涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

歩きの達人たち

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]


去年から本格的にウォーキングを初めて
究極の歩きである競歩にも興味を持ちつつあります。
多くの競歩する方のブログも拝見しております。

日本では競歩はマイナースポーツで世界との隔たりが
大きかったのですが、最近はインターハイでもとり入れられ
世界の記録にも近づきつつあります。

イメージ 1









その中で男子の競歩第一人者は山崎勇喜選手です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/山崎勇喜

http:///www.mbs.jp/jounetsu/2008/05_04.shtml

50キロ競歩で3時間40分12秒の日本記録保持者です。

山崎選手といえば2007年世界陸上大阪大会の男子50km競歩
で8位入賞直前に誘導員のミスで途中棄権とされた悲話を持つ方ですが
その後も諦めず精進をかさね2008年の北京で50キロ競歩を
3時間45分47秒の7位で日本人で初めて五輪競歩種目で入賞された
日本競歩界の第一人者です。


私が注目したいのは、、、競歩は50キロまでしか種目はありませんが
日本の競歩チームは世界に対抗するため100キロマラソンで有名な
サロマ湖100キロウルトラマラソンに出場しており山崎 勇喜選手は
多くの長距離ランナーに混じり100キロを競歩で
9時間9分50秒
で完歩されてます。
100キロ競歩での平均時速なんと10.9キロですが50キロ競歩の
大会では3時間40分台ですので50キロと100キロでは当然ですが
歩く速度、ピッチやペース配分も変化するようです。

でも私は競歩は歩形や競歩ルールやスタミナで50キロを超えると
無理と思ってましたがやはり競歩でも100キロ歩けるんだな?とも思いました。
(今後各所で行われる100キロウォークも益々高速化しそうな予感もします。。)

普通のウォーキングと競歩では歩く技術が全然違ってきますが私も
少しだけでも競歩の技術の簡単ながら重要な部分だけでも良いとこ
取りしたいと思います。
尚、山崎選手は抜群の筋力スタミナが備わってるかというと、決して
そうでもなくごく普通の体力なんだそうです、
(懸垂にいたっては1回もできない)
つまり競歩は体力筋力だけでなく技術
とても重要なようです。

山崎選手ロンドン五輪でも頑張って日本の競歩熱
ひいてはウォーキング熱を高めてください。

競歩の美しいフォーム




ここまで記事を読んでいただきありがとうございます。

よろしければ
日本ブログ村「ウォーキングダイエット」↓にクリックお願いいたします。
https://diet.blogmura.com/diet_walking/index.html







歩きの達人の2回目です。
どうしても私が好きなというか影響を受けた方が登場します。

今、戦争カメラマンといえばユックリ喋るWYさんがブレーク中です。















石川文洋氏は戦後の元祖戦場=報道カメラマンのような方だと思います。

僅か27ドルの手持ちで海外を放浪し報道カメラマンになられたとか。
実際、ベトナム戦争等で1970年代に世界の戦場では朝日新聞と契約し
活躍された方です。
1970年代当時に私が読んだ本多勝一記者とよくコンビを組んでました。
私は本多さんは嫌いになりましたが石川氏は今でも好きな部類の
人間の良心を持った左翼的で牧歌的な人物だと思いますし赤旗よりでは
ありますが親近感を感じる人柄ですね。

当時のエピソードとして米軍(南ベトナム軍?)側から北ベトナムか
解放地帯に砲撃中の米軍野砲部隊を見学中であった若き日の石原閣下(現都知事)
が米軍指揮官の誘いを軽く受けて大砲の引き金を弾こうとした処、石川カメラマン
が撮影を中止して強く諫言したおかげで石原氏は引き金を弾きたそうでしたが
ついに大砲の発射を諦めたというくだりが何度もありましたが。。
本当かどうか石原閣下にも誰か(番記者さん)聞いてみてもらえないでしょうか?
イメージ 1 イメージ 2イメージ 3
















その後、石川氏は65歳当時の2003年に150日かけて北海道の宗谷から
故郷の沖縄まで日本海側を主に3250キロの徒歩旅をされています。
もちろん日本各地の風景も写真におさめています。

http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0405/sin_k175.html

歩いた日数や経費、地元の人と話した内容、歩き旅の途中で考えた事など
飾り気のない率直な文章が綴られています。
長距離の歩き旅を考える人には参考になる部分があります。
また日本を歩いてみて国道等とえいえ歩行者の歩きにくい道路が多いとの
指摘が私は読んでみて印象的でした。

3250キロを150日(1日平均22キロ)、実際に歩いた日は126日で
(1日平均26キロ)で慣れてしまえば誰でも歩ける距離です。
江戸時代の人も東海道を旅人は1日32キロ前は後歩いたようです。
江戸時代の人は現代人に比べ公共期間も無い分歩き慣れていたのでしょうね。

150日という期間を旅に充てられる事は仕事を定年リタイヤした一般人でも
中々真似もできませんが、私も何れ60過ぎたら90日間で日本徒歩とか
四国八十八ケ所徒歩巡礼(歩き遍路)をおこなってみたいですね。
でも時間が一番のネックになりそうですね。
私の場合3ヶ月も家を空けると二度と入る事がでなくなりそうで。。。(汗




私は31年前の22歳の夏に、永瀬忠志さんの事を知り会社をさっさと退職し
当時5万円の自転車で九州から北海道に旅したことがありました。

それほど当時リヤカー田吾作をひいて日本縦断やオーストラリア横断を果たした
永瀬さんに憧れてました。

でも私は旅の後は別の会社に就職し結婚して50代となりましたが、
永瀬さんはその後結婚し家族ができて教師の職に就職しても
まだ現役でリヤカーをひかれ世界中の特に僻地を歩かれています。

永瀬忠志氏 プロフィール
http://www.nikkeibook.com/riyaka/about.html


イメージ 1イメージ 2






















「子供に夢を託すな。 自分の夢を追え」

「旅は遅ければ遅いほうがいい」

「まだあったことのない人と出会い
まだ見たことのない自然と出会い
そして、自分も知らなかった自分と出会う」

「今はできそうもないと思っていることでも、出来そうな小さなことから

一つずつ進めていけばいつかできる・・・」


私は30年以上永瀬さんをウオッチしてきて(会ったことありませんが)
何だか氏の考え方が理解できるつもりです。
正直にいうと
「世間での生き方が不器用なのだと思います。」
それで水・食料・物資を積んだ200キロ近いリヤカーで旅に出ます。

土日の早朝歩いて思うのですが、週末深夜にカッコ悪い事ばかりしている
珍走族の皆様 時間のあるときに永瀬さんの本でも読んでみません?

イメージ 3















私は20代で影響を受けた永瀬さんに影響を受け来月の

行橋〜別府 100キロウォークに出ることに決めました。
私は永瀬さんから20代、そして50代にも影響を受けたことになりますね。

開く トラックバック(1)

全1ページ

[1]


.
naomoe3
naomoe3
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

過去の記事一覧

アル(歩)中症候群者 リスト

yahooブログ

不定期訪問先

情報源

レフティ

人類は麺類

名店公式ブログ

登録されていません

食べ物

沖縄いろいろ

右側通行

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事