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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
Photos & Texts (C)Narutaka Sakano 転載厳禁 *著者への連絡は上の「メッセージ」にお願いします

書庫バリ島

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バリ島のケチャダンスをご存知だろうか?
1930年代、バリ島に住んだドイツ人芸術家、ヴァルター・シュピースが、自宅のあった島の中央部、ウブドゥから近い、ブドゥルというところで、地元のダンサーたちと共同でつくりあげたのが、いまバリ島で見られる観光用のケチャダンスだ。
(詳しくは、僕の本「バリ、夢の景色 ヴァルター・シュピース伝」を見てね)

ということで、ブドゥルはケチャの発祥地でもある。
シュピースが村人たちとコラボしてつくったのは、このサムアンティガという寺院の庭だった。
サムアンティガ寺院は、まさにケチャダンスの発祥現場である。
2005年2月、雨季のバリ島。セブンシーズという雑誌を連れて僕はこの現場に行き、交渉の末、とんでもない企画を動かしてしまった。

奇妙なことだが、そもそも、ケチャ発祥の地であるはずのブドゥルでは、ケチャのグループもなければ、その歴史的な寺院でケチャがおこなわれることもなかった。
しかし、ちょうどこの取材の一年前、村で、七〇年ぶりにケチャグループを復活させた、という驚くような知らせを聞いたのである。
ウブドゥで僕がよく泊まるバンガロー(テガルサリ)で、以前そこで働いていた男の子との再会が、きっかけだった。
彼の兄が、そのグループの世話役をしているという。その兄さんは、以前、自著のためにブドゥルを取材していたとき、一度お世話になったことのある人でもあった。

ということで訪ねてみると、長老たちの参加により、かつてのオリジナルのケチャが再生されていた。
シュピースとケチャをつくったリンバックという老人はすでに他界してしまったが(僕も何度も彼に取材)、そのリンバックさんの「おらが村にも、ケチャを」という遺言も働いていたらしい。

ブドゥルの「オリジナルケチャ」は、衣装も合唱も当時のものに近く、シンプルだという。しかしなかなか公演には至っていないということった。ならば、日本のこの雑誌で宣伝して、定期公演に結びつけたら、という僕の提案に、リーダーが頷いた。

こうして、100人を越える村人が、雑誌の撮影のためだけに集まってくれた。
一度アルマで公演しただけの、オリジナルケチャを、カメラマンと僕、そして雑誌編集長の3人の前で、やってくれることになったのだ!

その夜のことは、一生忘れない。歴史的かつ神秘的な雰囲気のなか、数名の観衆のために、大人数のケチャが演じられた情景。空気は沸騰し、寺院の庭のあちこちから、霊的な存在の視線さえ感じた。

撮影のためなので、導入部以降は、こちらの指図でポーズをとめたり、再開したり、と、カメラマン氏と僕がオーケストラの指揮者のようになり、ディレクションを送る。そのたびに、半裸のメンバーたちが全員僕やカメラマンを見て、いまやったパフォーマンスの出来がどうか、とこちらの顔色をうかがい、指示を求める。まるで、シュピースがケチャをつくったときの時代とシチュエーションを追体験しているかのような、感動的な状況だった。
それはもう撮影とか取材とかではなく、ひとつの神秘的な体験となったのである。

坂野 徳隆
坂野 徳隆
男性 / 非公開
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