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旅行に行くと観光名所に立ち寄る。
で、ガイドブック片手に行くとそこには「○○跡」という石碑が立っているだけということがよくある。 おいらが育った京都でも「○○跡」という石碑はあまり目につかないのだが、結構町中にある。
で、今日は大極殿跡を紹介したいと思う。
大極殿というとどういう建物かというと下の図のようなものである
千本丸太町北西交差点
そう、平安神宮にそっくりの建物である。
なんたって平安神宮はこの建物を5/8のサイズに縮小して建てられたものだそうだ。 平安京の大内裏の中で最も重要な建物でここに高御座(たかみくら)も設置されていたらしい。(今は京都御所の紫宸殿にあるはず) 場所はJR二条駅を北に10分ほど北に歩いたところの千本通りと丸太町通りの交差点を西北に入ったところだ。
京都人はこの交差点を千本丸太町(せんぼんまるたまち)、千丸(せんまる)と略すことが多い。
千本丸太町の千本通りに面している西北のバス停の横から行くことができる。
入って右手に子供の遊具があって
その奥にこの石碑が立っている。かなり立派な石碑である。
昔は石碑の前の門扉はもっと頑丈そうなものであったように思う。
おいらの子供のころの遊び場で門扉を乗り越えて遊び道具を石碑の裏によく隠していた。 その後、長い間門扉はなくなっていたが、最近また出来たのだろう。 じつは、ここは児童公園の中にある。正確には「内野児童公園」というが子供のころから大極殿跡って言っていた。
前は石碑の横に木でできた説明書きが立っていたが、「源氏物語ゆかりの地」としてきれいな看板になっていた。 児童公園なので公衆トイレもある。(京都市の児童公園には大概公衆トイレが設置されている。)
公園の中には町内のお地蔵さんも祀られていた
千本丸太町交差点にある「りそな銀行」の前にも「平安宮朝堂院跡」の石碑と説明書きが立っている
また交差点の歩道にも
のように設置されている。
平安京は風水で町が設計されていたという。で、この大極殿あたりに都の気が一番集まるところらしい。
なのにこの辺りは、オイラが子供の時から比べてすごく寂れてきている。開発で気がどっかに行ってしもたんかもしれない。 この場所で観光客を見かけることは殆どない。きっと京都検定を受験する人ぐらいかもしれない。
今の立派な解説じゃなくてこのような木の看板でした |
誰も行かない京都観光
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