涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索



 自分用の備忘録として勝手に書いております
 歴史学習妄想的メモ 35話 は松本清張と戦争体験でございます。
 暇な お時間のある人はおつきあください。



 松本清張さんはワタシが青年の頃大好きだった作家です。

古代の歴史モノは苦手でしたが、終戦前後の犯罪事件モノや
終戦後のGHQ等の謀略モノは大好きでした。

作品の中には権力者に翻弄され弱者が犯罪に巻き込まれたり
被害者が何時の間にか犯罪者とされてしまったりと面白く
権力を憎む作者の主張となる反権力・反骨の姿勢が一貫通底してるようでした。
とにかく、多くの作品では政治家、官僚、財界の金持ちが悪く描かれます。(笑


ワタシが松本清張の作品で面白いと思ったのは自己の軍隊での実体験
を紡いだ「遠い接近」という長編です。


「遠い接近」のあらすじは
戦争の末期にYという自営の印刷工が30代半の主人公ですが
が赤紙で徴兵され、朝鮮で軍隊で苛められて、終戦後に帰国
すると広島に疎開していた家族が原爆で皆が死亡しており
Yは自分と家族の運命を壊した赤紙の徴兵をYに決めた
当時の区長に対して復讐を果たすというストーリィ〜です。

戦時中のYが軍隊内でリンチを受けたり妻との往復書簡では
区長が赤紙を出した張本人という文章が検閲でバレぬように
暗号を使ったりと清張さんらしく面白いく弾きこまれます。
実は今は戦史作家の森史朗氏が編集者時代に松本清張の担当で
役得といいますか色々な事を聞き出して森氏が咀嚼した内容が
以下の本となってます。


イメージ 1








































戦時中の松本清張は朝日新聞の社員とされてますが、取材記者ではなく
印刷工の嘱託で入社し、他の20代社員が次々と戦地に召集されるなか
人手不足で正社員になれたと思って喜んだら、清張氏も35歳で召集
され家族も残しての朝鮮半島出征で、もう少し早い時期に召集されれば
配属部隊ごと地獄の戦場となるニューギニアに派遣される予定でした。

 この本によれば、売れっ子となって月に2作のハイペースで多くの 
作品を書きながらゴーストライターは全く利用してないとか清張氏も
30代半ばで赤紙で徴兵されて朝鮮に送られ年下の古参兵や上官から
殴られたり、リンチを受けたりの体験が「遠い接近」の執筆モチベーション
でしょうから、清張氏も赤紙で召集した役所の人や軍隊内で苛めた上官に
「殺意」のようなモノを抱いてはいたでしょう。。


 昔の話と片づける人も多いのですが、現在も
ゴーン氏の巨額脱税やホニャララな産業革新投資機構の
欲呆け、権力呆け問題など人が住むこの世界では理不尽な
事が多過ぎて、多少は権力犯罪や謀略モノが突飛な点もありますが
清張氏の作品はどこかの鉄道推理モノよりは色褪せる事はなかろう
と思った次第です。

ワタシがもうひとつ松本清張さんを可愛く思うのは
売れっ子の大作家となった暁の後の話ですが、清張さんも
有名人となり銀座のクラブ等に出入りするようになり他の客
を真似て愛人を金目にモノ言わせて募集されたそうですが
誰も募集に対し志願者が無かったんだそうです。
 良い齢をこいて自分のブサ面の理不尽さに泣いた清張さん
をワタシは大好きです。



ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
寛大なお心でポチッと宜しくお願いいたします。

https://sports.blogmura.com/100kmwalk/


 どーもー。
おはようさんでございます。

冬になると柿が甘くなりますね。 
(投稿内容は渋柿ですが)
イメージ 1



 
 年末はAMAZONの10型タブレットの購入意思99%で浮かれてましたが
 例え1万円以下でも昨夜で諦めました。


その理由は
派米国の株の暴落が激しいです。

投資の神様ウォーレン・バフェット氏一押しの
S&PをNISAと信託で60万積み立てましたが
先週はプラスに転じたのに、昨夜で3万円超の損害が出ております。(笑

インデックス系の投資信託ですが、ワタシが選択した
5銘柄は全てスタート時の基準価を下回ってます。

ワタシでこのざまですから
損切したくてもできない人も増えるでしょうね。

ワタシは投資信託で損切はしたくないので
来年でも再来年でも待ち続けます。

やはり2020年、東京五輪までに
株も投信もやめて節約生活に徹しようと思います。

自分の事ばかり書いてもしょうがないので
スケールの大きい話など。。

まだ国営の宿泊所から出られないゴーンさんですが自分の日産からの
年収が10億円でも満足できず更に10億円(計20億円)欲しかったようです。

人の欲には限りがありません。
宗教界や学会でも権力欲や権威欲の世界ですから
無報酬でも?建前はいいながらも
「無欲は大欲に似たり」という諺もあります。

ゴーンさんが本当に10億円+10億円の仕事をしてる
価値があるなら社内でコソコソしないで正統に受け取とれるよう
社内にも社外にも説くべきでした。

でも年収20億とか公表されると一般の社員や下請け会社
投資家から高額報酬を批判されるのが嫌でコソコソとなって
ゴーン氏の人間としての欲に勝てない弱さが顕れてしまったんですね。

ゴーン氏も弱い汚い部分を兼ね備え、そこを日産の日本人幹部や検察
に突かれて一生が台無しになったわけですね。


  どーもー。

稀代の出世王となったゴーン氏(今は容疑者)と自分を
比べても仕方ありませんが、他山の石とさせていただくことで
たかが1万円のタブレットを買えない自分を慰めようと思います。(笑

其々の人生は
Gone with the Wind(風と共に去りぬ)

Gone with the Money?

なのかもしれません。。



ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
寛大なお心でポチッと宜しくお願いいたします。

https://lifestyle.blogmura.com/semiretire/



 自分用の備忘録として勝手に書いております
 歴史学習妄想的メモ 34話 は小早川秀秋でございます。
 暇な お時間のある人はおつきあください。



戦国末期の関ヶ原戦では西軍側においては最大の裏切り者
東軍側からは黒田長政と並ぶ最大の功労者でもありますが小説も
歴史書もTVドラマでは暗愚なイメージキャラで主役とはなりえないでしょうね。


















 
 彼の波乱に満ちた21年の短い人生を後世から探り撃ち
してみようかな?と思います。

まずご存知のように、太閤豊臣秀吉の親類で生後わずか3歳で
秀吉の養子となり帝王学を叩き込まれたそうですがその後秀吉の
実子?鶴松や秀頼が誕生するとスペアキー的な存在に墜とされちゃいます。

※私は服部英雄氏や福田千鶴女史の歴史学を読んでみて
 秀頼も豊臣秀吉の実子ではないと思いますがそれは別の機会に。

その頃といっても養子時代の秀秋は8歳なんですが、
8歳から飲み仲間(近衆)と酒や遊興?に溺れだし、
成人前から100%アル中路線をひた走ります。
※8歳での飲酒 ここ大事です。(お酒は二十歳を過ぎてから)

その後も義兄でもありライバルでもあった豊臣秀次が関白につくものの
自決に追い込まれたり、秀秋にとっては不満な豊臣家内部の人事が続き、
ついには毛利家の乗っ取りを企てる石田三成や黒田官兵衛の謀略で
秀秋と毛利家本家への毛利輝元との養子縁組案が浮上します。

毛利輝元はポカ〜ンとした人物であったようですが一応は120万石の太守
ですから、輝元の叔父の小早川隆景が本家を救うために自分の領地である
筑前32万石を犠牲にしてまで秀秋を養子に迎えます。

今でいう小6くらいで小早川家に入った秀秋は豊臣ブランドのプライドは
高かったようで教育係の付家老と喧嘩しますし、後には勝手に急にキレて
文字通り諫言した家臣を謀殺したり、外では家格はともかく人格識見
では数段格上と思われる伊達政宗なんかとも大喧嘩しています。

どうも酒癖が悪いのかアル中なのか突如、機嫌が悪くなり爆発したり
切りつけるタイプのようです。

16歳で朝鮮での後半戦、慶長の役にも担ぎ出されて総大将で朝鮮にも
渡海しますが、当然昼酒三昧で戦争指揮も部下任せだったでしょう。
つまり徹頭徹尾「豊臣ブランドのお飾り」です。
私は少しはお飾り人生に同情したくもなりますが、朝鮮での少ない愉しみでは
朝鮮陣中は中国や朝鮮、南蛮、日本の酒を飲む比べたりしたのでしょうか?
加藤清正は朝鮮では虎退治、小早川秀秋は異国でワールドワイドに昼酒と
武将も様々です。
私は小早川金吾秀秋は朝鮮では戦闘には参加してないと思うのですが、
味方の籠る蔚山城へ救援に赴き、最前線で戦ったりと秀秋にも武勇は
あったと持ち上げる説もありますね。

小早川秀秋も筑前(今の福岡県西部)に1597年に帰国させられますが、
帰国の理由は太閤の名を騙った石田三成らによって秀秋の朝鮮での戦争指導が
軽率であったと批判され(飲んでるだけですから)越前15万石減封となり、
その時リストラでかなりの家臣を解雇していますし、秀秋に従いたくない
家臣の多くも義父小早川隆景の隠居先の故郷の中国地区に戻ったようです。


秀秋が筑前を出た後に豊臣家の直轄領となった筑前に石田三成が検知入りし
検地や行政指導も行ってますから戦争や貿易で発展を遂げた中世都市博多の
富を豊臣家で税収化したり貿易コントロールしようと考えたのか?
それとも若きアル中の病状が知れわたり大国である筑前経営に
は向いてないと判断されたのか? さあ、どっち?

なのですが、元々がお飾りの秀秋に朝鮮の在陣中は軽率とか秀秋
からすると酒を飲んでいようがお飾りの役目は全うしてますから
完全な石田三成らのイチャモンですよね。
また義兄で関白まで出世した関白秀次も、茶々と間男の間に秀頼が秀吉の
実子?とし生まれるとイチャモンで切腹しその家族も殲滅されております。
ですが、ですが、ですが秀秋の天運はまだここでは尽きません。

朝鮮の役から帰国後の翌年秀吉死亡後の遺言と五大老の連判で
秀秋はまた筑前に複領し、領地も越前時代の4倍、一度目の筑前の2倍
の59万石の大大名へと復帰いたします。
※ ここで徳川家康に恩を売られてるわけです。

秀吉亡きあとの豊臣家での秀秋の序列向上(羽柴一門では暫定筆頭格)
による淀君秀頼親子の後見役等の期待や、徳川家康の後の関ヶ原戦での
裏切りに繋がる恩売りの作用が秀秋に良い塩梅で働いたように思います。


それから1年後が私達イメージで知る、天下分け目の関ヶ原戦でです。

ちなみにこの時小早川秀秋はまだ19歳で羽柴性で羽柴筑前秀秋
と称していたようです。

関ヶ原での小早川秀秋の裏切りに至る過程では今もいつ裏切りをいつの時点で
決断したのかがはっきりしない訳ですが、私が読んだあまり学術的でない
書物の大半は伊勢平定や近江滞陣の頃から裏切ってくれてるように東軍の
家康陣営からは思われており、要所となった松尾山(標高292m)の城跡を
整備修復中の伊藤盛正を追い出して奪っておりますから西軍の戦略配置を無視し
松尾山を実力奪取した時から
「もう裏切ってるなアイツ?」と西軍の諸将からは思われてたでしょう。

※元々松尾山は実は南北朝時代からの山城で兵の布陣待機に向いていた。

しかも動員兵力は備前の宇喜田秀家や毛利秀元とならぶ西軍のビッグ3の
一角を占める1万5千名を動員。
西軍の関ヶ原結集戦力8万5千名の中での戦力構成比17%の小早川が
裏切りシンクロ連鎖で脇坂、小川等の裏切り、戦力構成比21%の吉川
・毛利家は動かず(東軍に内通)、結果裏切りを含む2倍以上の兵力差
となり西軍はその日のうちというより午前中で敗れて壊滅しました。

小早川秀秋の本戦での裏切りの決断は遅すぎるとされますが
稲葉正成、杉原重治、平岡頼勝らの家臣が徳川や黒田長政と数日前より
裏切りの内応交渉を行っており、人質交換まで済ませ小早川陣営には
数日前から徳川方から督戦させるための軍監与力も派遣されており
裏切りは既定路線で部下任せで交渉させたようです。

また東軍に寝返ると内応しながら、決戦当日は去就を迷いに迷って
日和見状態となり午後の家康の松尾山への銃撃で狼狽して
西軍に突進するため松尾山を駆け下った・・・とする説が定石の
ように伝えられますが、
最近では 近江で謎の滞陣してた頃から東軍と連絡をとりあい
決戦当日は関ヶ原戦で霧のかかったから朝一から東軍に寝返って
西軍諸将に襲いかかって史実よりも短時間で本戦の決着がついていた
・・・・説が有力になりつつあります。
(実際に松尾山から大群が降るだけでも1時間はかかりますからね)

イメージ 1




























私は裏切りへの主因は豊臣家や秀吉への憎しみでなく
石田三成への憎しみが大きかった心の隙間を毛利・吉川と同調したい
家臣や東軍側に巧く利用されたように思いますね。


戦いが終わって小早川秀秋は家康に礼を尽くすかのように詫びたポーズで
謝罪にも見える面会を果たしたそうで筑前から備前(岡山)に転封と
なりますが備前と美作で50万石以上とも実質は40万石の石高でとも
謂われますが良い方に観ても筑前時代の横這いで最大の功労者なのに
大幅加増には至りませんでしたから利用されて使い捨てされたようなものです。

ここから秀秋は豊臣ブランドを捨て世に残る「裏切り中納言」という名声を
後世に至るまで定着させますが、本人は恥ずかしい事とも思わず
老いた口うるさい家老等に暇を出して自分のお気に入りの若い家臣団を
形成し意気揚々としてましたが、関ヶ原から2年後の1602年に
21歳で不審な死を遂げ、徳川時代で初となる無嗣断絶で改易されますが、
死因は肝硬変やアルコール中毒であるように伝わりますが
部下達による暗殺の可能性もあるんじゃないかと私は思います。


わずかに8歳で10万石の領地を貰い酒を呑み、直ぐに他家に養子となり、
16歳で朝鮮に渡海し戦い、19歳で関ヶ原での裏切りの歴史に名を残し、
21歳で生涯を閉じた小早川秀秋ですが、秀秋にしてみたら同じ豊臣側から
加藤清正も福島正則他も裏切ってる訳ですから皆で渡ったら怖くない
赤信号であったのかも。。

関ヶ原決戦の歴史は勝者の徳川家に都合よく塗り替えらてますので
徳川(東軍)に都合よく、小早川秀秋の人物像も
「凡庸・怠惰・暗愚・未熟」で残念な人物像として今に
つたわってるかもしれません。

もしもの話ですが秀吉が叔父で無かったり、遺言が無ければ
案外と後半生は尾張や越前で奥さんに昼酒を飲んでは文句
言われながらも美女に囲まれて長生きしていたかもしれないし
もし長生きするとその後の大阪夏の陣なんかでも両軍から注目される
事になるであろう人物だったのかも。。

現代人への教訓としましては

困難に耐え酒に逃げず、長生きすればいい事もあるかも?
酒は飲んでも飲まれるな!
飲んだら車と神輿には乗るな!
恩人や部下や周りの人を大切にせよ!


という処でありましょうか?



ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
寛大なお心でポチッと宜しくお願いいたします。

https://sports.blogmura.com/100kmwalk/



 勝手な事を歴史ネタで書いております
 歴史学習妄想的メモ 【34話】でございます。


 日本の歴史をふりかえりますと良いも 悪くも青年といいますか,精神的に
未成熟な若者の思考理念というより、行動力というか暴走が日本を良いも
悪くもダイナミックに変革してきたような気がしますね。


2600年前?
若き神武天皇の九州?からの東征で日本国家の誕生

645年 ?    
 大化の改新   中大兄皇子 20歳 我入鹿暗殺 
 失敗すれば〇〇の乱で終わったでしょう。

1560年    
桶狭間の戦い 織田信長    26歳 
        大うつけ神仏も権威も恐れず

幕末〜維新  
攘夷派・開国派主張は違えど若者が
武士・町人・百姓の階級に関係なく国難に大活躍

昭和維新 
若い官僚化した軍人が年寄りの言う事を効かず下克上・
民衆の支持で首相を暗殺した将校を裁判で死刑にできず
しかし反乱の連鎖エスカレートも2.26事件で頂点。 

太平洋戦争  
↑より更に若い若い将兵の大敢闘に関わらずも敗戦

終戦後    
若者だけの努力でもないでしょうが荒廃した何も残らない
焼け跡からわずか10年で高度経済成長の軌道に載せる。

学生運動 
保守にも官僚化した日本共産党にも失望した大学生(高校生)
による壮絶な社会運動。
今でも何を為そうとしたのか?答えはみつからず。
学生時代は「米帝!日帝!」と叫ぶや大学4年になると
短髪にしIBMや三菱など典型的な米帝、日帝企業に就職する者も多し。
日本赤軍やよど号犯人などの過剰さに大半は着いていけず下火に。。
余談ですが私が高校生の頃ある担任先生は
「警官より学生の方が数が多い。学生二人死んでも警官一人殺せば最後は勝つ。。」
と本気で喋っており驚きました。
私は戦後の学制運動と戦前の国家改造を企てた青年将校に共通項を感じてしまう。
(中核vs革マルも統制派vs皇道派と似てないだろうか)          私の愚行では戦前の2.26事件の青年将校と戦後の学生運動は似ています。  

革命運動  
学生運動から過激派(武力闘争)闘争に発展
連合赤軍事件で表から壊滅、日本を離れ世界革命を夢見た若い馬鹿も。
日本で革命行えないから世界で戦うと海外でテロ活動もし放題
(その後も戦前の皇道派、統制派のように内ゲバで同じ狢が内部抗争?)

バブル期  
政治に無関心になった若者だが経済的に昔の江戸の町民のように
持金を使ってくれ日本経済どころか世界経済は潤った。 
上司の部長に随行して若手社員が出張するのに部長が自由席で
若手社員がグリーンや指定席という懐かしくも面白い時代。

現在     
国はまたおかしくなってきたが、今の若者は政治も経済にも異性にも興味を喪失
よく草食系とか言われるが、セックスが嫌いというよりそこまでやり遂げようとする時間労力、金を考えると無料動画で慰めるのだろう。
車にも海外旅行にも興味わかず。
若者は「こんな俺たちに誰がした!」と嘆くが。
団塊や高齢者が長生きし会社(仕事)も辞めないので益々若者が
良い職につく機会が減少中。  
私が不思議に思うのは自分達の暮らしが向上しないのに多くの若者は何故安倍首相好きが多いのだろうか?  

今後?    
私にもわかりませんが、既得権益にすがる政治家や経営者というより
若者対(既得権益を手放したくない)老人との対立構造が深まるような。
歴史は繰り返すのでいつかその時代の青年たちは過激になる時が必ずきます。
対外的にはC国との戦争準備か? はたまた国内では21世紀版の
姨捨山運動?的な老人狩りムーブメントが再始動か?。 
青年が覚醒しない方が良いのか、それともこの国は外圧と青年力が
ないと生まれ変われないのか。。。 


う〜ん、以上はただ時代に流されてきた元青年(私)の呟き。。。
 
最悪のシナリオはナチ化した若者達の政権奪取による高齢者の
切捨政策。
そうなれば姨捨山の復活や長生きを祝っての遠島の刑の復活も
真近いかもしれません。


明治維新も昭和維新も戦後の学生運動も年寄り(上司、教授、上官)が
若者にブレーキをかける事ができませんでした。
大人ぶったり無知なふりして若者を利用しようとしたり逆に若者に
絡めとられた壮・老人もいました。

特に昭和前期は酷いもので、満州事変・515事件・神兵隊事件、
226事件、どれもが青年(30代前半含む)の暴走であります。
自分の手は汚さず青年の暴走を悪どく利用した年老いた輩も多いですし
青年将校の中には天皇主義といいながら赤化革命を考える国家改造
主主義者も存在しました。

最近、若者に元気が無いともいわれますが、年寄りや社会が青年の
暴走を止められない時代が、この国が危なくなる時じゃないでしょうか。

幕末の倒幕も戦前のテロも、戦後の学生運動も、当時の若者からすれば、
当時の大人達(年寄り)に任せたままではこの国はちっとも良くならなず
腐り果てるとの思いから考えて行動(決起)した共通点があるようにも
思えますがその方法論は別としてですが。。 

でも是非は置いといて今の若者元気がないような。。。
その反動が来るときが少し恐いのだけれど。。
でもこんな政治不信が続いていても平成維新は訪れませんでしたが
今の閉塞したお役人様天下に不満を募らせモヤモヤ感が高まる中で
今後も若者の義憤を中心に「暴走」が起こらないとは限りませんよね。

もしスマホとゲーム・SNSが若者の脳内の政治思想の引き出しの中を
麻痺させて既成政体への不満や物欲を抑制させてるようにも思えますが
そうだとしたら人を猿化させるスマホは心の安定剤?じゃいけど
恐ろしい発明品なんでしょうかね。


ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
寛大なお心でポチッと宜しくお願いいたします。

https://lifestyle.blogmura.com/semiretire/


 

         歴史学習妄想的メモ       の

   【33話】でございます。

 大航海時代と呼ばれた西洋では軍事力と
キリスト教の押し付け布教で世界中を席捲したのですが
一番布教が困難だった場所が我が日本国でした。

有名な宣教師、ザビエルが来日したのが1549年です。
イ・ゴ・ヨ・ク伝わるキリスト教として日本でも年表暗記
されておりますが、ザビエルからして日本は他のアジア諸国
とは違い、不況がうまく行かず何度も本国やバチカンに泣き言
の書簡で報告いたしまおります。

鹿児島に上陸したザビエル上は領主からライバルの仏僧、味方と
すべき庶民まで布教もし、キリスト教の優位性を打ちだそうと
仏僧と論争もするのですが、鹿児島をはじめ各地で仏僧から庶民から
「はい論破!」されてしまい、一つの場所で布教活動がうまくいかない
から転々と不況の場所を替えていくわけです。

最終的に豊後(現在の大分県)の大友宗麟に迎えられて
布教を許されはするのですが、ザビエルは赴任前の野心とは異なり
失意の果てに日本からインドに戻り出直しをはかるも途中の広東省にて
46歳で病死したのでした。

ザビエルへの教えに対して日本人の問は。

「そんなにありがたい教えが、1500年間、日本にこなかったのか」 

「そのありがたい教えを聞かなかったわれわれの祖先は、
 今、どこでどうしているのか」

つまり、自分たちは今後はキリストの洗礼を受けて救われるかもしれないけれど、
洗礼を受けず死んでしまったご日本人の御先祖ははどうなるのか?
やっぱり地獄に落ちているのか?
その時代の日本人はザビエルにこういう核心を突く質問を
投げかけたたんであります。 

キリスト教においては、洗礼を受けてない人は皆が地獄行きですから、
ザビエルもそう答えました。
すると多くの日本人が更に追求するわけです。 
「あなたの信じている神様というのは、
 ずいぶん無慈悲だし、無能ではないのか?。
 全能の神というのであれば、私達が改修すればご先祖様ぐらい
 救ってくれてもいいではないか。」 

もちろんザビエルも日本人の嫌味な質問には上手くは回答できません。

※キリスト教は突き詰めると個人が「神」と交わした契約
 ですから信者の御先祖様まで救ってくれるスペックもオプションも
 備わってはないのです。。

結局ザビエルは本国スペインやローマに手紙で
「日本人は文化水準が予想以上に高く、よほど立派な宣教師でないと、
 今後も日本での布教は苦労するであろう」
俺の布教活動が下手なわけじゃないからね。
と言い訳じみた報告を繰り返します。 

※ザビエルはインドでは多くの入信者を獲得した事で
 聖人にまで祀り上げられております。

その後もローマカトリックはエース級の人材を日本に投入するのですが
インド・中国・東南アジア・朝鮮で手応えのあった布教は日本では困難
な状況が続くのでした。

そもそも日本人は
個人(自分)と一神教の神との契約
生まれついての原罪意識なんて有島一郎の小説
読んでも理解できないはずなんです。

現在のグローバル病に毒され世界が右なら日本も右へ倣えで
世界が男女平等なら、日本も男女共同参画でオンナも戦闘機にも
戦車にも、潜水艦にも一定数を載せちゃえ!・・・って現代の偉い
人達により男女の壁を破壊する運動が大きくなってますが、何故か
女性を潜水艦に乗せる風潮に反対し難い空気が醸成されてしまいましたね。

戦国時代に生きた人達の方が西洋人を珍しがりつつも
コンプレックスも無く南蛮人と上から目線で観ていたので西洋人
宣教師や商人の胡散臭さを見抜く事ができたのだと思います。

最近 以下の本を読みました。

イメージ 1


 
 奴隷売買といえば真っ先にアフリカらからアメリカ大陸への黒人奴隷
輸出を想いだしますが、16世紀の後半は日本においても内戦の戦国時代
ですから戦勝した側が敵側の領民特に若い男女を人間狩りまでして宣教師も
乗るポルトガル船・スペイン船に武器と引き換えに奴隷輸出を公然と
行っていたのです。

特に九州や離島で奴隷輸出が行われており、キリスト教側からは
不都合な事は昔も今も発信しまえせんが、フロイスの書物でも
天正遣欧少年使節団も多数の日本人奴隷を東南アジアでも、インドでも
アラビアでもヨーロッパでも多数見かけたそうです。
少年使節の千々和ミゲルに至っては各地でキリスト教の布教地で
多数の日本人奴隷を観た事から西洋人の表と裏の違いに
嫌気がさし帰国はあっさり棄教しております。


祖先を大事にする日本人だからこそ、 全知全能の神と言いながら、
日本人のご先祖様も救えないキリスト教の危うさと矛盾から一神教
(あくまで各個人と神の個別の契約であること)に気付くことが
出来たのだと思います。

 現代の日本人もグローバル主義に騙されてはいけないようにも
思うのですが・・・今の教育だけじゃ無理そうで個人での情報リテラシー
が必要となってくるのでしょうね。

戦国時代の日本人は識字率も今より低く、ラジオもTV放送も
なく、インターネットもないのに西洋人の罠にも嵌らず自主独立
から鎖国迄まで一国武装平和主義を300年も貫いてますからね。

イメージ 2














やはり日本は潜水艦やジェット戦闘機に女性を載せては
いけないとワタシは思うのですけどね。



ランキングに参加しています。
この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
寛大なお心でポチッと宜しくお願いいたします。

https://lifestyle.blogmura.com/semiretire/

.
naomoe3
naomoe3
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

アル(歩)中症候群者 リスト

yahooブログ

不定期訪問先

情報源

レフティ

人類は麺類

名店公式ブログ

登録されていません

食べ物

沖縄いろいろ

右側通行

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事