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“どうしても行きたいところがある・・・”
金曜日ではあるが、午前11時前とは珍しい。
自由奔放な彼女も、意外に気遣いで礼儀正しい娘。
特に、一回り離れた私の仕事時間に対して、彼女は自分を持ち込まない。
“何?、どうした?”
少し素っ気無い私に気遣い、彼女は少しオドオドする・・・
“どうした?”
少し優しいトーンで繰り返してみた。
“今日までの絵画展があるんだけど・・・”
書類を捲りながら聴いていたのだが、内容の意外さにそちらに集中した。
基本、自由奔放だし、食べる事やスポーツ観戦が大好きな彼女。
今まで絵の話などした記憶が無かった。
そんな彼女が気遣いながら電話をして誘ってきた。
“OK”と返事をして電話は終わった。
昼食が終わり、午後の仕事を始めてもその事が気になっていた・・・
今日までの絵画展で、19時30分閉館との事。
電車で2駅のところなので、定時終了が基本の金曜日に期待もしたのだろう。
私も絵の話などした事はない。
だから、余計に気になっている。
なぜ“絵画展”に誘ってきたのか。
彼女と知り合ったのは半年前。
彼女が勤める会社は私の取引先で、彼女は案内嬢的な仕事をしていた。
既にその会社との取引は無いが、帰宅途中の百貨店で彼女に声をかけられた。
それが始まりだった・・・
仕事の時に見ていた表情と一転、無邪気で人間的で。
好きになるのに理由も時間もいらなかった。
彼女は“終わったばかり”と言っていた。
私は“終わっている”と言い聞かせていた・・・
定時の平日や週末に彼女の部屋に訪れるのが二人のスタイル。
片付けも料理も苦手な彼女が可愛くて仕方ない。
私は自分の子供ですら“食べてしまいたい”と思った事はないが、
彼女を見ていると、それを思うほどになる・・・
抱きしめる側が苦しくなるなど、想像もしていなかった。
食事中やテレビに夢中の彼女を見ていると、彼女は必ず私の視線に気付く。
でも、視線を合わせる事は無い。
“見ないで!”と怒った顔・怒った口調をしながら、顔を赤らめる。
そのまま見ていると、
“はぁ・・・”とため息をつき、そして髪を乱しながら“あぁ〜”と狂ってみせる。
だから抱きしめる。彼女が溶けるほどに抱きしめる。
一回りも年上の私は、彼女に溺愛なのだが、彼女は、彼女の全てで私に答えてくれる。
怖い程に全てを委ねて答えてくれる。
人気の多い駅などでは普通に待ち合わせる事が出来ない。
私の仕事・生活圏内であり、外を回る事も多い仕事柄。
彼女もまた、比較的多くの人に顔を知られているはず。
改札前に立つ彼女と目を合わせ、目的の絵画展が開かれているイベントスペースへ。
彼女は中に3人ほど入る間隔で私の後を歩いてくる。
これも、街中を歩く時にはよくある場面。
ビル1Fのエレベーター横の受付を確認、彼女と目を合わせ、それぞれに入る。
さて、彼女は何を見たいのだろう・・・
今度は私が彼女の後を追う形になる。
彼女は笑顔で、でも、特に興味が無いように次々と進んで行く。
私でも立ち止まりそうな作品も目を合わせるだけ。
比較的大きなホールで、作品点数も多いであろう絵画展だが、
淡々と進む彼女を追って、もう残った作品も少なくなったであろう感覚に、
少し躊躇していた。
彼女はこのまま出口を出るのか・・・
ここに入ってから、人の気配が無いコーナーでも声すら出さない。
大きめのコンコースから少し曲がったところで、突然彼女の距離が変わった。
作品との距離が変わった。
今まで、遊ぶようにじゃれる様に近くで見ていた彼女が、
姿勢をただし、真正面に立った瞬間だった・・・
“この絵、見た事ある・・・”
自身の記憶を再検索して出て来た。
彼女の部屋のソファー横に直置きのコルクボード。
そこに貼られたハガキサイズの絵。それだった。
絵のタイトルは“太陽のフォトグラフ”
写真のようなリアルなタッチでなく、油彩でありながら優しいタッチのもの。
どこにも太陽は描かれてなく、“古い外国の食卓”といった感じの・・・
強いて言えば、テーブルやイスの影が横に伸びたところなのだろうか。
そして、その横にある絵も、とても長い時間見ている・・・
“水曜のフォトグラフ”
これも古い外国の農作業風景“といった感じで、水曜は作者の内にあるとしか・・・
何も発せず、表情もなく、声を掛けるのにもためらう時間が少しあって、
やっとこっちを見て、“ありがとう”と微笑んだ。
そして彼女は出口に向かったが、私の足が止まってしまった。
この二つの絵の前で。
“彼女が何気なく貼った絵”としか思っていなかった絵の前に立ち、
彼女の絵の興味など少しも考えていなかった自分が・・・
その後も何気なく過ごす彼女。
何も絵の事を話さず。ゆえに私も聞けず。
それでも、後になり、そこに誘ってくれた事に感謝し、
その二つの絵が私の記憶に“忘れられないもの”になる事も確信し、
今、目の前のハガキサイズの絵を見ている。
太陽の沈んだ金曜日の夜に、今、大切なものがここにある。
彼女が見ている景色と同じものを見ることは出来ないが、
二つの絵を見ている彼女が写り込んだ絵は最高の絵だったと思う。
やがて一人でこの絵に向かう時が来ても、
この絵の手前には彼女が写っているはず。
私だけの“太陽のフォトグラフ”であり、“水曜のフォトグラフ”
(フィクション)
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