涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

ウォーキング

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雪中行軍・・・




・・・ しようと着替えて家を出ましたがウェットな雪と
道路が大根おろし状態で300メートル歩いてコンビニまで行き
コンビニで週刊文春の立読みとパン買って自宅に戻り
今パソコンの前に座ってます。

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門司や筑豊・北九州の方々はこんな天気でも
やはり歩いてるんでしょうか。?


追記

午後から天神まで徒歩往復し13キロ程平地歩きし
某B電器本店で携帯買換えの下見しをしau派遣
マネキンさんからも特に相手もされず、イムズで
通算83回目の献血を済ませて帰りました。



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12月5日の沖縄ウォークの続きです。

沖縄本島南岸の具志川城から直線600メートルの距離なのに
海岸線は断崖であり危険で歩けません。
しかたなく内陸部の路らしき部分に戻るも造成工事中で
最短路を通れず迂回し2キロも遠回りし喜屋武岬に到着しました。
12月10日のGPS実測図  時間は14時から14時半の部分です。
http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=80be3c32ffd610b1bfd071636bc23873

このあたり軽自動車が一台通れそうな狭い道幅の道を直線的に
歩こうとすると必ず行き止まりや道路が途切れてしまい
先に進めず180度ターンで戻るしかありません。
本土なら考えられないが何故あと50メートルも歩けば大きな道に
出会うのに数百モートル戻って迂回しないといけないのだろう?と正直思ったです。

何故か行止りの道多し
イメージ 3


























私が思うに以前農作物を盗む人が居たりして捕まえやすいよう
直線的な抜け道(ショートカット)をワザと作らないのかなぁ?
と勝手に思いました。

イメージ 1

この日は風が強く砂糖キビ畑を歩くと砂糖キビが揺れる。
思わず「ざわわ〜、ざわわ〜」と大声で歌ってみると













造成工事中のオジサンが呆れ顔で私を眺めており少し恥ずかしく思った。
そういえばこの辺りで、農作業や工事をしてる人と狭い道で
すれ違って挨拶してもあまり返事が帰ってこない。

イメージ 2

喜屋武岬へ歩きながら、少し沖縄の人について考えてみた。
よく沖縄の3Kという言葉を見聞きする。
米国のkkkでも野茂の三者三振でもなく、キツイ、汚い、危険
でもなく、基地、観光、公共事業であるが悲しい事に経済依存型である。
この3つが沖縄の収益の大部分を占めていることが、沖縄の悩みでもあるようだ。
3Kともに外部依存型なので基地問題以外にも観光・公共事業に関しては
県外からのヒト・カネ・モノ(略して3M)を必要とせざるおえない。
だから3Kからの脱皮を心掛けるも具体的には変わっていない。
何十年も前から3K脱却をすすめながら成果が無いのは何故だろう?
沖縄の人は優しい人が多い、不遜な言い方ですが私は沖縄の人は
競争を避け、他人にも優しいが自分にも甘えてる人も多いように
県(圏)外者の私もにも感じる。

過激な論法ですが戦前の日本は何故、明治には大国の支那(清)
ロシアに勝てたのに昭和前半の日本はアメリカに負けたのか?
いろいろな考え方ができるが清、ロシアに勝てたのは当時の
日本人全般の知能がシナ人やロシア人を遥かに上回っていたからだと思う。
日本人も明治維新当時は識字率も低かったが僅か2〜30年で
軍隊(特に海軍)は上の者から下の兵士まで専門の精密な武器を
上手く操り
微分積分の算数までこなし、明治時期は各前線でも現場の
知力でも
シナ人ロシア人を圧倒した。

しかし昭和前期の日本人は神がかって大和魂120%状態となり、
機械化や
科学を疎かにし殆どがんどがハイスクール出で車が
運転できる米兵が操る
戦車に肉弾で戦う愚を犯した。
何故?そんな愚を犯したのか?
やはり当時の日本人は米人に比べ上は将軍や政治家から下は
二等兵や
国民大衆まで米人に比較して頭脳のレベルや物事の考え方
進め方で劣っていたんだと思う。

つまり、敗因は物量や工業力だけではないと思います。
そもそも昭和16年で米国に戦争を仕掛けようとした時点で
日本のエリートは
中長期的に物事を見据える冷静な頭脳を失っていた。
昭和の為政者や軍人達は㍼年当時、60年かかってようやく黒船を
追い抜けると
思ったが黒船は黒船で進化変化を遂げていたのである。

同じように沖縄の3K依存と不況や県外依存体質からの脱却
できないのも沖縄県民が教育や知能で負け続けているのではないかとも思う。
(沖縄の方にはすみません。。)

要は日本は明治も終戦後も何もない処から再出発しながらも
沖縄は「琉球処分」「米国統治」で沖縄だけ2度ともスタートダッシュ
で乗り遅れた感はあるのですが、シンガポールや香港も沖縄より
小さな小さな面積の国なのに何故あれだけ発展できたのか?
やはり突き詰めて考えれば学力・知力の差が現在の発展と
停滞(補助頼り)の明暗を大きくしたのではと
私は思った。

何故に沖縄は毎回最下位の全国でワースト1の低学力から抜けだせない
のかと思えるし・・・・・
沖縄の学校の先生達ははプロ意識に欠けるものがあると感じる。
愚痴というか脱線が長くなりました。
(日本も沖縄も私自身の将来も心配です)

すいません、ウォーキングに話を戻します。
紆余曲折の道を歩き喜屋武岬に到着しました。
ここは平和の礎がある摩文仁より5キロ程西側
ですが本島南部を守備していた第62師団の終焉の地です。
海に面して平和の塔がありました。
御遺骨1万柱を収容し奉納したと碑に書かれてましたが。。

イメージ 4

写真は高度感がないのですが沖縄戦末期に日本の将兵や県民が
ここから身を投げたともいわれています。

イメージ 5

岬には無人灯台がありました。
喜屋武岬灯台は戦後の昭和40年代に立てられたそうです。

沖縄戦で有名な参謀八原博道大佐は昭和20年の6月摩文仁を
脱出してこの周辺で民間人になりすましていて米軍に発見され
投降し捕虜となりますが、捕虜生活を終えて日本に戻る船上にて
つはものの血をもて染めし喜屋武岬
緑に和むときぞ悲しき

詠んでいます。(どんな心境だったのでしょう?)

イメージ 6

























実は本当の本島の最南端は東側1キロ先の
荒崎という突端(上の写真の上部)らしいですが
海岸線を歩くと危険なので荒崎に行くのは諦めました。
ここまで那覇空港から21キロ歩いてました。
元敵国米海兵隊らしきヘリが飛んでました。
喜屋武岬から束里・山城という地域の農道を
通って
魂魄の塔に向かいました。

(明日以降に続きます)



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那覇空港から3時間以上もかかって徒歩で本島最南端の具志川城につく。
以下 12月10日 沖縄 GPS実測図

http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=80be3c32ffd610b1bfd071636bc23873

具志川城(ぐすく)は2年ほど前に沖縄の地図で偶然に見つけた。
ふつう具志川といえば那覇より30キロ東北のうるま市にある
地名を私は思い出すが何故に那覇より20キロの最南端の喜屋武岬の
隣に具志川城は存在するのだろうと思った。
具志川城の城門らしき石垣
イメージ 1

ネットで興味を持って具志川城を調べてみると完全な廃城だが
廃れ方が半端でなく私は興味を持ってしまっていた。
さだかでないが久米島に具志川という地名と城があり、戦乱で
久米島を脱出した按司(あじ=沖縄の王族)が沖縄本当の喜屋武岬に
上陸して久米島の具志川城とうり二つの城を築城したらしい。

イメージ 9

具志川城は本土でいえば城よりも砦クラスですが見方によっては
海に突き出た断崖上にあるので大きな規模にも観えてくる。
たぶん上部構造物もあまりなく石垣主体の城なのだろうけど色々と想像してしまう。

何でこんな沖縄本島の最南端に具志川城のような城があったかと
考えると、アフリカで言えば希望のような場所なので当時の沖行く
船と荷物を検閲したり、荷によっては税金(賄賂?)を要求したり
相手や積荷によっては海賊のような行為も行ったのではないか?とも思う。
沖縄というと今も昔も平和な印象を懐くが沖縄には城(グスク)は
大小300箇所も存在したという。
日本の戦国時代同様に戦乱に明け暮れた時代があったと思う。

比較的小さな珊瑚礁を積み上げたように思える城壁。
イメージ 2





























一の丸や二の丸があったと思われる内部
イメージ 3

具志川城から見る西側海岸
イメージ 4

具志川城からみた東側海岸 喜屋武岬・摩文仁方面断崖が続く
イメージ 5





























同じく東側の海岸 かって日本兵が隠れていた場所か?
イメージ 6





























話は替わるが沖縄戦末期の組織戦闘力を失った日本軍の将兵や
先に避難した沖縄県民も喜屋武岬やこの具志川城辺の岩場の
海岸や洞穴で米軍の砲爆撃の合間に魚等を食べたりして飢えを
凌いでいたのだろうか?。
実際のこの場所は2時間ドラマに使えそうなくらい高度感があり恐い気がした。
イメージ 7

沖縄南部の島尻地区には10万人以上の沖縄県民が避難していた
場所ですが昭和20年5月末以降に首里戦線から南部に撤退した
日本軍3万が住民の避難場所とガチに被り、先に壕に行ってた住民を
追い出したりもしたもんですから後世日本軍の悪評が蔓延りました。
そういう意味では自決強要まではなかったにしろ、日本軍の関与が
全く無かったとはいえないとも思えるわけです。
でも日本軍や軍属の総数の3分の1は沖縄出身の兵隊さんなんで
本土から命懸けで沖縄防衛にかけつけた残り3分の2の日本軍将兵
だけが悪いわけでもなく、兵も県民も大変な苦労してたろうと思います。
戦死死傷率は県民より兵隊さんの方が何倍も多かったし。

そういえば沖縄戦の終わったとされる昭和20年6月23日に牛島司令官
、長勇参謀長が摩文仁で自決してますが、最後に脱出を命じられた
八原高級参謀(大佐)は負傷したせいもあり岩礁の多いこの南部海岸周辺から
思うように動けず沖縄の避難者の中に紛れ米軍に投降したのが昭和20年7月15日だから3週間も南部海岸に潜んでいたそうです。
私もここ具志川城から南部の海岸を歩こうと思いましたが海岸線が
断崖絶壁の連続で一旦内陸の舗装道路からでないとわずか1キロ東方の
喜屋武岬にも行けないことを具志川城の絶壁から肌感覚で知らされるのでした。

日本の最果ては更に数百キロ先の与那国島などの南西諸島なんだろうけど
沖縄本島の南東の断崖に経てばこの世の果てまで来てしまったような
気分に陥ってしまうわけです。
5分おきに頭上を飛び越える旅客機が現実に引き戻してくれる。
イメージ 8


2011年の今も現在グーグルマップにも具志川城後は記載はありません。

今日ここまで20キロ歩いてきたのですが未だ先があるので具志川城を
後にしてわずか直線600メートル東の喜屋武岬に向かうことにします。
城ではバイクの男性と一人出会っただけでした。

直線600メートルでしたが喜屋武岬の灯台には道路を迂回し
距離2キロ、20分もかかりました。
この先は沖縄の人などについて考えながら砂糖キビ畑
の小道を歩いたのでした。

 (喜屋武岬に続く。)



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一人で週末の12月10-11日沖縄を50キロほど歩いて来ました。

朝7時20分福岡空港にJR地下鉄で到着、寒く冷えた朝なのに
空港ラウンジのビールと焼酎山元をテイスティングしてしまう貧乏性の私。

イメージ 1



























福岡空港を8時5分予定を20分以上遅れて離陸。
飛行中はずっと雲上飛行で開聞岳など全くみえず。
イメージ 2






























午前10時に那覇空港到着、あいにく天気は降水確率40%で
小雨か曇天です。
気温は15度くらいで福岡よりは5度以上暖かい感じ。

当初は南部戦跡までバスで行き、摩文仁から東海岸を反時計回り
に北上し八重瀬町、未訪の知念岬を周遊し与那原から那覇に戻る
40キロのウォークを考えてましたが雨と海からの強い風が心配な
ため急遽、空港から真南の喜屋武岬をめざして歩き、海岸沿いに
東をめざし摩文仁の南部戦跡の摩文仁に至り、体力と時間が許せば
那覇まで歩こうと約距離30キロのコースに変更しました。
12月10日 沖縄南部35キロウォークGPS実測図
http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=80be3c32ffd610b1bfd071636bc23873


時間と距離を短縮すべくアウトレットモールあしびなぁまで
空港からでてる無料バスに乗車しようかとも思いましたが
沖縄に歩きに来てるので最初からはバスもなぁ〜と思い直し
10時半に空港を徒歩スタートし先ずゆいレール沿いに歩きます。
10時50分赤嶺の自衛隊前通過、ここまで空港から20分
私のように歩いてる人全く無し。(汗

11時10分、距離4キロ地点で瀬長島との分岐、晴れてれば
ここから飛行機を撮影したいけど小雨なので南部の糸満市をめざ
して瀬長西の橋を渡るも途中から歩行者は橋を通行できず。
瀬長の橋を歩道は直進できず東に左折。
イメージ 3


























豊見城ゴルフ場横に降り東に向かい11時40分(距離7キロ地点)
の伊良波で国道331号線と合流そのまま南下。
このあたりかなり肥料臭いので困惑する。

正午ごろ豊見城市役所を右に見て通過、12時半に距離11.5キロ
空港スタートから2時間で糸満ロータリー通過、ここまで朝バナナ一本
だったので無性に腹が減る。
沖縄そばの店を探すが道路沿いに見つからず、真栄里のスーパーかねひで
で298円の弁当とさんぴん茶50円を購入するもスーパー敷地内で
食べれる場所がなく500メートル南下し道路拡張工事中の舗装路で
座ってたべる。
弁当に大きなウインナーと思ってら大きな人参でした。(汗
イメージ 4


























約10分の食事休憩を終え大きな南部病院を左に見て331号線と別れ
喜屋武岬をめざす。ここまで距離13.5キロ 時間は2時間40分。
これから先は歩道に雑草が生い茂ったりやゴミ類が多く難い。
イメージ 5


























判りにくい道を南に歩き古波蔵から県道3号線を南下、16キロ地点で
喜屋武小学校を通過、この辺から殺風景なサトウキビ畑や様々な工事中
後の場所を通る、ゴミが物凄く散乱していて有機農薬肥料が巻かれたのか
なのか喉が刺激臭でなんだか腹が立ってくる。
農道のような道を具志川城に直進!
イメージ 6


























午後2時前空港から3時間半で18キロを小雨に打たれながら
歩破、喜屋武(きゃん)岬一キロ西方の具志川城後に達する。

ようやく具志川城の珊瑚の石垣が見えてきた。
イメージ 7

 (具志川城に続きます。)


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情報収集用にアカウント持ってた
けっこう有名なムーンスターの
もっと楽しくウォーキング!SNSが
11月まで閉鎖しちゃってました。

http://www.walking-sns.com/



ツーデマーチに参加される方が多かった
ようですが全国の長距離ウォーカーさんらの
足で稼いだ情報が入らなくなり残念です。


けっこう多くの人が参加してたようですが

管理側の熱意は感じられませんでしたが
盛り上がってた部分もあったのに。。
サイト加入者が増えても運営会社のシューズの
売上には繋がらなかった。。のかも?

これから旧ユーザーはジョグノートや
「バーチャル日本1周あるこうかい」あたりに
流れていくのでしょうか?

ジョグノート(私もウコン太夫で登録 しています)
 http://www.jognote.com/top

日本1周あるこうかい
(登録してますが峠の茶屋だけ拝読中)
http://www.walk-21.com/


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