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「・・・・・。」
とくん・・・とくん・・・
激しくわたしの鼓動が鳴り始めた。
階段の上、ライトに照らされて成瀬さんが立っている。
どうしよう・・どうしよう・・。
そんな言葉ばかりが わたしの頭の中を回って
ただいまの次の言葉が出てこなかった。
バックを握り締める手にじんわりと汗をかく。
- 成瀬のやつ 海外に・・ -
マスターの言葉が成瀬さんの顔と重なって
ぐるぐる回ってしまう。
わたしは思わずはっとして、不自然に目をそらしてしまった。
「・・・・?亜紀?」
そんなわたしの様子に、
タン・タン・・・
とゆっくり、成瀬さんが階段を降りながら
「・・・ずいぶん遅いから、どうしたのかと思って
店に電話かけたらもう留守電になっててさ
明日の用意でもしてるのかって思ったんだけど・・・」
そう言いながらわたしの前に立つと
うつむき加減のわたしを覗き込んだ。
「・・・どした?」
「・・・・・ぇ?!」
わたしは少し動揺しながら
すぐそばの成瀬さんを見上げた。
「・・・なんか、お前 おかしくない?」
「・・・・。」
今、聞いちゃえばいいのかな。
今、・・聞いちゃえばすっきりするのかな
でも、何て言えばいい? 何て・・・
わかんないよ。
「・・・・?」
成瀬さんをじっと見つめて、わたしは
ぎゅっとバックを握り締めると
ちいさく唇を動かそうとした
”海外に行っちゃうって本当?”
とくん・・・とくん・・とまた鼓動が早くなる
「・・・なんだよ。さっきからぼーっとして・・
何か・・あったのか?」
ほら、今聞かなきゃ。
勇気を出して聞かなきゃ・・・・
このチャンス逃したら聞けないかもしれない。
勇気を出して聞かなきゃ。
聞かなきゃ・・
でも、そんなわたしの決心は
わたしの中でまるで風船がしぼんでいくように
小さくなっていった
・・・・だめだ。聞けないよ・・
「・・・・ううん。何でも・・ないよ。
ちょっと忙しかったから、疲れちゃって。ごめんね。」
いくじなしのわたしから出てきた言葉はまったく違うものだった。
言いたい事はそんなことじゃないのに・・。
わたしの馬鹿。
「・・・。」
成瀬さんはうつむくわたしを見つめると、少しして
ふっと笑って
「・・そっか。今日も暑かったもんな。お疲れ。」
と言って、それ以上聞かずに
わたしの頭に手を置いて、くしゃくしゃと頭をなでた。
「部屋、涼しくしておいたから、はやく帰ろう。」
「・・・うん。」
そう小さくうなづくわたしに成瀬さんはもう一度
ぽん。とわたしの頭に手をのせると
「おつかれ。」
と笑って、先に階段をのぼりだした。
タン・タン・・と足音がマンションに響く
「・・・・。」
くしゃくしゃになった髪の毛にそっと手を伸ばす
いつもなら嬉しくてにやけちゃうはずなのに
いつもなら・・成瀬さん追い越していっちゃうのに
・・・なんで今日はこんなに苦しいんだろう
少し、泣きそうになって、わたしはぐっと
それをこらえると、ようやく階段を
重い足取りで、のぼり始めた。
AM 1:00 亜紀のマンション
シャァァァ・・・・・
シャワーのお湯が 渦を巻きながら 排水溝に吸い込まれていく
頭から思いっきりシャワーを浴びながら
わたしはそれをじっと見つめていた
「・・・・・。」
体は・・汗を流してすっきりしても
心は・・・すっきりしないまま。
なんでこうなっちゃうんだろう
こんな気持ちで、
明日どうやって海になんか行けばいいのだろう
楽しく過ごせる自信・・ないよ
「・・・はぁ。」
大きなため息が何度もこぼれる。
部屋に入っても、成瀬さんの顔が見れなくて
なんか話したら泣きそうになる自分がいて
「汗かいたから・・お風呂入ってくるね。」
って、そのままそそくさと
お風呂にかけこんだのはいいけれど
いつまでもここにいるわけにはいかないし・・・
感のいい成瀬さんのことだから
わたしがいつまでもこんなんでいると
疲れただけじゃないってわかっちゃう。
・・・いや、もうわかっちゃってるかも・・
「・・・・出よう。」
わたしは濡れた髪の毛をかきあげると
もう一度はぁ、とため息をついて
きゅっ。
と観念したようにシャワーを止めた
カチャ・・・
タオルを頭にかけながら
重い足取りで部屋に戻ると
成瀬さんはソファーにもたれながら雑誌を読んでいた
まだ、眠ってなかったんだ・・。
眠ってて欲しかったような・・そうでないような・・。
わたしは複雑な気持ちでタオルで顔をかくすように
成瀬さんを見つめていた。
「・・・・。」
ドアが開く音に気がつくと
「?」
とこちらを向いて
「ずいぶん今日は長湯なんだな。」
と言って笑った。
「・・・うん。」
「なんか飲むか?」
ぱたん、と雑誌を閉じると
成瀬さんが立ち上がろうとしたので
わたしはあわてて
「あ。い、いいよ。自分でやるから。」
「・・・?そう?」
「うん・・。」
とわたしは頷くとキッチンへ向かった
だめだ・・どうしてもぎこちなくなっちゃう。
ガチャッと冷蔵庫を開けながらわたしは大きなため息をつくと
冷えたミネラルウォーターを1本取り出した。
手のひらに冷たい感触が広がっていく。
「・・・。」
ゆらゆらとボトルの中で揺れる水をじっとみつめて
わたしは少しの間立ち尽くしていた。
「・・・・亜紀?」
「?!」
ふいにした声にわたしが振り返ると
すぐそばに 成瀬さんが立っていた。
「・・・どうした?」
すこし心配そうにそう言う成瀬さんに
わたしは
「・・・ぇ?」
と言ったまま言葉が出てこなかった
「明日の事、どうなった?ってさっきから聞いてたんだけど
お前ちっとも返事しないから」
「あぁ・・・ごめん・・。」
そう言ってわたしは目をそらしてしまった
だめだめ・・こんな事してたら余計に・・
「・・なんか、帰ってきてから、様子がおかしくないか?」
そんなわたしの気持ちを見透かすように
成瀬さんが言った。
とくん・・・と鼓動が早くなる。
「・・・そ、そんなこ・。」
「目。」
「・・・ぇ?」
「お前が嘘つくとき、絶対俺から目をそらす。」
「・・・。」
つーっと握り締めたボトルから水滴がわたしの手に伝った
「・・。」
「・・・なんかあったんだろ?」
うつむくわたしのタオルをかけた頭にそっと
成瀬さんが手を置いた。
「どした?」
「・・・・。」
そう言って、軽くわたしの頭をぽんとたたく
「・・・・。」
そうじゃない。そうじゃないよ?
何もなかったんだけど・・・
いや、何もなかったわけじゃないけど・・
あぁもう頭の中ぐちゃぐちゃ。
どうすればいいんだろう。
どうすれば・・・
「・・・亜紀?」
ぽたっ。
ペットボトルを握り締めた手に涙が落ちた。
ぽたっ・・・ぽたっ・・。
気持ちとは関係なく涙がこぼれて落ちる。
それがまるで引き金になったように
わたしの気持ちがあふれ出した。
「・・・・なんだよ。どうし・・。」
そんなわたしの様子にあわてて成瀬さんが
わたしを覗き込んだ。
「・・・海外で・・。」
「・・・ぇ?」
「海外で、仕事したいって本当?」
「・・・・。」
わたしを覗き込んでいた成瀬さんの表情が
一瞬、揺らいだ。
「・・・・ぇ?」
そんな成瀬さんの言葉をさえぎってわたしは続けた
「なんで・・・言ってくれなかったの?」
「・・・・。」
「なんでそんな大事な事ずっと黙ってたの?」
「・・・お前・・。」
成瀬さんはそっとわたしの頭から手を離すと
なきじゃくるわたしを見つめて少しして、
「・・・マスターに・・聞いた?もしかして。」
と少し笑った。
コクン・・とわたしが頷くと、そっか。・・と
小さく言って成瀬さんはふぅ、と軽く息をついた。
「・・・そっか・・聞いたのか。」
「・・・うん。」
そう頷くわたしを少しの間見つめていた成瀬さんは
「あっちでさ、座って話、しようか。」
と言うと、いつもの顔に戻って、うつむくわたしを覗き込んだ
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