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旅行に行くと観光名所に立ち寄る。
で、ガイドブック片手に行くとそこには「○○跡」という石碑が立っているだけということがよくある。 おいらが育った京都でも「○○跡」という石碑はあまり目につかないのだが、結構町中にある。
で、今日は「本能寺」を紹介したい。
本能寺は日本史に必ず出てくる「本能寺の変」の本能寺である。
そう、織田信長が明智光秀に殺された寺である。
修学旅行で京都に来て本能寺会館で宿泊された方も多いと思う。
織田信長の墓もここにある。
この超がつくくらい有名な寺院であるが、あまり周りで本能寺にお参りに行ったという話はあまり聞かない。 おいらも寺町通りから河原町通りに出るのに境内の中を通っていた(ちょうど三条河原町のバス停のところに出られる)けど、あんまり観光というイメージはない。 で紹介したいのはこれから後のところだ。
あの「本能寺の変」で本能寺は焼けてしまっている。(信長の遺体は見つからなかったはず) 今の「本能寺」はのちの再建である。 で、「本能寺の変」の本能寺は、現在地よりももっと西南の場所にあったようだ。
蛸薬師通りと元本能寺通りの角っこにこの石碑がある。
ここは、昔は小学校だったのだが、統廃合で今は介護施設になっている。 こんな場所に観光しに来るやつもいないだろう
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誰も行かない京都観光
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旅行に行くと観光名所に立ち寄る。
で、ガイドブック片手に行くとそこには「○○跡」という石碑が立っているだけということがよくある。 おいらが育った京都でも「○○跡」という石碑はあまり目につかないのだが、結構町中にある。
で、今日は「鵺池(ぬえいけ)」を紹介したいと思う。
場所は、前回紹介した二条城撮影所を少し北に行くと二条公園がある。
その公園内の一番北側にこのような石碑がある。 かなり不鮮明であるが「鵺池碑」とあるようだ。 もう一つ「鵺池碑」という石碑が立っている。これは復元碑らしい。
「鵺がなく夜は恐ろしい」というのは、1981年の横溝正史原作の「悪霊島」の宣伝文だったと思う。
「鵺」というのは伝説の生き物で、猿の顔、タヌキの胴体、虎の手足、蛇の尾を持ち、トラツグミのような気味の悪い声で鳴いたという。
近衛天皇のとき(1153年)天皇が毎晩怪しい声に悩まされ、源三位頼政に命じて鵺を退治したそうです。
頼政が鵺を退治した時、この池で矢じりを洗ったと伝えられてるそうです。 昔はこのような水のない池だったのが、
二条公園が綺麗に整備されてこのようになっています。
傍らには鵺大明神もあります。 昔はこの公園にプールがあり、オイラが小学校の低学年の時に授業で使っていた記憶があります。 また、この公園でもよく遊んでいて公園で爆竹を鳴らして、公園管理人に追いかけられたりしました。 北側には、NHK京都放送局があります |
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昨日テレビを見ていると北野天満宮で「もみじ苑」なるものを数年前からこのシーズンやっているらしい。
紙屋川のもみじが綺麗だそうだ。 ネットで調べてみると入苑料が600円。
う〜ん、悩むところだ。 通勤の時ちょっと足を延ばして北野天満宮の裏側の紙屋川のところで覗き込んでみるがもみじは見えない。
そうだ、近所でももみじが植わってる大きなお寺があるのを思い出した。 日蓮宗本山立本寺だ。誰もいかないことはないと思うが観光寺院ではないと思う。
場所は、「大将軍」のバス停を東に少々歩いたところ、七本松通仁和寺街道の角にある。
ここの門を入って左側は児童公園になっている。
前はよく犬の散歩の通り道でもあった。 子供のころ、この公園でもよく遊んだ。ここの鉄棒で逆上がりの練習をよくしたもんだ。
このお寺の裏には仁和小学校があり、児童たちの通り道にもなっている。
幽霊飴は六波羅密寺で有名だが、この立本寺がモデルとの説もある。(祖母から聞きました) |
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旅行に行くと観光名所に立ち寄る。
で、ガイドブック片手に行くとそこには「○○跡」という石碑が立っているだけということがよくある。 おいらが育った京都でも「○○跡」という石碑はあまり目につかないのだが、結構町中にある。
で、今日は京都で最初にできた撮影所跡を紹介したいと思う
京都観光というと社寺仏閣がすぐ頭に浮かぶが、でも、外せないのは「太秦東映映画村」(おいらは中に入ったことはない)オープンセット等が見られるそうだ。そう、京都は映画の都でもある。あの黒沢明の「羅生門」も大映映画だ。
場所はJR二条駅を出て千本通を少し北に行くと大きな交差点に出る。
この東西の通りはここから西が御池通、東が押小路通と名前を変える。 ちなみに東に向かう御池通は、二条駅の正面の通りである。 この交差点を東に少し歩くと(北側は中京中学校) 二条城が見えてくる。 この交差点が押小路通美福である。 で、ここで左後ろを振り返ってほしい。 正確には、押小路通美福通 西北角である そこにこの石碑がある。
ちなみに碑文にある「横田商会」は日活の前進だそうだ。
ここは、大極殿跡よりももっとマイナーな気がする。
ここで立ち止まって見ている人は、ほとんど皆無である。 二条城の入口の真裏になるが、二条駅から歩く場合や二条陣屋などに行かれる場合は少し立ち止まってほしい。 |





