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1995年8月9日、のちに日本の音楽史に数々の記録を残したモンスターユニットが、華々しいデビューを飾った。その名は『globe』。 95年当時、trfプロジェクトは大成功、篠原涼子やH jungleはダブルミリオンを果たし、J-POPシーンの頂点に立っていた音楽プロデューサー小室哲哉。TMNの終了から一年を経て、いよいよ自身のユニットを立ち上げた。 ヴォーカルのKEIKO、ラップのMARCを率いて100%小室印の音楽をリリースするために作られたそのユニットは最初、『orange(オレンジ)』という名前であった。また、小室自身は参加せず、KEIKOとMARCの二人組みであった。 その後、デビューを控えて小室が加わり、ユニット名も『globe』となった。命名のポイントは、誰が発音しても英語が伝わる名前、ということだった。 globeのデビュー曲は『Feel Like dance』。ダンサブルなサウンドに小室のハモリとソロ、転調とサビのキーチェンジ、ピアノで締めくくられるこの曲は、「小室哲哉」を凝縮したものといってよいだろう。 そしてここから、globeの伝説が始まったといってよい。 1996年元日、globeは4thシングル『DEPARTURES』をリリース。240万枚の大ヒットとなる。JR ski skiのイメージソングとなったこの曲は、冬の定番となる。翌年リリースの『Can't stop fallin'in love』とともに、globe=冬というイメージをつくりだしていった。 同年3月、1stアルバム『globe』がリリースされ、450万枚を超える大ヒットを記録。日本音楽史上初めてとなるアルバムセールス400万枚突破は、globeを音楽シーンの頂点に押し上げた。 1997年には、前人未踏の4大ドームツアーを大成功させる。また、2ndアルバム『FACES PLACES』も350万枚の大ヒットとなる。当時は安室奈美恵、華原朋美の人気が頂点に達し、プロデューサーとしての小室哲哉が一番存在感を誇っていた時期でもあった。 1998年には、アルバム『Love again』、『Relation』をリリースし、デビューから最短でアルバム1000万枚を超えるという記録を打ち立てる。 また、9月から10月には、GLAYやラルクに対抗してか、シングルの4枚連続リリースを行う。3枚目の『sweet heart』までは初登場1位を取るも、4枚目の『Perfume of love』で、同日リリースのラルクに1位を取られ2位となったのは、時代が小室ファミリーからビジュアルバンド系へと変化していった象徴だろう。 初期globeの活動は、1999年のベストアルバム『CRUISE RECORD 1995-2000』をもって一区切りとなった。B'zの500万枚、宇多田の700万枚という数字は、小室哲哉も意識せざるを得なかったようだが、「2枚組ベスト+ニューアルバム」というコンセプトが、売上には裏目に出てしまったように思える。 この頃になると、中古ショップにはglobeのアルバムが溢れ返るようになる。初期の作品は現在でも非常に安価なので、ぜひ購入されたい。 2000年に入ると、globeは新たな展開を見せる…わけではなく、そこそこの活動をみせる。3人がそれぞれのソロシングルを発売するということも試行された。feauturingなるコトバが流行ったのに乗った形だったが、最盛期のglobeとは違い、先の連続リリースにしても流行の「後追い」が目立つよになった。この頃はglobe「冬の時代」と言っていいかもしれない。 globeは、99年あたりからヒット路線をやめ、小室の音フェチ志向の音楽へと変化していく。99年のR&B、2000年リリースの『DON'T LOOK BACK』にみられるプログレ、そして2001年からは本格的なトランス路線へと変化していった。 2001年3月のアルバム『outernet』は、小室のトランス傾倒が明らかに見られる。そして、同8月のシングル『try this shoot』、11月の『Stop! In the Name of Love』、12月の『genesis of next』とトランス作品が続き、ファンにもトランスが徐々に浸透していった。前年の沈黙を経て、globeは「音へのこだわり」という新たな段階へ入ったといえる。 2002年、アルバム『Lights』『Lights2』が連続リリースされる。テレビでの露出も増え、前作『outernet』の時期に比べて売上も伸び、活動は順調になったといえる。 同年の後半は、globeにとっての大変化が起こった。9月1には、元X-JAPANのYOSHIKIが電撃加入。ネットでの「KONISHIKI、googleに加入」の誤解とともに、globeにとって久々の大きな話題となる。そして10月6日、小室哲哉とKEIKOの結婚が報道され、11月22日に披露宴を挙げる。この模様はTBSによってお茶の間へ届けられ、何故かglobeの評判を下げてしまった。 これらの露出とともに、「学校へ行こう」の「軟式globe」によって、globeの存在が再認識されたことで、当時発売されたベストは久々のヒットとなった。なお、11月リリースのシングル『seize the light』以降、YOSHIKIの参加はなく、先日までは自然脱退説も流れていた。 2003年はアルバム『LEVEL4』をリリースするも、目立った活動は無かった。本来ならば、4月に東京ドーム公演があるはずだったが、日本にはあまり関係のないはずの「SARS」の影響を考慮して中止となった。 2004年後半、globeは翌2005年の10周年へ向けて活動を再開する。decadeツアーを行い、GVDは意外なヒットを飛ばした。年末にクリスマスライブを行ったのは記憶に新しい。 そして2005年、globeはいよいよデビュー10周年を迎えた。久々のシングル『Here I am』は、トランス期を経て、素直なポップスに戻った。8月10日には、アルバム『globe2 pop/rock』がリリースとなった。 今年は、小室哲哉がうわごとのように言っていた音楽配信が、いよいよ本格的に現実のものとなった。小室はHDサウンド配信にも携わっており、ここにきて、時代の最先端を再び走り始めた。 今回のアルバム『globe2』の2という数字は、20年へ向けての意味も含んでいるという。果たして、これからの10年、globeは我々をどのように驚かせてくれるのだろうか。この10年よりさらに濃い内容の活動に期待したい。
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