大正生まれのおじいちゃんの蛍雪日記

盧溝橋事件についてはこちらをまずお読みください→http://www002.upp.so-net.ne.jp/keisetu/

戦争体験

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天皇陛下の御見舞い杯

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陸軍第二  第三陸軍病院 天皇陛下お見舞い杯

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南京の大むかで

南京事変の話をしていて、おじいちゃんは、南京事変が一通り落ち着いたあと、
おじいちゃんの部隊が交代で南京城入りして、しばらくそこの警備にあたったのですが、
その時のことをいろいろ思い出して、お話してくれました。

おじいちゃんから聞いた話◇

おじいちゃんが、南京の城壁を警護していたとき、
見たことも無いような大きなむかでをみつけたそうです。
蛇のように、1メートルを越すような、長い、そして、太い、
だけれど、たくさんの足があり、やはりむかでとしか考えられない、
気持ちの悪い生き物。

おじいちゃんは、自分が噛まれないよう、鉄砲の先に剣をつけて
それを二つに切ろうとしたけれど、竹のように堅くて
なかなか切れなかったそうです。

なんとかそれを退治した後、
あれは、南京で死んだ支那の人達の魂が、
あのような異形の形になってあらわれたのだろうか・・
など、考えたそうです。

おじいちゃんの言葉◇

あるとき、焼け野原の南京城の中を、背の高い、髪が腰まである女性が、さっそうと歩いてきた。
手には、ひとつかみの、長い赤と白の花をかかえてさっそうと何処かへ歩いていった。
焼け野原の何処に行くのだろうかと、おじいちゃんは考え、色々な思いが走った。

盧溝橋事件が始まって、牟田口部隊(いわゆる支那駐屯軍第一連隊)は
支那のど真ん中で、孤立無援、支那全体の兵から囲まれて
襲撃を受けておりました。

私達初年兵も全員囲まれている支那兵に攻撃をうけ、
それこそ靖国神社に行くことを真剣に考えておりました。
私達初年兵を教育していた上官たちも同じ事であります。
将校は少尉、中尉、大尉、そのような若い将校たちは
同じ師範学校を卒業した内地の部隊、朝鮮の部隊、満州の部隊、
それらの仲間の将校たちにも確か苦難している応援を頼む
そのような会話はされたと思います。
事実、されたでしょう。
それによって朝鮮、満州、にいる青年将校たちは
北京に兵隊を出しました。
応援に来ました。
それが、日本の軍部大本営の会議において
処罰などの問題があがったと思いますが、
私達、駐屯軍は実際には、ほっとしたのです。
軍法会議において
どんな処置をうけたか、私はいまだにわかりません。

(孤立無援で苦難する駐屯軍への朝鮮・満州にいる部隊からの応援は、
 おじいちゃんたちにはとてもありがたかった。
 しかし、それは大本営の許可無く行われた、軍の青年将校同士の友情から
 くる行動であったのではないか、と思い、どのような処罰をうけたのかわからないが、
 おじいちゃんは今でも感謝している、とのこと
 おじいちゃんは、このときの戦いで、負傷して野戦病院に収容されました
 
 通州事件が起きたのも、この時期であり、もし、応援が遅れていたり、来なかったりすれば、
 もっと支那に住む日本人たちの被害は大きかったのではないかと思う。)

日本の爆撃機

支那事変から進んで支那全土に戦闘が繰り広げられていった。
それはほとんどが、戦車、徒歩、の攻撃で
日本には
航空機はあまり生産されていなかったので、全土に航空機を使って
攻撃したと言うことはありません。
私は航空機で攻撃した戦闘も見たことがありませんでした。

別の話になりますが、
もう終戦に近いころは、航空機はかなり作られました。
それは、特攻隊と言ってほとんど自爆の小さい飛行機でありました。
私は負傷して航空機の生産工場でその飛行機のプロペラを回す機械を
生産しておりましたが、三菱、大田にある大きな工場で飛行機を生産しているものは
ほとんどプロペラのついた貧弱な飛行機でほとんどが自爆用の飛行機として
考えていいのではないだろうか。

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インパール作戦当時、日本は世界から経済封鎖にあっており、
食料・ゴム・鉄鋼などすべての産業に必要なものの輸入を止められていました。
軍事的にも物資が足りず、米英の軍を破り、活路を開き、物資を調達する
必要があったという背景であったとのことです。

米英の精鋭部隊とは、戦いたくないと言うのが本音かもしれませんが、
当時の日本としては戦争を続けるなら避けられない必要な作戦であったというところでしょうか。

そして、荷物を運ぶ舞台というのは、
リュックなどに食料や弾丸を運んで後ろからついていくわけですが、
道になっていないような急な山道(しかも、当然初めて歩く場所)を
重い荷物を持ってついていくのですから、ついていけなくなったと
いう推察があるのだと思います。

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