STEP BY STEP TEAM NAO

6人からの贈り物・・・17人の挑戦!!

Naoの修業時代

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

あるお客様

失敗の連続・・・でもめげずに喋りつづけるNaoの修業時代。

毎月決まって一日にくるお客様がいた。

60歳前あたりの見るからに怖〜い人だった。

師匠の技術に惚れこんでという感じで、さすがのお喋りNaoも一言も話が出来なかったというか、話しかけるなオーラをかもしだした人だった。

いつも来店すると、椅子に座って師匠に目礼をする。師匠もうなずくだけ。

まさに、アイコンタクト!!

そして驚くことに毎回微妙に髪型が違っているのだ。

一度奥さんに聞いたことがある。

「あのお客様と師匠って話しないですよね」

「なのに毎回長さ少し違いますよね」

「師匠にお任せなんですか?」

すると奥さんが

「そうね〜、深い意味はないとおもうけど季節によって変えてるのよ」

「でもそんなこと勝手にしてしまっていいんですか?」

と問う私に奥さんが

「もうあのお客様、この店来てから20年以上になるけど初めてカットが終わった後にマスターに、また来月必ず来ます。髪型はお任せしますって言ってからマスターが、ずっとカットしてるからね」

両方ともがすごすぎる・・・。

20数年髪型を理容師に任せる人も、それをカットし続ける人も・・・。

ある時、私がそのお客様のシャンプーに入り、師匠に渡そうとしたらまだ師匠は違うお客様のカットをしている。これはつないでおかないとと思い、ひたすらマッサージをしていた。

なかなか、師匠のカットが終わらず20分ほどマッサージしただろうか、汗だくになりながら師匠に渡した。

その時、そのお客様が、低いドスの利いた声で

「ありがとう、気持ちよかったわ」

は〜〜〜、身体の力が抜けた。恐いやらほっとしたやら嬉しいやらで・・・。

そして技術が終わり帰る時に、その恐いお客様は私の肩をぽんと叩き

「がんばりや!!」

と言って帰られた。

叩かれた肩は、痛かったけど嬉しかった。

その時思った。カットもできない、シェービングもできない自分でもシャンプー、顔面処置、マッサージなど今自分にできることを一生懸命、必死に汗かきながらやっていれば必ずお客様は認めてくれる。

絶対に手を抜かないようにやろうと。

その後も、そのお客様は、一日に来店し、私は必死にマッサージさせてもらった。

そしていつも帰りに

「がんばりや!!」と肩を強く叩かれた。

でもその叩かれるのが嬉しく、励みになった。

お店においてどのような立場でも、お客様に認めてもらうことはできる。

それが例え掃除であっても・・・。

Naoは、その怖〜いお客様からそのことを学んだ!!

Naoの才能

失敗続きの修業時代の中で、自分自身それまで気づいてなかった才能が私にはあった!!

才能と呼ぶほど、大げさなものではないのだが・・・。

それまでの私は、無口ではなかったが、自分から誰にでも話をするタイプではなかった。

しかし未熟で失敗だらけの自分の技術を、カバーするためにNaoは、お客さんとひたすら話をした。

私的には、下手な技術を紛らわすために会話でお客様の気をそらそうとする姑息な手段だったのだが、師匠も奥さんも、ものすごく褒めてくれた。どっちかというと二人とも黙って技術を行うタイプであり、お店は静かだった。

しかし、師匠は、褒めてくれた!!あの時、黙ってとかうるさいとか言われていたら今の私はいないであろう・・・。店の雰囲気を変えてまで私がお客様と会話するのを、完全に放任してくれた!!

それで、調子に乗った私は、お客様と喋りに喋った。

通常、理容店での接客は、9:1とか8:2でお客様の話を聞くものだと思うのだが、逆転していたぐらいだった。

でも改めて、様々な年代の人と会話をする難しさを痛感した。

子供には子供ネタ、同年代でもいろんなジャンル、親年代、そして祖父年代と話をあわせるために、話題を提供するために、それまで読まなかった新聞、雑誌、テレビ番組を見るようになった。

特に、親年代との会話が、私の一番の持ち味だったと自負している。

私自身だって、自分の父親とは話をしない時期であったということは、お客様も自分の息子とは、なかなか話の出来ない、しない時期である。それを私が、息子の代わりを務めていたように思う。

はじめは、口の重かった40〜50歳のおじ様たちが、いろいろ話をして聞いてくれた。

父と息子の悩みを、私ながらに解決してあげたと勝手に思っている(笑)

1日約12時間喋りっぱなしの毎日だったけど、時間は早く過ぎていった。

そして、人と話をすることで、ものすごく仕事が楽しかった。当然技術は、難しかったし失敗ばかりだったけど、お客様と接している時間は、楽しかった!!

やっぱり人間楽しいことが、見つかるとやりがいを感じるものだ。

技術はなかなか、上達しない、私であったが、お店での居場所を確実に確保し、お客様との関係を築いていった。

今でも、私は、自分が喋っている時が、一番楽しく、充実している!!

2008年、Naoは、ノンストップで喋りまくる!!

恩人

失敗の連続の修業時代、師匠、奥さん以外にお世話になった人がいる。

モデルのT君だ。

理容の技術を習得していく上において、モデルは絶対必要なものだ。

私が、修業していた時代は、ウイッグはあったが、実践から学ぶという風潮で練習にはモデルを連れてくるというのが常であった。

そこで、私は、学生時代から仲のよいT君に頼んだわけである。

快く引き受けてくれたT君であったが、あとで後悔することになる・・・。

本当に、今から思えばT君と今でも仲良くしているのが不思議なぐらいの仕打ちをT君にはした。

まず、シャンプー練習では、服は濡らすし、耳にお湯を入れる、泡が残ったまま終わる。

シェービングでは、当然のごとくいたるところ切り刻む、ネックラインは、点線が出来たほどであった。

カットにおいても、お約束の耳を切ったし、アイロンでは、やけどもさせた。

多分、理容店で起こりうるすべてのトラブルは、全てT君は体験したのではないだろうか・・・。

何故、こんな仕打ちをされてもT君は、モデルで居続けてくれたのだろうか?

「本当にいつもごめんな、今日も失敗した、痛かったか?」とNao

「かなり痛かったな!!(笑)でも先生とNaoが一生懸命やってるの分かってるから大丈夫やで。
次は、いつや?」とT君は練習後、必ず次の練習の約束をして帰るのだった。

一生懸命しているとはいえ失敗しすぎの私に最後まで付き合ってくれたT君には、感謝している。

T君がいなかったら今の私はないだろう。

一人の一人前の理容師になるまでには、このような涙ぐましいモデルの人たちのお陰である。

当然、T君以外にも、師匠、奥さんも、Naoの技術の被害者である。

「はじめからできる人は、いない。でも一生懸命やらなければモデルに失礼だ」

と、師匠からモデルが来る前にいつも言われた。

だから失敗ばっかりで、いっぱいT君や師匠、奥さんには迷惑は掛けたけど一生懸命、冷や汗をかきながら練習した。途中で、モデル辞めたとは言われなかったので、気持ちは伝わったのかなあと思う。

今でもT君とは仲良しなNaoである。

失敗の連続

厳しく、優しい師匠、優しい奥さんに囲まれてNaoの修業は続くが、世の中そんなに甘くない。

仕事の上においては、失敗の連続であった。

Naoの家は、理容店でも美容店でもない。親戚にいるわけでもない。

全く、ゼロから学校に入学し、理容店に就職した私は、本当に右も左もわからなかった。

掃除から、ゼロのスタート。

まず床が綺麗に掃けない。理容店の床は、髪の毛だらけだ。忙しい日などは、次のお客様が座るまでに急いで掃かないといけないわけだが、綺麗に掃けない。ステップの所には毛が残っている。

シャンプー台が綺麗に洗えない。これも急いでやるからなのか、水垢が残っていたりする。

タオル・クロスがたためない。理容におけるタオル・クロスたたみは、重要である。角と角をきちんと合わせて師匠に言われるんだけどたためない。師匠や奥さんが、ささっとたたむほうが、数段きれいなのだ。

次の準備が出来ない。師匠、奥さんが次何が必要かが、忙しくなると分からなくなる。

ここまで思い出しながら書いていくと自分自身凹んでいく(笑)それぐらい出来の悪い従業員だった。

もし私が、若手のオーナーの店にいたなら即刻クビだったかもしれない・・・。

でも師匠夫婦は、本当に長〜い目で見てくれた。当然その度に、注意されたし、叱られたし、怒鳴られた。(裏の部屋で)

「継続は力なり」

本当にこの言葉って正しいと思う。来る日も来る日も失敗していた私が、本当に長い時間かけて少しづつできるようになってきたのだ。

一つ出来てくると、ほんの少し余裕が生まれてきて周りが見える、そうすると次何をすればいいか分かるようになる。

何もすごいことをやるわけでない。普通の事を普通にやるっていうのが、本当は非常に難しいものなのだ。さりげなく・・・。

私は、偉そうなことは、生徒達に何も語ってやれない。でも数多い失敗談は語っても語り足りないぐらいある。何といっても店で起こりうる失敗はほとんどすべて経験済みなのだから・・・。自慢することではないが、教員になってからずっとこの失敗談を元に授業をやっている。

こうして、Naoの失敗続きの修業時代は、厳しく優しい師匠と優しい奥さんと続いていった。

師匠の奥さん

厳しくも、優しい師匠の下で修業の始まったNaoであった。

そのお店のメンバーは、師匠夫婦と先輩理容師、私の4人であった。

先輩理容師は、私が入店して間もなく実家に帰ったので、実質は、師匠夫婦と私の3人で大半を過ごした。

師匠は、本当に仕事に対しては厳しい方で、仕事中の大半は、何かしら注意されていた記憶しかない。

その反対で、奥さんは、本当に本当にお世話になった。師匠に注意、怒られ、叱られた後には、必ず優しい言葉で慰めてくれ励ましてくれた。

ものすごく気の若い方で、私の話にも耳を傾けてくれた。

夕ご飯は、奥さんの手料理であったが、偏りがちの食生活を考えて毎日作ってくださった。

その時間が、仕事の中で一番楽しみだった時期もある。

仕事が終わり、3人で食卓を囲むと、師匠も仕事中の怖いイメージから優しいおじさんに変身しニコニコ黙って晩酌していた。(でもやっぱり最後まで師匠は怖かった)

私は、奥さんに話を聞いてもらうのが、夕食の光景だった。仕事の疲れを癒してもらう大切な時間だった。

その夕食の時は、師匠は決して仕事の話はしなかった。本当に夕食の時は、ほとんど話をした記憶はないぐらい黙って晩酌をしている師匠しか思い浮かばない。

夕食の後、練習をしていたのだが、必ず師匠は隣にいてくれた。教えることを教えたら、ずっと見守るタイプで、練習している私としてはかなり、隣にいるだけで怖かった。

そして、どんなに遅くなっても練習が終わると、奥さんが、コーヒーとおやつを用意してくれた。

練習をした日は、必ず出してくれた。そして、ほんの少し雑談をしてくれた。

本当に、そのコーヒーと会話は、嬉しかった。何より師匠と奥さんが練習最後までいてくれるという思いで頑張れたんだと思う。

朝起きるたびに今日休みたいと、登校拒否のようになっていた時期も、手が荒れて悩んでいた時も、彼女と別れて凹んでいるときも、いつも師匠夫婦は、変わらずいてくれた。

今改めて思う。この二人がいなかったら今の自分はないだろう。

素晴らしい二人に見守られながらNaoの修業は続く。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
直
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事