですが、読めば面白いのです。 しかし、黛氏は利根艦長当時にサマール島沖で敵空母に8キロまで近寄ったのに 20センチ主砲を400発以上発射しながら命中弾は僅かに4〜5発と効果は1%前後。 戦前の日本海軍が想定していた距離25キロでの命中率10%〜14%との予想を 実戦では戦前想定より近距離であるにも関わらず遥かに下廻った理由は この書ではスルーして書いておりません。 黛氏の定説のように日本戦艦は米戦艦を撃ち合い倒すことができたかは
私はかなり疑問に思えます。
戦後に世に問う本なら米軍のレーダー管制射撃との対比に重点をおくべきだったと 思うのですが。。。。 悲しい事に戦前までの術力調査研究で終わってます。 (どうも戦前の日本海軍が一方的に米艦隊より命中率が3倍も高いと錯覚していたようです) 又、対水上射撃ばかりがかかれており対空射撃や陸上射撃の事はあまりというか触れられていません。 このあたりも日本海軍は負けるべくして負けたと感じ入りました。 旧海軍参謀の「夢よもう一度」という演歌調な気分は充分に伝わります。 よくも悪くも、当時の雰囲気がよく伝わる名著というべき本ではあると思います。 私は山本五十六は超戦艦大和や武蔵を揃えても米戦艦に勝てないとの 確固たる判断ができたからこそ空母集中運用による真珠湾攻撃を行ったんだと思います。 もちろん真珠湾攻撃を評価するわけでもありません。 |
|
・
このところ金哲彦の 歴史や戦史本に疎くなりつつありました。(汗 昨日東京出張で購入したのですが良書に出会えました。 私は「造ったモノ」は何でも売る(正確には売らされる)営業マンですが読んで 考えされられる部分が多々ありました。 技術者、開発者の皆様も浮かれることなくもっと良いもの造ってくださいね。 西日本新聞にも目が止まる で、この本の感想なんですが 最近、日本は「ものを作って売る」という原点回帰論が盛んですが 著者はその日本の強みであつた「ものつくり」に陰りが見えるとしています。 製造が中国や外国にシフトした国外製造と関係なく今のままでは第二の日本の敗戦が 近づきつつあると警笛を鳴らします。 企業名を出して恐縮ですがかって(失礼・いまでも?)世界的有名企業の ソ■ーなんかの衰退は著者の心配が一つの形になったようにも思えます。 先の戦争で日本は米国へ質量共に劣る粗悪な兵器を造りつつも一部というか部分的には 米国を上回る武器をつくりながら戦争には負けました。 戦後の日本は敗戦ショックから立ち直り戦前の弱点であった品質、精密加工、大量生産、 科学技術に磨きをかけ先進国に追いつき1980年代を頂点に大復興を遂げたかのように 見えましたが1990年頃よりがモノとモノの組み合わせや「システム化」で欧米に 出遅れISO企画、パソコンのOS、CPUからの撤退等と後塵をはいしつつあります。 日本人は目に見える部分の改良や小型化(大型化も)は得意ですが「見えない」「見えにくい部分」の システム化を創り上げるのが苦手であるとしています。 今後は「ものつくり」一辺倒から「ことつくり(システム)」に進む必要があるとしています。 時代は、道具→→機械(ものつくり)→→ことつくり(システム)と流れていますが、 今の日本はことつくりで欧米に勝てないと様々なデーターや実例を持ち出しています。 著者は戦後の日本の大躍進も実は戦前の明治維新後の技術のキャッチアップが一見成功したかに 見えたけれど戦争を行ってみて欧米との「知力競争」で敗れ去ったのと同じように戦後も実は 「見える部分」で勝負してきたけれど欧米の第三の科学革命(サイバネティックス、制御理論・ソフトウェア) 等で遅れをとり追いつくどころか追随を諦めたかのような分野も多いとしています。 先の戦争の敗戦責任は日本の軍人だけでなく当時の科学者や技術者達いわゆる 講座制に胡座をかいていた象牙の塔の頂点に位置したセンセーらも敗戦責任を負うべきとしてる 部分が斬新に思えます。 私も山本五十六が良かったか?悪かったか?だけでは先の敗戦を巧くは説明できないとも思います。 ではどうすれば深刻な今の状況から立ち直ることができるのか?という 結論は、今から大学改革、教育改革をすすめてもあと30年かかる。。。 とかで有効な解決策や正解な答えは残念ながら提示されてはおりません。 経営者や製造メーカーの幹部は読んでおいて損のない本であると思いますし 今時千円以下で買える本では中身は濃いと思います。 (ただ、日本組織欠点の指摘が多く、明るい未来を見据えた処方箋が提示できてないのが残念です) この本を読んでみて何故、日本はいつも頑張っているのに最後の最後でいつも 相手に負けてしまううのか?という問題意識に目覚めた方には次の2冊を私はおすすめします。 兵頭二十八 「たんたんたたた」(最近、文庫で復活) 山本七平 「日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条」 がおすすめです。 私も誰かにむかって「こんなもの売れるか!」と叫びたい時もありますが 明日も顧客には「今度のは良いでしょ!ねえ買って!」ってモノ売りしてると思います。 多くの社長さんや技術屋さん、日本のためにもいつも「良い物」つくってもらって有難うございます。 でもこれからは小さくするとかコストを切下げるとか、多分バレないだろうから安い劣化部品を を使用するとか円高なんで生産を海外にシフトさせるとかではなく「ことつくり」が本当に大事ですよ。 |
|
・
今日の読売夕刊を見ると100キロウォークを題材にした小説の紹介が。 著者の片川さんは大学生だそうですがご自身が 三河湾チャリティー歩け歩け大会に参加されたそうなんです。 http://www.ajitokokoro.co.jp/100km.html (講談社HPより内容紹介) 福岡市の図書館の蔵書を検索するとかなり蔵書されてますが皆、貸出中でした。 私も先ず借りて読んでみようと思います。 小説ではありませんがよく高校なんかで50キロ以上を歩く行事が行われてますね。 以前見たレンタルDVDで夜のピクニックという映画がありました。 こういう小説や映画で80キロや100キロウォークがある意味、盛んですが どうせ歩くなら若いうちから歩く方が良いと私は思います。 でもウォーキングは50代60代70代以降でもその世界に飛び込めば 充分に楽しめますし、それまでとは違う 新しい世界(景色)が見えてくると思います。 読んでみて感想も報告したいと思います。 |
|
・
図書館で山口宗之教授の「真木和泉」を探してましたが見つからず 替りに借りてしまった本です。 近代史や戦史を読んでますと「平泉学派」とか「皇国史観」とかいう言葉が出てきますが 戦前の「皇国史観」を押しつけた代表者が東大国史学科教授の 平泉澄(きよし)氏です。 戦前・戦中は陸海軍とも強い繋がりを持ち、戦争を鼓舞し、戦局が傾くと、特攻兵器の 開発にも関与し、戦前テロや終戦の宮城クーデターにも影響を及ぼしたとされる人物です。 私はこの人物を正直ヘンな思想家という程度にしか知りませんでしたが この著書でかなり人物像が見えてきました。 著者は伝記にありがちなベタ褒めでも批判書でもなく淡々と第三者的に書きすすめます。 逆にその中立性が読み難いのですが、平泉澄と各界の人物との交流は面白くもあります。 ●羽仁五郎 同じ洋行帰りで左翼思想の東大文学部史学科の羽仁五郎に平泉はライバル心 を持つが羽仁の前に「言葉」や「論理」では勝てなかった。 ちなみに当時の東大の他の歴史学者は羽仁同様に殆どが左翼系だったとか。 ●昭和天皇 平泉は「皇国史観」の提唱者でもあり昭和天皇に忠誠を誓っていたかというと そうでもなく昭和天皇への歴史講義ではわざわざ南北朝の故事などを持ち出し 暗に北朝が正統で南朝系の昭和天皇は実は正統ではないというような事まで講義した。 もちろん昭和天皇は不快感を示したという。 (平泉は何故昭和天皇に対決姿勢をとったのか? 天皇が従順にならないと未だ軍人テロが続き天皇の命も・・・と脅したかったのか?) ●人間魚雷回天 黒木博司大尉 人間魚雷回天の開発に強く関わった黒木大尉(仁科中尉とともに有名)は平泉に師事し 全文血文字の特攻兵器(人間魚雷)の開発要請文書を提出たとしています。 黒木大尉自身は人間魚雷の操縦は下手で訓練中に殉職しますが他の多くの隊員が 「黒木に続け!」実戦に参加し損害ばかり多く効果の少ない作戦にが終戦まで 続けられました。
●阿南陸軍大臣、竹下正彦中佐 阿南大臣らかなりのエリート軍人が平泉を傾聴しており終戦時の 宮城クーデーターとの多少の関わりには触れてるが詳しい事は書かれてません。 終戦前に陸軍省を訪れ軽挙妄動を慎むように諭したとのことですが真相は? 阿南大臣の息子さんが戦後、靖国神社の神主になったりしてますが阿南家と平泉の 関係は戦後も続いたのか? ●終戦にあたっては東大から他の左翼系教授があざ笑う中リヤカーに本を積み 東大の赤門から潔く故郷の福井県に立去ったとの事ですが実は皇太子や皇族を 匿うための東京からの退避かもしれないとしています。 たしかに源田実等は終戦後にお粗末な皇統護持計画を実行に移しますが。。。 他にも多くの皇族との関わりや731部隊で有名な石井中将との関わりも帰されています。 以上 とりとめもなく感想を記しましたが平泉澄氏は戦前戦中、大物政治家、エリート軍人、 皇族、を操った恐ろしい人物であると思いました。 また明治の軍人に比べ昭和期の軍人は赤化思想〜極右思想は言うに及ばず トンデモ系の宗教に嵌った人達が何故多いのかと不思議に思いました。 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
登録されていません
[PR]お得情報