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オイラが育った地域では、北野天満宮を「天神さん」と呼ぶ。
そこでは毎月25日(菅原道真公のご縁日、誕生日6月25日、命日2月25日)に縁日が立つ(表現がおかしいか?) ちなみにこの縁日も「天神さん」と呼ぶ。 たとえば「今日は天神さんやなぁ」てな感じである。 北野天満宮を表す「天神さん」と「縁日」を表す「天神さん」は、その時のニュアンスで判断する。 ちなみに毎月21日に開かれる東寺の縁日を「弘法さん」と呼ぶ ってことで今日は11月25日 そう「天神さん」である。工事で少し停電があるそうなのでその間「天神さん」まで散歩することにした。 参道に店がいっぱい出ている。 タコ焼き、お好み焼き、リンゴ飴、ちりめん山椒、海産物、カレンダー等色々 参道の西側には、植木 参道の東側、また北野天満宮の北側には古着、骨董品の出店がいっぱい並ぶ。 オイラの子供の頃から比べると出店の数もかなり減っているように思う。 参道の横から「もみじ苑」に入れる。 入場料600円 去年も今頃見に来たのだが、その時は立派な紅葉で大変綺麗だった。 でも、でも・・・・・・・・・・青々している。 まだ色づき始めで見頃にはあと1〜2週間先ぐらいだろうか? このもみじ苑の入場券には、お菓子の引換券がついている。 もみじ苑の休憩所で交換してもらえる。 なかみはどら焼きみたいなもの。昼食後にいただくつもりで持って帰った。 休憩所は お茶も自由に飲める。湯呑にも北野天満宮の梅の紋が入っている。 あまりの青々している木々に落胆をしてもみじ苑を出る。 そして本殿でお参り そして牛社にも 紅葉は残念だったけどとっても天気が良くて気持ちい散歩でした |
誰も行かない京都観光
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コメント(12)
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今日から11月6日まで京都御所が一般公開されている。
なのでちょこっと行ってみた。京都御所に行くのはたぶんなら3回目。 前に行ったのは何時のことだったろう? 事務所を午前8時30分にでておっちらこっと京都御苑まで歩いて行った。 京都御苑についたのが午前9時ごろ。蛤御門(禁門)から中に入る。そう「禁門の変」の禁門です。 梁にはその時の銃撃の跡が残っているそうです。地元では禁門と言わず蛤御門と呼ぶ方が多いです。 ちなみに火事の時に開くから蛤御門らしいです。(熱で蛤が開く) もう、観光バスがいっぱい。人もいっぱい。 ちなみに京都御苑は烏丸ー丸太町ー寺町ー今出川で囲まれた公園である。ただ、普通オイラは御所と呼んでいる。ちなみに環境省の管轄らしい。 そしてその中にあるのが「京都御所」当然、宮内庁の管轄である。 東宮警察による手荷物検査の後にこの門から中に入る。 御所の中心の建物「紫宸殿」ここに上がれる人々がいわゆる殿上人。 紫宸殿の真ん中にあるのが 高御座である。ちなみに南に向いている。なので京都は高御座に座って右(西)が右京区、左(東)が左京区であると昔聞いたことがある。 御所の中を見て回るだけで約1時間かかりました。 ちなみに京都御苑の中の通路は砂利が敷き詰められているので自転車では非常に走りにくい。 だから、上の画像のように自転車が通行する轍ができていて、だいたいの人がこの細い轍を走る。 今日は約270枚写真を撮ったのだが、露出の設定を間違えていてほぼ全滅。 掲載した写真は、一生懸命に補正したものばかり・・・涙 |
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旅行に行くと観光名所に立ち寄る。
で、ガイドブック片手に行くとそこには「○○跡」という石碑が立っているだけということがよくある。 おいらが育った京都でも「○○跡」という石碑はあまり目につかないのだが、結構町中にある。 で、今日は「 此付近 大学寮址」を紹介したい。 今日、お客様の鍼灸院に行くとき目の端の入った石碑。 いつもよく通る道なのになぜか長年、存在自体気づかなかった。 そう、お地蔵さんの祠に隠れていたんです。 「大学寮」というのは今で言う「国立大学」みたいなものらしい。要は役人の養成所かな。 場所は、京都市中京区押小路美福角にあります。 北側には「二条城撮影所跡の石碑」があります。 そして北東角には 二条城があります。 JR二条駅から二条城に行く道にあります。少し東に行くと神泉苑や二条陣屋もあります。 よかったらお立ち寄りください。(石碑だけしかありません)この辺りいっぱい石碑ありますからそれを見ながらぷらぷらされるのもいいかもしれません。 (う〜ん、このカテゴリーは半年ぶりの更新だ) 詳しい地図で見る |
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旅行に行くと観光名所に立ち寄る。
で、ガイドブック片手に行くとそこには「○○跡」という石碑が立っているだけということがよくある。 おいらが育った京都でも「○○跡」という石碑はあまり目につかないのだが、結構町中にある。 で、今日は「 此付近聚楽第本丸西濠跡」を紹介したい。 前に紹介した「平安宮大蔵省跡 」の横に建っている。
正親小学校の校門の横にある。
またまた聚楽第である。聚楽第にも食傷気味だが、そのような石碑があるのだからしょうがない。
前の枝にピントが合ってしまい石碑がぼけてしまって申し訳ありません。
この正親小学校のフェンスにこのようなパウチされた文章が掲示されていた
なぜか京都弁で書かれている。それに文末は「どす。」で終わっている。
この京都弁で代表的なイメージの「どす」はほとんど町で聴くことはない。きっと祇園町ぐらいなんじゃないかな?「どす」を普通に話せる方を数人知っていたがかなりの高齢な方ばかりだった。
聚楽第は「じゅらくてい」と読みます。「じゅらくだい」というても構いまへん。 まぁ、こんな石碑見てもしゃーないやろけど
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旅行に行くと観光名所に立ち寄る。
で、ガイドブック片手に行くとそこには「○○跡」という石碑が立っているだけということがよくある。 おいらが育った京都でも「○○跡」という石碑はあまり目につかないのだが、結構町中にある。 で、今日は「楽焼家元 楽吉左衛門宅」を紹介したい。 「楽 吉左衛門」は千家十職の一つ、楽焼の茶碗を作る茶碗師の楽家が代々襲名している名称だそうです。
現在は15代の方が活躍されているそうです。
場所は少しわかりにくいかもしれませんが、下の地図を参考にしてください。
市バス「堀川中立売」バス亭からあるいて少しのところにあります。
楽美術館になっています。
陶芸や茶道に興味をお持ちの方は是非お立ち寄りください。
ちなみにオイラは中に入ったことないです・・・・・
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