吉川真澄応援サイト「歌の翼」管理人ブログ

吉川真澄が出演したコンサート等(主として管理人が聴きに行ったもの)を記録しています。
【演奏会場】
川崎能楽堂

【演奏曲目】
平野一郎:アナベル・リー〜E.A.ポーの詩に拠る物語歌(バラード)〜[2018/世界初演]
平野一郎:秋の歌[2014年/吉川真澄委嘱]
ジョン・ダウランド:涙のパヴァーヌ(流れよ我が涙)
その他

《演奏》
ペトリ・クメラ(ギター)
ヤンネ・館野(ヴァイオリン)
吉川真澄(ソプラノ)


【管理人コメント】
作曲家平野一郎さんの連続企画『衢CROSSING(クロッシング)vol.3 〜異人(まろうど)の秋、呼び交す夢〜』で、フィンランド出身のペトリ・クメラ(ギター)、ヤンネ・館野(ヴァイオリン)との共演。

三人のアンサンブルで初演された、平野一郎さんの「アナベル・リー〜E.A.ポーの詩に拠る物語歌(バラード)〜」は、文字通りポーの最後の詩とされる「アナベル・リー」がテキストとなっています。幼い男の子と女の子の悲しい恋の物語。超極ピアニッシモで語り始められ、大切な人を奪われた少年の悲しみと怒りに満ちた超極フォルテッシモを経て、愛の永遠への確信に満ちた超極ピアニッシモ静かに物語りは幕を下ろします。

in a Kingdom by the sea.../海のほとりの王国に…。繰り返されるフレーズを耳にしながら、今日のプログラウの最後を飾る曲を作ったダウランドが生きた時代、16、7世紀あたりの、ヨーロッパの田舎の風景が、何となく浮かび上がってくるような気がしました(勿論見たことはありませんが笑)。

会場は、川崎駅近くの能楽堂。私にとって、能楽堂で音楽を聴くのは初めてでしたが、普通のコンサートホールとは異なる柔らかな響きがあって、とても新鮮に感じました。あまり「耳には自信はないのですが、歌だけでなく、ギターやバイオリンの音も、いままで聞いたことのないような響きのように感じました。

秋の歌は、足踏みによるパーカッション演奏がありますが、能舞台の特性を利用して、とても良い音を出せていたと思います。後から聞いた話では、舞台が固く強く蹴らないと音が響かなかったそうで、体力的には大変だったそうです。2時から後6時からの二公演で一公演に2時間以上掛かっていましたので、休みは1時間ちょっとしかなかったはずです。本当にお疲れ様でした。


開く コメント(0)

【演奏会場】
松江市田和山遺跡竪穴式住居

【演奏曲目】
平野一郎: 四季の四部作(春 夏 秋 冬)

【管理人コメント】
『四季の四部作(春 夏 秋 冬)』のCD発売記念コンサートとして、4月に岸和田の杉江能楽堂で開催されたコンサートの引っ越し公演。9/21の松江城興雲閣、9/23の妻木晩田(むきばんだ)遺跡(鳥取県西伯郡大山町)に続く、山陰公演ツアーの最後の日に聴きに行きました。

演奏会場は、松江市内の和田山遺跡にある、復元された竪穴式住居。この遺跡は、弥生時代中期のもので、三重の環濠により小規模の社のようなものが守られています。普通の環濠遺跡では、環濠は中にある住居を守る役割をしているが、この遺跡では住居跡は何故かその外にあるという、全国に類例のない謎に満ちたものだそうです。事前のプレ・トークでの考古学者堀 晄氏の話では、規模の差はあるが、魏志倭人伝に出て来る卑弥呼の住いに似ているそうで、山頂の社には巫女がいて、環濠とその外に住まう人々によって守られていたのではないか、ということでした。

薄暗い竪穴式住居の中で待っていると、入口に掛けられた幕を回って、静かに吉川真澄さんが入場してきました。そんな話を聞いた後なので、どうしても吉川真澄さんを、環濠に守られた巫女と重ね合わせてしまいます。そして、萱で覆われただけの原始的な竪穴式住居の中にいると、自分が周囲の自然と混ざり合い溶け込んでしまったように感じられます。

そんな中で最初に聴いたのが「春の歌」。ちょっと苦手だったこの歌が、この場所で聴くと何故かすとんと腑に落ちました。作曲家の平野さんのによると、「春の歌」は、音楽になる前の自然の音から音楽が生まれてくる様を表現しようとしたものだそうです。なるほど、この地ではるか古の霊気に触れたことで、俗な私の心も拓かれ、ものの始まりを語る「春の歌」を受け入れられるようになったのかも知れません。

その後に歌われた、「夏の歌」、「秋の歌」、「冬の歌」。いずれも声の響きと伸びがあって、素晴らしい演奏でした。音が吸収されてしまいそうな萱の壁と天井に囲まれた狭い空間で、何故このような豊かな音が生まれるのか、私には理解はできませんでしたが、それも何かの力が作用していたのかも知れません。

演奏会が始まる頃傾き始めた陽は、終わるころにはすっかり暮れて、晴れていれば中秋の名月が現れるはずでしたが、その日の山陰はあいにくの曇り空でした。

ところで、この田和山遺跡からほんの北東2kmのとろに、管理人が少年時代を過ごした家がありました。30数年ぶりに訪れた松江は、表向きは私の全く知らない街に変貌していましたが、白潟の湖畔から見る宍道湖の景色には、当時の面影が残っているような気がしました。この機会がなければもうここを訪れることはなかったかも知れません。その意味でも、『四季の四部作』山陰公演の企画には大変感謝しています。

開く コメント(0)

【演奏会場】
東京オペラシティ近江楽堂

【演奏曲目】
◎ヴィオラソロ(般若佳子)
・ヨハネス・シェールホルン:ムザーリオン(1986)
◎オトナリ(ソプラノ:吉川真澄、ヴィオラ:般若佳子、筝:菊池奈緒子)
・渡辺裕紀子:Musicbox
◎DUOうたほぎ(ギター:佐藤紀雄、歌:吉川真澄)
・中山晋平:シャボン玉
・武満徹:見えないこども(*)/めぐり逢い/死んだ男の残したものは/昨日のしみ/翼
・林光:ねがい
編曲:渡辺裕紀子、(*:)印はMomo
◎オトナリ×うたほぎ
・渡辺裕紀子:僕と神様(改訂版初演)

【管理人コメント】
古い記録をたどってみると、オトナリを初めて聞いたのは2007年。今日聴いたMusicboxの演奏でした。どんな曲だったか殆ど覚えていませんが、筝の上にボールを落としていくのは覚えていました。私の音楽的記憶力はそんなもんです(笑)

その後、菊池奈緒子さんがドイツに活動の場を移され、オトナリの活動は10年以上も休止されていたことになります。しかし、吉川真澄さんのプロフィールには、その間もずっとオトナリのメンバーであることが記されていました。このユニットに対する吉川さんの想いを知ることができます。

10年たって聴き直したMusicboxは、素晴らしい曲でした。一曲、一曲は、一年の各月を表しているのですが、とても色彩感覚に富んでいて、それが月が進むに従い、次々と場面転換して行きます。美しい日本の自然を写し取ったカレンダーを、一枚一枚めくって見ているような感じです。この素晴らしい曲を作曲するにあたって、渡辺裕紀子さんは、何故筝とヴィオラと声という極めて珍しいアンサンブルを採用されたのか?どういう魔法の眼鏡があって、この組み合わせが素晴らしい音色を作り出すのを見つけ出したのか?長い時を経て、改めてそんな思いに駆られました。

つづくDUOうたほきのステージ。ZIMAGINE祭りやCD発売店頭ライブを除けば二年ぶりにコンサートでうたほぎの演奏を聴きました。死んだ男の…の最後では、佐藤さんがメロディーを歌って吉川さんがオブリガートを入れるところがあります。気が付きませんでしたがCDもそうなっているそうです(えっ!?)。聞きなおしてみると・・・そう言われれば確かに.・・・。皆さん、「うたほぎVol.3」のCDを買って確かめてみましょう(笑)。

そして、うっとりと聴いたのが、林光の「ねがい」。この歌は、元の曲(ピアノ伴奏の合唱曲)を聴くと、また違った感じなのですが、余韻に富んだ佐藤信の詩に渡辺裕紀子さんの編曲が新たな解釈を与え、美しい抒情的な歌になっています。「うたほぎVol.3」に収録されている中で、最も好きな曲の一つです。

開く コメント(0)

イメージ 1

【演奏会場】
タワーレコード 町田店 店内イベントスペース

【演奏曲目】
からたちの花(北原白秋詩/山田耕筰曲/Momo編曲)
うみ(文部省唱歌/Momo編曲)
君死にたまふことなかれ(与謝野晶子詩/吉田隆子曲/佐藤紀雄編曲)
ゆきむすび(大場陽子作詞作曲編曲)
アリラン(朝鮮民謡/キム・ヨハン編曲)
りゅうのこもりうた(平野一郎作詞作曲編曲)
○と△の歌(武満徹作詞作曲/渡辺裕紀子編曲)
翼(武満徹作詞作曲/渡辺裕紀子編曲)
アンコール
証城寺の狸囃子(野口雨情詩/中山晋平曲/アタナス・ウルクズノフ編曲)

《演奏》
DUO うたほぎ
(歌:吉川真澄&ギター:佐藤紀雄)

【管理人コメント】
タワーレコード町田店で開かれた、『うたほぎ vol.3』発売記念インストアイベント。町田界隈では、吉川真澄さんは指導者としても活動されていますので、聴衆の中に去年の吉川門下生発表会でお会いした方も沢山来ておられました(^^)
店内音楽が流れたままで演奏するという、ちょっと残念な環境でした。イベントが終わったら、今度はその録音を流すというちぐはぐさ。だったら生で流せばいいのにぃ!(というのも、演奏する方はやりにくいのかなぁ?)
でも、最後にはサインが戴けたので、大満足です(^^)

イメージ 2

開く コメント(0)

【演奏会場】
国立劇場小劇場

【演奏曲目】
平野一郎 胡絃乱聲(こげんらんじょう)

《演奏》
四絃琵琶=塩高和之
五絃琵琶=久保田晶子
笙=中村華子
竽=東野珠実
打物=池上英樹
群声=東京混声合唱団

【管理人コメント】
琵琶は西域で生まれ、奈良時代の直前に日本に渡って来て、聖武天皇の正倉院には、四絃琵琶、五絃琵琶のふたつの型の琵琶が残されているそうです。演奏会では、雅楽から始まり、平家、盲僧、薩摩、筑前と続き、現代の鶴田琵琶まで時代を追って演奏され、最後に正倉院琵琶の復元楽器を使った平野一郎さんの「胡絃乱聲」が初演されました。吉川真澄さんは、東京混声合唱団によるコロス(群声)8名の一員として、演奏に参加されました。

プログラムの作曲者の言葉には、「最後に思い切り卓袱台をひっくりかえすつもりで…」と作曲を依頼されたと書かれています。邦楽の中でもとりわけ古風な琵琶の演奏の後で「胡絃乱聲」を聴くと、そこに大いなる跳躍があるのは確かなのですが、それは決して卓袱台返しなどではなく、悠久の琵琶の歴史の延長にあるものとして私は素直に受け入れることができました。恐らく、最初の雅楽がアンサンブルの中の琵琶として演奏され、その後の歴史の中では「語り」の伴奏楽器として発展して来たこと。そして最後に再びアンサンブルに回帰したことにより、その千三百年の歴史物語が完結させられたと感じられたからだと思います。

平野作品がいつもそうであるように、「胡絃乱聲」も大きなスケールで時間の流れの中に聴衆を巻き込んでいく素晴らしい作品でした。それは、ユーラシアの砂漠を旅し、海を渡って東の果て大和にたどり着いた二面の琵琶が、自身の旅の記憶と、今日まで見つめてきたこの国の歴史を語っているようでした。

舞台で奏でられる伝統楽器の調べに集中していると、背後から何か低い音がかすかに響いてきます。客席の背後にいつの間にか配されたコロスが発する声です。あぁ、忘れ去られた記憶が、復元された正倉院琵琶の音に呼び覚まされようとしている…。次は、大海原を渡って大和にたどり着いた琵琶の記憶。続いて、琵琶が目撃した千三百年の歴史、その歴史を紡ぎだした人々の魂が現れ来て会場一杯に乱舞する。しかしやがて、その荒ぶる魂たちも琵琶の音になだめられ、この国の新たな時代の礎となるべく昇華される。聴きながらそんなストーリを思い浮かべました。

琵琶と笙、 竽(「う」と読む、大型の笙?)の幽玄な響き、時におどろおどろしく、時に清らかに晴れ渡るコロスのハーモニー、それらを打物が絶妙に結びつける。鳥肌ものの名演奏でした。会場の下手側後方の席にいた私は、客席の後ろ左右いっぱいに広がって配置されたコロスの中で吉川真澄さんが歌っていた位置に近く、その声を間近に聞く幸運に恵まれました(^^)


開く コメント(0)

[ すべて表示 ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事