12月8日は1941年に真珠湾攻撃がはじまり
日本が米国、英国、オランダと戦争は始めた日ですね。
長いこと中国と事変拡大という事実上の戦争も続いてましたが
翌日の12月9日は日中開戦日となります。
先の戦争については色々な考えが当時も今もありますが
日本が戦争を仕掛けた事で、中国も、英国、米国も、ソ連も
喜んだ訳ですから、やはり日本は敗れるべくして敗れる方向に
駒を進めたのでしょう。
昭和に入り陸軍を中心に統制に服さない下剋上状態に陥いりますが、
2.26事件までは軍人の叛乱者での死刑者は皆無でしたから、
叛乱を起こす方は調子に乗りますよね、2.26事件の青年将校
達も内心では失敗しても死刑にはならないだろうと考えて参加した
者もいたんだと思います。
それに現在の保守の方もよく勘違いされてて、青年将校は
正義に燃えた右寄りの方々と崇拝してる方もいますが、事実は
隊長クラスは偽装右翼で本当はバリバリの左翼人で、ソ連を真似た
社会主義国家を模索した人々ですからね。
もちろん彼らを理論的に導いたとされる北一輝も極右の
ふりをした左翼人ですね。
戦前は非合法で、ソ連の手羽先となって泥棒や数々の悪い事を
行った共産党にしても捕まって、刑死した人なんていませんから、
今の人が思う程に戦前は暗黒時代じゃなかったと思うのですが、
2.26事件やシナ事変が起こったあたりから日本全体がおかしく
なっていきますね。
シナ事変なんて国内向けでは「聖戦」と称しながら、海軍が正式に
シナ(中国)に宣戦布告すると米国から石油や工作機械、航空技術を
輸入できなくなるから反対する中で事変は拡大し、勝ちまくる日本軍
でも毎年4万人が戦死し、かってない程に戦死者が増え続け
昭和12年頃から各町村で戦死者を弔う忠魂碑が建たなくなります。
昭和16年時点で戦死者が15万人以上に達し、その犠牲の多さを
ふり返ると、中国大陸からの撤退など軍人も政治家も思ってても
口に出せなくなります。
だいたいのその後の流れを箇条書きしますと
ソ連をやっつけよう →ソ連軍の方が強くなり無理
ソ連の前に中国を一撃で負かそう→長期戦に突入、国力低下
中国が降伏しない → 米英ソが中国を裏で応援している。
米国が中国を侵略するなと日本を恫喝→ 石油が欲しいので日米交渉
米・英・ソ・中でかたまりだす → 対抗軸としての日独伊三国同盟
ノモンハン事変 → 近代化されたソ連軍に驚愕し対ソ戦の決意が遠のく
欧州大戦開始 ドイツ軍により
フランス、オランダ降伏 → フランス・オランダの植民地と石油を欲しくなる
独ソ戦開始 → ドイツ軍に呼応し満州に80万の兵力を動員
米国の石油禁輸 → 石油の8割を米国から輸入していた無策
外貨不足で石油も買えなくなる
南進準備 → 陸軍は海軍に下駄を預ける
開戦決意 → 陸軍と海軍の大佐級が話し合い事実上の開戦決意
開戦後は 緒戦の勝利を別にすれば米英ソ中の思惑通りの戦争シナリオ
進行で3年9ヶ月で日本の敗北。。
いやあ開戦の2.3年前の間だけでも敵国が、ソ連、中国、またソ連
米国と英国ついでにオランダ植民地も、その間海軍は常に予算獲得の為に
米国海軍の正面装備の6割以上を常に要求し、昭和16年夏の段階になり
今さら、米国と戦っても勝てないとも言えず、石油も足りなくなり蘭印
の石油を奪う事しか考えられず、最後の最期の陸海軍の一致した妥協点が
南進で米英と戦争をする事で日中戦争にケリをつけようとしたんですが
対戦国の米英ソ中を喜ばせる結果となりました。
国内政治の政治経済も実際は重工業化も富国強兵にも程遠く
民主選挙がはじまり、高負担な税金を国民に課し続ける
事を恐れて中国大陸への進出を進め、東北や北海道よりも先に
朝鮮、台湾、満州に国内よりの持ち出しで過大な先行投資
を行いますが麻薬利権を手に入れたり、中国で偽札を擦り
続けるくらいしかなく、敗戦となり海外に投資した民間の
設備も全部が中間倍賞として現地の国のものとなってしまいます。
結局、トップ層の方々が自分の頭で考えようとはせずに
下部の部下や専門家らの意見やら国際情勢の激変に流されて
流されて、流離ってしまい、日米戦争という結果になります。
世界やアジアを侵略しようとしたとか、世界支配を考えたとか?
ある民族をこの世界から抹殺しようとしたとか戦後に一部の外国から
非難されますがお門違いもいいところです。
日本の選良のはずのトップエリートが自分では考えはせず
下の現場から上がってくる要求や報告に振り回されてしまい
3年前には真面目に考えてもいなかった日米戦争に流されてます。
外国ではヒトラーとかスターリンとか独裁者の独断で戦争が
はじまりますし、ルーズベルトもスターリンも戦争への強い
意思を持ち続けています。
日本の指導者はどうかというと、ヘタレの近衛文麿にしても
強がりの東條英樹にしても、日米戦争に勝算どころか、自信も
見出せないわけです。
4年も戦って中国にもとどめをさせない日本が、国力比10倍の
米国を屈服させる事など所詮は無理と頭では理解できています。
でも「負けるから戦争には反対!」とは言えないのです。
でも、下の現場が仏印(ベトナム)進駐とか海南島占領とか
欲得で動くと、日本の指導者は既成事実として承認します。
そして、一生懸命に戦えば、米国に勝てなくとも、直ぐには
負けないだろうと戦争に奔ってしまいましたね。
どうも「戦争の先の結果はよくないだろうけど、今をごまかす」
ためにはじめた戦争のような感じです。
長くなりましたが何が書きたかったと申しますと、昭和16年の
夏から年末に日本の指導者が流されて追い込まれ下した決断は
2015年の今年の不祥事として大きな注目を浴びた、東芝の不正経理
(脱税)傾いたマンションの建築会社、化血研の未承認製法も、太平洋戦争
の開戦決意へのトップの判断と同じような空気を感じてしまいます。
戦争がはじまっても、トップの方々は
部下に戦争任せて自分たちは機密予算をどんどん使って
9時5時で芸者呼んで、どんちゃん騒ぎで、自分達の人生謳歌に比べて
戦場の部下たちが可哀そうになると慰問団を派遣したり慰安所を拵えたり
もしましたが、やはりどんなに戦場で将兵が頑張っても勝てない戦いで
あった事は記憶しておきたいと思います。
70年前も現在も、トップ層の意思決定経過は
それほど違いはないのかもしれません。
今も大臣とか国会議員とか上場企業の社長さんも
観たくないところは見ない振りして、数値経営の
指標は下や現場に押し付けても、部下や下僚任せで
「下の者達にやっていただく組織の長」としての
君臨ですからね。
トップの方は組織が間違ったときにこそ、トップが前に出て
一時的に、謝ってでも早めに改革と是正を行い、組織のあるべき
航海図をしめすべきだと思いますね。
誰が読んでるか判りませんが、最後までお読みいただき
ありがとうございます。