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今年もやってきましたね、「東日本大震災」から丸6年経過!
被災されている方は今日だけが特別では無く日々なんですが、、。 そして何時も「東北」だけが取り上げられていますが、関東でも地盤の液状化で家が倒壊したり傾いた家も多々ありましたが、最近は報道されなくなりましたね。
改めてお見舞い申し上げます。
写真は友人(気仙沼)が震災直後にビデオを撮ったのをカットした画像です。
震災当初は「日本赤十字」へ2回だけ寄付しましたがその後はしておりません(^_^;) 特に「東北地方」には沢山観光で行って上げる事や、農水産物等を優先的に購入して上げる事で少しでも支援に繋がります。
又、出かけなくても今は「ネット」で注文出来るサイトも多くなってきましたので検索して欲しいです。
しかし、「原発事故」の問題は以前として暗雲立ち込めております。
政府は2020年の「東京オリンピック」の時にはほぼ収束している事の狙いが見え見えで、「帰宅解除」や「支援金の打ち切り」を断行しようとしています。
帰宅解除の基準はは「ICRP」(国際放射線防護委員会)が定めたもの(1〜20ミリシーベルト/年間)に準じていると言っているが、そこでは上限が20ミリシーベルトでは無く、限りなく1ミリシーベルに拘るべきと言っています。
一昨日TVでやっていた「福島県飯舘村」も村の70%は山林で、その山林の除染が全くされていない中で間もなく「帰宅解除」が成されます。 こんな中でどれだけの元住民が戻るか疑問です。 特に若い世代は「子育て」や「仕事」もしなければ生活出来ないので、戻る事には大半が躊躇していると報道されています!!
以前にも書きましたが「実家」も原発から直線にすると約35Km位の所で、放射能は当初より大分低くなってきていて皆平穏?に暮らしてはいますが、若い世代はどんどん離れていっています。
東北でも「福島」とそれ以外の県では「復興」に大きな差が生じていて、まだまだ将来が見通せない状況です。
一人一人はとても小さくて大きな支援は出来ないかもしれませんが、何時までも「忘れない事」と小さな支援でも良いから継続して欲しいです。
そして「政治家」や「役人」の仕事や発言をしっかりチェックして皆で声を上げる事が大事だと思っております。 以下、大震災について過去の記事です。
興味がある方は読んで頂ければ幸いです。 2016/3/11・・あれから丸5年
2015/3/11・・あれから4年?もう4年?まだ4年
2014/3/11・・あれから3年
2013/3/11・・あの日を忘れてはいけない【3.11】
2012/3/11・・東日本大震災から1年
2012/1/13・・東日本大震災&原発問題(人災)から早10ヶ月
2011/6/22・・東日本大震災の爪痕(気仙沼)
2011/5/22・・気仙沼はやっぱり凄かった
2011/3/12・・東北地方太平洋沖地震
上記は下記フォルダー(リンク)からも辿れるのと
上記以外の関連記事もアップしています。
★大震災&原発事故 最後に、原発事故の「虐めは」絶対あってはなりません。
子供は何も悪くありあせん。
震災で故郷に帰りたくても帰れない人が一日でも早く帰れますように♪
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★東日本大震災&原発事故
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詳細
コメント(10)
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本日も来てしまいました「東日本大震災」から5年が経過!
改めて犠牲になられた方、未だ行方不明のご遺族の方へお悔み申し上げます。 そして原発事故で未だ非難を余儀なくされている方や、やむを得ず転居した方や 転職された方の心痛も大変だった事と思います。 以前も書いておりますが、実家も大なり小なり原発事故の被害を被っており若者は皆地元を離れ、ますます過疎化が進んでおります。
又、昨年も書きましたが観光で訪れてくれたり偏見を持たないで、安全とされている農産物を出来るだけ沢山の方が優先的に購入してくれる事が復興の一部にも役に立ちます。
人それぞれ価値観が違うので個人への強制は出来ませんが、応援(優先的使用) している企業等を国が公表し支援して行くのも手だと思います。 国の行政機関を全てとは言いませんが一部でも現地近くに移転し、現実を直視して欲しいですね。
原発事故以外の所では復興は進みつつありますが、まだまだ道のりは長いと思います。
実は東北地方だけが大きな被害では無く、関東の太平洋側や臨海付近でも結構な被害が出ていた事も見逃してはなりません。
5年が経過し、都会はもう何事も無かったように以前の明るさを取り戻しております。 それはそれで良い事なのですが、その経済効果をもっと復興に役立てて欲しいです。 3/11近辺だけ取り上げるのではなく、今後も毎月とは言いませんが四季折々で復興の進行具合や原発事故のその後を、的確に報道して行って欲しいと願っております。
下の写真は2011/4/29、気仙沼に向かう途中の「仙台東部道路」を北上中でこの道路の右側と左側とでは風景が違っていました(津波被害の防波堤の役目をしていたのです)。
気仙沼の友人宅は幸い高台にあったので津波の被害は大丈夫でしたが、職場においていた自家用車は水没し廃車となりました。
皆さん、震災は忘れた頃にやってきます!
日々家族と緊急時の連絡方法や食料品などの備蓄を考えておきましょう
↑はい自分への戒めでもあります(^_^;)
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<昨年の記事>
あれから4年?もう4年?まだ4年・・・2015/3/11
<震災直後気仙沼へ行った時の記事>
気仙沼はやっぱり凄かった・・・2011/5/3
http://blogs.yahoo.co.jp/naoya_99999/64444743.html |
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本日は東日本大震災から4年が経過致しました。
改めて震災やその関連で亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。
幸いに自分の身内や近い知り合いで亡くなった方はおりませんでしたが、
友人の知り合いには命を落としている方が居ます。
震災から4年を経過致しましたが、ここ都会(東京近辺含む)はもう
何事も無かったように日常の暮らしが過ぎて行くようになりました。
しかし被災地(特に福島県)では復興が思ったように進んでいないのも事実です。
毎年震災が発生した3月11日前後だけ注目するのではなく、もっと日頃から
目を向けて支援や何が出来るのかを考えて頂ければ嬉しく思います。
又、観光や家族旅行等で訪れる事も復興の支援に繋がりますので、
どうか暖かくなったら候補の一つに加えて下さい。
我が実家も震災で隙間だらけになり、今後誰も住む予定が無いのであまり修繕には
お金を掛けておりませんが、年老いた母親が一人暮らしをしております。
母は要介護にもなっているのと、今さら地元を離れる気も無いようです。
写真は友人が震災直後(2011/3/13 10:06気仙沼市街の国道から山側を撮ったものと思われます)未公開
最近自分の病気が分かり、手術すればまだもう少し生きられると神様は言って
いると思うので、この生かされた命をもっと世の中の役に立てるよう生きたいと
改めて思いました。
もっともっと生きたかっただろう君達(若い命)、 もう少し生きたかったであろう先輩方達、
残った我々は後世に伝える共に、二度と同じような悲劇を
繰り返さないようにしていきます。
そして安らかにお眠り下さい。
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本日で、東日本大震災からもう3年が経過しようとしていますが、今でも当時の映像や写真を見る度に目頭が熱くなります。
改めて亡くなられた方達のご冥福をお祈り致します。
又今でも仮設住宅で暮らしている人達の1日も早い定住先への移住と、平穏な暮らしに戻れるよう願ってやみません。
そして福島の綺麗な空気(放射能で汚染されていない)と土壌が戻る事を切に願っています。
以前にも書きましたがそこには実家があり、放射能の数値は今自分が住んでいる所(関東海無し県)とは桁が違っている事も事実です。
永遠に忘れずに後世に記録を残し、少しでも住みやすい日本にしていく事が
先人の務めと心得、これからも少しでも出来る事をしていきたいと思います。
※動画は友人の奥さんが気仙沼で撮影したもので、以前にもアップしていますが再度掲載致しました。その友人宅は高台にあった為津波からの被害は免れたものの、ご主人の車は水没し廃車となりました。
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最近、朝のラジオ番組で東日本大震災と津波で崩壊した「原発」について
語っていた内容がとても気になって図書館から「本」を借りて読んでみた。 このコメンティターは俳優でもありTVドラマでも超有名人であるが、彼は凄い
勉強家でもあり読書家でもある(先生役で超有名)。 このコメンティターは俳優でもありTVドラマでも
超有名人であるが、彼は凄い勉強家でもあり
読書家でもある(先生役で超有名)。
そして彼はこの本を元に話していました。 その本のタイトルは
『死の淵を見た男 吉田昌郎と
福島第一原発の五〇〇日』 と言う本です。
( 4/24追記:現在図書館で予約順番待ち中です)
「東京電力福島第一原子力発電所」を
指しており今でも収束どころか、汚染水等
相変わらず問題が山積している状態です。
←写真はネットから拝借
原発事故関連の書籍は沢山でていて、直也が読んだ本は
「福島原発の真実/最高幹部の独白」と言う本で、朝日出版から
発行されており以前に、「週刊朝日」にも少し連載されていた事があります。
↓
爆発やその後の政府や、東電、
原子力安全委員会の報道が
二転三転し、真実とはいったい
何処にあるのかと何時も思って
いました。
特に当時の「枝野官房官」 の 『ただちに人体、健康に害が無
い』と言う言葉は非常に腹正しか
った。
この本を読み進めて行くと、当時
の事がいかに正確に伝わらなか
ったか嫌、伝えなかったかが分か
る本です。
そして「政府」や「経産省」「東電」
の体質が見えてきます。最後の
方は読んでいて呆れ返ります。
東電等の親方日の丸体質が!
その一方で事故後「フクイチ」に残って体を張って頑張った東電職員や多数の
協力会社の方達が居た事も事実です。
しかも、高線量の放射能からの危険も顧みず、防護服、防護マスク他暑い中で の重装備での作業には頭が下がります。
是非この「本」を沢山の人に読んで真実とは何だったかを知って頂きたい。 そしてこれから「原子力」や「電力」はどうあるべきか、又真の「報道」のあり方 についての参考になればと思います。
<事実>
3月12日1号機爆発、同14日3号機、同15日4号機爆発、
そして放射能は広範囲に拡散された!
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