|
明日も仕事だし、亡骸を家に置いておいてもつらいので兄に頼んで車を出してもらい、13時30分ごろ大津市の火葬場で幸四郎を荼毘にふしました。 8時30分に死んで5時間後に焼いてしまうのもなんだかなぁとは思いますが、気持ちを引きずっていてもしょうがないので決心しました。 大津市の場合、人間とペットは同じ火葬場でした。炉は違うのかもしれませんが・・・ 炉の前で手を合わせて最後のお別れをして職員さんに後を託し帰宅しました。骨は拾いませんでした。 上のベッドは幸四郎の具合が悪くなりかけたときよく犬用のベッド中で粗相をするので洗えて寝心地の良さそうなのを選び、幸四郎用のオムツとウエットフードを通販で購入しましたが、届いたのが昨夜20時ごろ。 結局、幸四郎が生きている間は梱包を解くことなく、荼毘にふして帰ってから初めて梱包を解きました。 これからは、玉三郎専用ベッドとなります。 2匹が食べるようにウエットフードを買ったんですが、玉三郎は幸四郎の2/3ぐらいしか食べないのでかなりのストック量になってしまいました。 せめてあと1日早く着いていればと悔やまれます。
|
過去の投稿日別表示
-
詳細
2010年01月11日
全1ページ
[1]
コメント(9)
|
あめゆじゅとてちてけんじゃ ではないけれど、先ほど幸四郎が旅立って行きました。 土曜日から、もうほとんど立てなくなりました。 土曜の朝は、鶏肉を茹でたものを結構食べましたが、幸四郎が口にした固形物はこれが最後でした。 土曜日の夕方からは、オイラが起きてる時は、膝に抱いて、寝るときは同じ布団で体を密着させていました。 用事をするのに幸四郎を膝からおろすと のように啼いていました。 昨夜は、3時ごろまで幸四郎を見守っていましたが、少し寝てしまいました。 午前8時前、幸四郎が体を前足で押すので目が覚めました。結構目に力がありましたがか細い声でワンワンといってました。 玉三郎をリードにつなぎ幸四郎を抱いていつもの散歩コースにでました。その間、幸四郎はしっかりとした声でワンワンと言っていましたが、帰ってきておむつの交換をしていると首に力がなくなってきました。 急いで抱きあげて見守りました。 少し苦しそうな大きな息を数回してそのまま旅立って行きました。 旅立つ瞬間に抱いていてやれたこと、見守ってやれたことは大変おいらの中ではよかったと思っています。 1996年1月2日に我が家にやってきて今日で14年とちょっと一緒に過ごしたことになります。 幸四郎にとっておいらに飼われたことは幸せだったのか不幸だったのかわかりませんが、おいらには、いっぱいの思い出と幸せを運んできてくれました。 最後の数日は見ていてつらかたけど、これで幸四郎も楽になれただろう。 おいらにとっても正直なところ楽になりました。幸四郎と別れるのはつらいけど、奴がどんどん弱っていくのを見ているのがつらかったのです。 もう、これで幸四郎の時間は止まりました。 まぁ、まだ玉三郎もいるし、またきっと新しい家族を迎えることになるだろうと思います。 でも、幸四郎は幸四郎だけで、他に取り替えができるような存在ではなく、いままでに送ってきた他の動物たちと同じように思い出の中にずっと生き続けるでしょう。 すみません、まだ動転しているのでめちゃめちゃな文章になってしまいました。 ありがとう幸四郎 静かにお眠りなさい みなさまありがとうございました
|
全1ページ
[1]







