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今回登場する歌姫は、1995〜1999、「華原朋美」です。 前回の安室がこの時代のマジョリティな歌姫だったのに対し、華原はマイノリティなほうです。 時代のなかでの華原の役割は、安室が拾いきれなかった支持層を獲得することになりますね。 華原といえば、安室奈美恵と同じく小室プロデュースでヒットを飛ばしたことで有名です。 また、1999年に小室との破局が発覚するまで、小室の恋人としての側面もありました。 こうした華原朋美のキャラクター的特徴を挙げてみます。 ・時代の申し子、音楽プロデューサー小室哲哉の恋人である。 ・オトコ(小室)に依存し、甘え、のろけている。 ・天然ボケである、つまり自然体である。 ・グラビアアイドル「遠峯ありさ」が歌姫へ。シンデレラストーリー。 華原朋美は95年9月にデビューしますが、その時には小室の恋人であることが全面的に押し出されました。 「華原朋美は、デビュー前にフライデーされたことで、世間的に「小室哲哉の恋人」と認知されました。アーティストとしては険しいスタートです。あのとき、プロデューサーとして、ノーコメントを通すこともできましたが、積極的にカメラの前に出ることで、芸能界との関係をつくる方を選びました。直感でした。(改行)ただ、そうした選択したからには、ふたりの話題をなるべくオープンに提供するようにしました。」(小室・中谷 1998,p142) この戦略により、プロモーションビデオ、CDアルバムのパッケージやブックレットなどには積極的に小室とのツーショットが登場するようになります。こうなるともはやソロというよりユニットですね。華原は独立した一人の女性アーティストとしてではなく、小室哲哉の恋人として歌を歌っているという認知がなされるようになったのです。 華原は小室の手によって楽曲を提供され、その小室の富によって考えられないほどセレブな(当時は何て言ったのだろう??)生活を手にし、小室といちゃいちゃしてのろける。まさに小室依存の姿です。こうした華原の姿は、同年代の女性にはどのように映ったのでしょうか。 「(筆者注、発言者:堀井憲一郎)『朋ちゃん』の特徴といえば、“天然ボケ”といった感じのキャラクターと、音楽プロデューサーの小室哲哉の恋人で、そのおかげで売り出したというゴシップ。それが最初は女性たちに嫌われる要素となってきた。ところが、その流れを変えたのはダウンタウンの音楽番組『HEY! HEY! HEY!』です。ダウンタウンがトーク中でミュージシャンのキャラクターを引き出していくのですが、そこで朋ちゃんの無邪気なボケぶりが大ウケしてから、むしろ最初のマイナスの要素がプラスになって、どんどん好かれるようになった。昨年の(筆者注・96年のこと)自然体といわれていた江角マキコなどは強い女のイメージを残してるのに比べ、小室哲哉という好きな人と一緒にいてなおかつ売れている。ある女の子が、小室と一緒にいる朋ちゃんはとてもうれしそう、それを表に出しているのが新鮮だ、と言っていた。」(宮台・松沢 1999, pp.114-115) 「(筆者注、発言者:宮台真司)自分にとって一番大きな存在である大好きな男に注意の大半を奪われて、ほかのことは気にならなくなって、気がついてみると上昇しているような生き方が、バブル崩壊後の世の中では楽であると。それも一種の現実的なボケ方だという気がするんですよ。」(同p.117) 「(同・宮台)天然ボケで男に依存して甘えて、それで社会的に上昇したいというのは今の多くの若い子たちにとっては本音だから。」(同 p.119) この頃は、バブル崩壊後の先が見えない時代でした。就職難やリストラ、銀行の破綻など経済への不安、阪神淡路大震災やオウム真理教といった大災害や事件は、世の中を暗くするには十分過ぎました。こうした空気は、若い世代も感じていたことでしょう。 そのような世の中ですから、今までの常識など通用しません。従って、努力は意味を成さないと考える人も出始めるでしょう。そうすると、半ば玉の輿に乗っかるような華原の立場も、あながち悪くないような気がします。 前回の安室との比較をしてみます。 ・下積みからの努力による成功の安室に対し、オトコに見初(みそ)められたシンデレラ・華原。 ・独立した意志を持つイメージの安室に対して、完全に小室に依存している華原(天然ボケキャラ)。 ・健康的日焼けとミニスカブーツの安室に対し、ブランド物スーツのセレブ・華原。 こうしてみると、同じ時期に同じ小室プロデュースで登場したアーティストですが、全く正反対の性格を帯びていることがわかります。安室のように独立したい、でも「本音」は不安だから依存したい。こういったジレンマがこの時代には見られたわけです。 この記事のはじめに、「華原の役割は、安室が拾いきれなかった支持層を獲得すること」と書きましたが、案外同じ層が含まれてるのかもしれません。アムラーファッションも、華原のキティちゃんかわいいも、両方ともコギャルですからね。 安室については、「自立」の象徴のように書いてきてますけど、あくまで小室プロデュース。本質的にはまだ「依存」の面が表に出てます。 実は、今回の作業仮説として、「女性は、男性から自立するイメージの歌姫を好むようになってきている」というものを念頭に置いています。それを考えると、安室についてはその過渡期的なものであり、華原はそれに対するアンチテーゼなのかな、と思えます。 気を張らず、自然体で依存する女性像…。 華原は当時のホンネを支えてくれる歌姫として支持されていたといえそうです。 参考文献 小室哲哉・中谷彰宏(1998)『プロデューサーは次を作る ビジネス成功 22の方程式』 宮台真司・松沢呉一(1999)『ポップ・カルチャー』 ・次回は「YUKI(JUDY AND MARY)」です。 ※ここは卒論への近道のための書庫ですので、分析に対しての意見や追加がありましたら、ご遠慮なくどんどんお願いします!とくに、仮説→例証の作業にはいろいろな現象の確認が必要になりますので、いろんなアプローチの仕方を知りたいです。この書庫の感想や、扱っている事象について、当時のことで少しでも知っていることがありましたらどうぞコメントお願いします。
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