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三日前までインディカー第二戦の舞台・フロリダ州セントピートにいたが、あの週末、地球の裏側のメルボルンではF1の同じく第二戦が行われていた。そこでは小林可夢偉がマシンに苦しんでいたが、これまで出てきた日本人F1ドライバーで、彼ほどポテンシャルのある者はいない。
2004年マカオGPフォーミュラ・ルノーに彼が参戦したときの写真がある。パドックで見かけた彼は、イタリアのフォーミュラ・ルノーで戦い、頭角を現していたころだ。しかしまさか翌年イタリア、ユーロ両シリーズでタイトルをとり、ご存知のとおりF1直下のGP2で日本人初タイトル獲得、さらにF1でバトンをおさえる激走(去年)をするようになるとは、思ってもみなかった。
パドックで気軽に会話をした可夢偉はまだあどけない少年だった。今より顔もほっそりしていて、鮨屋からそのまま出てきたセガレのような感じだった。
マカオの本戦では18位に終わったが、その年はイタリアで優勝2回の成績をあげていた可夢偉。二年後のマカオGP・F3ではPPをとったのだから、すごい。それに、GP2へとひとつずつ着実にステップアップしたからこそ、F1でも実力を発揮できたに違いない。F3からひとっとびでF1へ行き、パッとしないままシートを失い、インディカーに移籍した佐藤琢磨とは違う。
しかも、可夢偉は最近こうも言っている。「レースは頭が良ければ、運転技術が低くても勝つことができる」
今年の開幕戦、第二戦で、がむしゃらにアタックしてインディのレースをリタイアした琢磨は、もしやインディカーのレースがどんなものか、事前に研究していなかったのではないか、とさえ感じてしまう。タイヤの使い方、マシンの重さと挙動、レースのイエローコーション、そういった全体像は経験ではなく、事前にわかっていることだと思うのだが。
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