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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
Photos & Texts (C)Narutaka Sakano 転載厳禁 *著者への連絡は上の「メッセージ」にお願いします

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東京でいうなら箱根が大宮あたりに来たような位置関係にある、台北の北を護る美山・陽明山。
東京でいうなら青山か麻布のような高級住宅街・天母からクルマで15分も行けば、東京でいうなら「箱根」に着くのだから、陽明山は台北市民のお手軽自然満喫リゾートである。

日本統治時代に日本人が放置した実験用毒蛇が依然うじゃうじゃいることを除けば、温泉や景色に恵まれた、学区、別荘地、高級住宅地としてのすばらしい地域だ。
私がよく行く金山側の隠れ湯はかなり遠いが、天母から近いところにランディスリゾートという高級ホテルがある。そこの温泉は近年改装されて、露天のきれいなプール、雰囲気のいいレストランでの食事がセットになっていることを発見した。999元だから、今のレートでわずか2600円ほどで、一日中プールと温泉、常設のジムなどを使える。350元の様々な食事セットがこれにつくので、かなりお徳だ。

晴れた日、陽明山のシルエットを見ながらくつろげば、プールサイドで聞こえるのは鳥のさえずりだけ。平日も休日も人が少ない穴場である。

写真上からプール、風呂の外庭(風呂は外の眺めが見えるすばらしい温泉)、ついてくる食事の例

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アイルランド初の国際的ブルースロックギタリストで、世界歴代トップ10ギタリストに数えられる故ロリー・ギャラガー。恥ずかしながら、私は高校時代から彼の音楽に惚れ込み、自分のストラトをボロボロにしてコピーしたり、バイクヘルメットに彼の名やストラトをペイントしたりして、まさにロリー小僧の青春を送った珍人のひとりである。

そんな神様ロリーが1995年6月に47歳(今の私の年齢)で急逝してから、早15年。肝臓移植による感染症で死亡するまでの数年間、ロリーの人生に何が起きていたのかさまざまな説が乱れ飛んでいた。酒の飲みすぎで肝臓を壊したということだが、ロリーは酒やドラッグとは無縁の、好男子なイメージが強かっただけに、私も急逝と死因を聞いたときはびっくりしたものだ。絶頂期の70年代を過ごして、80年代半ばからは世間の反応も低調になっていたことは知っていた。しかし、私が彼のライブを見た(一度だけだった)91年の最後の日本ツアーでは、とても調子がよく、メタル、パンクのファンからより多く支持されていて、パワフルなステージに圧倒されたものだった。死亡のニュースは、それから数年である。まったく耳を疑った。数年のうちにどうして転落し、酒におぼれ、肝臓移植までしたのか。

ロリーに関する本は以前、フランス人ライターが書いた本があり、英訳されて売られていた。しかし内容の信ぴょう性に問題があり、アイルランド人や多くの英語圏のファンが不満を訴えた。なぜアイルランドの英雄の伝記がこれ一冊で、フランス人により書かれ、しかも一方的な内容なのか、と。ロリーはその人物像に謎が多く、テイストという初期の彼のバンドでマネージメントともめた嫌な経験から、以来自分のワンマンバンドをつくり、マネジャーは兄のドナルが担当、ショウビジネスにありがちなレーベルの都合や金儲け主義に振り回されるシステムから徹底的に距離を置いたため、今でもその人なりや、プライベート、死へ至る時期の真相などが闇のなかにあったのだ。

そこで出てきた初めてのロリーの伝記的著書が、20年以上ロリーのバンドでベーシストをつとめ、ロリーとはもっとも長い付き合いのあったゲリー・マカボイによる
「Riding Shotgun: 35 Years on the Road with Rory Gallagher and "Nine Below Zero"」
という書である。

5年前、ちょうどロリーの10周忌に出版されたものだが、私自身、恥ずかしながらこの本の存在を知ったのがつい最近で、それでも久しぶりに一気に読む興奮と、ロリーに再会したような喜びを感じた。ロリーのことを一番よく知っているのはおそらくドナルだろうが、20年以上「正式にベーシストとして雇われたわけでも契約もなく、口約束で側にいた」というカマボイの目から見たロリーは、実に興味深いひとりの孤独な人間だった。

ロリーは誰もが「いい奴だ」という。来日時、間接的に関係者に私の名前をサインしてくれるよう頼んだときも、その関係者は「なんてやさしいいい奴だろう」と絶賛していたくらいで、とにかくあのトレードマークのおんぼろ塗装ストラトと、80年代半ばくらいまでの服装……チェックシャツとデニムジャケット……の素朴さ、ファッションへの無関心さが、本物の音楽だけを追求する信念や情熱、そして彼の素朴な人柄を象徴していた。実際、多くのミュージシャン、そしてマカボイもロリーの人の良さ、紳士であることを認めている。

しかし、今回この著書を読んでいると、ロリーはときに(あるいはかなり頻繁に)嫌な奴で、音楽のためなら女もいらなかった(事実一生独身を貫いた)孤高であり、かなり孤独な人物だったことがわかる。ロリーは音楽に対して完璧主義で、音楽のためだけに生きていたようだ。バンドメンバーに対する要求度も自ずと高かった。「ブルース(スプリングスティーン)の前に、ロリーはすでにボスと呼ばれていた」とマカボイが言うように、ロリーはすべて自分の思い通りに音楽を作らなければ納得しなかった。それが結果的に彼をビジネスとは無縁の、孤高のすばらしいブルースミュージシャンとして、ミュージシャン仲間から多大な尊敬を集めることになるのだが、同時に自分へかした重責は彼から普通のロックアーチストがするような楽しみ(酒、女、賭けごと、ドラッグなど)を遠ざけていたようだ。それに彼の極度にシャイで、アイリッシュ独特の精神的強さ、自己統制力の強さ(いわば強がり)というような性格が加わった。
結果は、音楽の悩みは誰にも相談せず、自己解決。ロリーには音楽しかなかったから、80年代おわりにかけて陥ったスランプでも、誰にも相談しなかった。酒量が増えて、自分がもっとも忌み嫌うアル中になってしまったことさえも、認めなかったらしい。

ロリーは最後にマカボイに「(アル中になる前に)君からアドバイスを受けていたら(こんなことにならなかった)」と恨みぶしを言ったそうだが、人のアドバイスに耳を傾けず、給料アップにもなかなか応じなかった、気難し屋のボスは、ロリー自身だったのだから、仕方ない。マカボイは女の噂もないロリーとは正反対に、片っぱしから女と遊ぶ大酒のみで、享楽的に人生を楽しむタイプだったが、雇われベーシストの人生と、世界的名声を得た英雄的ギタリストの孤独な人生を比べながら読むうちに、人とは皆、境遇や才能が違えども、幸福度はそれほど変わらないものだと感じてしまう。マカボイの能天気さを、彼のゴーストライターはうまく表現しているせいか、最初はムカつく記述も多かったが、最後のロリーの恨み節に「なに言ってんだ、くそったれ!」とロリーに食ってかかるマカボイには泣けた。ボスに一度も逆らったこともない忠実なしもべが、酒で崩れていく天才ギタリストについていけず、辞意を表明した後の会話だった。私が日本でロリーを見たすぐ後のことだったらしい。

Riding Shotgunとは、ちなみに開拓時代に幌馬車の助手席にショットガンで警備しながら座ったことを言うらしい。ボスの隣にずっと一緒にいて、音楽とロリーの世界を見続けてきたという意味だろうか。ロリーは、「Irish Tour」の有名なビデオのなかでも、移動時のクルマではいつも助手席に座るのを好んだ。運転はドナルの役。カマボイはいつも後部座席だが、助手席にいることに疲れたり、高速運転で怖いときなど、マカボイに「You fancy riding shotgun, Gerry?(前に乗るかい?)」と訊いたそうだ。ロリーの助手席にいた好色男の、非常に興味深い一冊である。IRAの紛争、テロに揺れたアイルランドの60年代から70年代、シン・リジイやU2との関係、果てはジョン・レノンとの交流や有名ミュージシャンの素顔が垣間見える本でもある。

それにしても、ロリー小僧時代のギターやヘルメットはどこかへ行ってしまったが、ロリー直筆のサインだけは今でも大事に持っている。親切にも、私の名前を書いてくれたロリーの姿を思い浮かべながら。

木曜、ガレージでは移動式トレーラーで運ばれた車検用重量測定台座の前に、各マシンと担当メカ、エンジニアたちが列をなす。
台座に押してあげる前に、このようにエンジンまわりのカウルをはずして……
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で、またくっつけて、目方を測って、こまかいパーツの測定となる。
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その間、何の秘匿性もなし。見学したければ、一般客だって見られる。木曜はさすがにいないが……。
ホンダV8エンジンだってなんら秘密はありません。三戦ごとくらいにオーバーホールされるが、マシンにしてもシャシーからすべてチーム全体の共通部品ですから。
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しかし、ウィングの翼板はちょっとサイズがおかしくないかい……いや、そんなはずは……。左のゲリーは5号車(琢磨)担当のチーフエンジニア。手には5号車の仕様書ファイルを持って、なんだか鮫洲で車検をするバイク屋の人を思い出す光景でした。
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で、車検をとおり、晴れてマシンは暫定スターティンググリッドへ。25周走ることができました。
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インディカーのパドックやピットレーンで、迷彩を着た奇妙な人々を大勢見かけた。
彼らはNationla Guard、いわゆる州兵と呼ばれる人々だった。
 
州兵は国防省直下の非常勤兵士で各州に属する、いわば警察と軍の中間のような人々だ。十年前までは国内の自然災害や暴動が発生したときに駆り出されるのみで、普段は教師や警官からトラックドライバー、セブンイレブンの店員、あるいは精神科医まで一般の仕事をこなしていた。連邦軍に組み込まれ、海外派遣されることもあったが、ほとんど稀なケースのみだった。
しかし、911テロが起きてから、事情は一変する。
州兵は積極的に連邦軍に組み込まれ、イラク戦争やアフガニスタン紛争に派遣されるようになった。その数は一時的に正規兵を上回る場合もあるほどだったといわれる。
全米で50万人いる州兵は陸軍と空軍からなり、海軍はいない。陸上作戦が主な上記紛争地帯では便利な補充人員である。しかしそれはあくまでも政府から見た場合であり、本人たちは大変だ。職業軍人ではないため、休職場へ復職したときに、環境変化に対して精神的、肉体的に順応が難しいのはもとより、クレジットクランチ以来の悪化した雇用情勢下で不当に解雇されたりと、問題が多く発生している。
 
州兵募集はNASCARで長い間おこなわれていたが、二年前からインディカーにも触手が伸びた。
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(これは2010年4月、第二戦フロリダ・セントピートのメインストレートに停車する、”スポンサー様”トラック)
 
インディカーを見る若者に「アフガンへ行きましょう」とアピールしているわけだが、プレレースイベントでも州兵募集がクローズアップされるなど、やり方はかなりエグい。サーキット内の子供用イベント広場にはF22のかなり精巧な2〜3分の1サイズのモデル(子供が乗れる)が置かれ、登録オフィスもすぐ近くに開店、という具合だ。
 
ファンとの距離が近いインディカーだが、対テロ戦争の戦場という地獄の入口への距離も近い、というのが現状ではないだろうか。つまり、ドライバーがブリブリ走っても、ジャーナリストやカメラマンがパチパチ撮ってフムフムとレースモニターを凝視しても、アウトプットは間接的に職がなかったり生活に不満な若者たち……ビール片手にインディのレース中継を見ている彼らを戦場に送っているわけだ(アウトプット額は前者と後者ではかなり違うが……)。
 
フォーミュラニッポンやスーパーGTを自衛隊がスポンサードして、君も紛争地帯のPKOへ、と堂々と誘うことはあえないだろうが、アメリカの現状の一片を知る、興味深い事象である。
 
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インディカー第二戦フロリダ・セントピートの木曜夜(といっても、8時でもまだ明るい)、レースの開幕イベントとして街をあげてのパレードがおこなわれた。
引退者が散歩をするのどかな街が突然交通をブロックし、あたりに轟音が響きわたる。現れたのは電飾フロートや年寄りばかりのマーチングバンド。
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ミス地元やら、政治家やら、コスプレ少女にピエロ、2シーターのインディカーも現れた。
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そして登場したのがインディカーパイロットたち。琢磨はなにやら青山通り本社前にとまったアンチャンの風貌。
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S2000の助手席は松本さん、運転手は??? なぜヒゲそり跡が塗られている?
 
運転手さんを見て、この通りのすぐ先にあるピアで見かけた、地元名物のペリカンを思い出した。
似ている???
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坂野 徳隆
坂野 徳隆
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