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原発事故で注目されるエコな水力発電。水の国日本では、早くからその有用性に気づき、開発が進められたが、復興院で注目されている後藤新平こそが「日本の水力発電の父」だったことは知られていない。
国の力の源泉は動力源である、として、日本で初めて全国の河川水包力の調査をさせたのが後藤さんだが、その直前に彼は台湾で民政長官をしていたときに、台湾で最初の水力発電・亀山発電所をつくっていた。
後藤さんは10年ほど台湾にいて満州へ異動するが、帰国してからやったのが全国の水力調査だった。
後藤さんは東京市長になっても電力の拡充に尽力するが、もし児玉総督の跡を継いで台湾に残っていたら、東洋一の日月潭水力発電計画にかかわっていたかもしれない。
これは当時(1919年)世界で9位の巨大さ、東洋一のもので、日月潭を貯水池にし、二カ所の発電所で14万キロワットを発電する計画だった。
(『南進台湾』という国策映画より)
日月潭発電所は台湾の心臓となり、初めて台湾全土に一カ所から電気をおくることになる。
日本人はこの大プロジェクトを完成させるも、わずか10年しか使えず、敗戦、台湾は蒋介石の基地と化した。
拙著「台湾 日月潭に消えた故郷」でも書いたが、現地でその施設全体を実見してみると、水力発電とはいかにエコなものかと驚かされる。しかし、東洋一で14万キロでは、現在の技術からすれば冗談のように小さい。福島原発一機で100万キロである。
それでも、日月潭発電所は今でも、日本統治時代のそのままの設備で、稼働し、依然エコな動力源として働いているのである。日月潭直下に近い921大震災でも、まったく無傷だったことは、驚くべき日本人の技術の高さの証明ではないか。
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台湾関連で初めて訪れてみました。『台湾日月潭に消えた故郷〜流浪の民サオと日本』は是非読んで見たいと思います。
私は台北と台東を毎月往復してその方面のことをブログで書いてる在台35年の長老です。台東を最終の地と考えている一人の日本人です。
2011/5/21(土) 午後 0:33
台東もいいところですね。貴重なコメント並びに拙著へご注目頂きましてありがとうございました。ブログもまた拝見させて頂きます。
[ 坂野 徳隆 ]
2011/5/30(月) 午後 2:40