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台湾本島では見られない様式の古い街並みを眺めながら海岸へ出ると、そこにはまた見たことのない景観が広がっていた。
澎湖である。そのなかの離島のひとつに、蓮の花が広がったかたちにそっくりな、岩礁がある。自然にできあがったこの蓮の磯の先に、釣り人がひとり、糸を垂れていた。私はその釣り人を離れた磯辺からしばらく眺めた。大きなメジナを一匹つり上げたとき、こちらの空きっぱらがぐうっと鳴った。
馬公へ戻り、いつもの海鮮料理屋へ飛び込んだ。一日の暑気をはらうにはビールではなく、この島にしかない、特別な漢方薬風のドリンクがぴったりだ。
体の熱をとり、解毒や夏バテにも有効らしい。
味は多少苦いが、海鮮をつまみながら飲んでいると、いつの間にかおかわりをしてしまう。
これはメカジキのごく普通の中華風の料理方法でのひとしなである。余計喉が渇くし、白米がほしくなる。
食が進むほどに、馬公の夜は潮騒と優しい地元の人々の笑みに包まれながら深まっていく。
しかし、ここはかつて、日本が台湾本島とともに日清戦争で清から割譲された、地理的要所でもある。
島のあちこちに日本統治時代のなごりが残っている。海賊やオランダ人、ポルトガル人、そして日本人が錨を降ろした台湾と大陸の中間地点。8年ほど前には、中華航空機が空中爆発してここの海域に落ち、観光客の足も遠のいてしまった。いろいろなことが起こってきた澎湖なのである。
日本軍の遺跡をまわっていると、まるで、あの磯の蓮の花が、日本人が人工的に残した「菊」のように見えてくる。
しかしそこは中華系の先人が暮らし、確固たる足跡を残してきた、中華の麗しき島なのである。そしてその気候と独自性、美しさは、遠く船乗りたちや異人たちの夢をとりこみ、独特の文化の豊穣と景観美を今に伝えている。
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乾燥した熱風が吹き抜ける午後、窓の向こうの漁港前広場では、宿の主人や客らがバスケに興じていた。
その窓の前で、シャワーを浴びてバスタオル一枚になった主人の大学生の娘がシルエットをちらつかせる。夢から覚めたようにこちらも挨拶をすれば、こちらもドアを開けたまま昼寝をしていたことに気づいた。
澎湖の宿の昼下がり。一日泳いだ後は、昼寝をして、夕方の風に吹かれながら馬公の町へとスクーターを駆るのが日課になっていた。途中、街中で名物のサボテンデザートを頂くのも日課である。
中央の赤いシャーベットがサボテン。豆類、マンゴ、真珠などで取り囲み、天然貝殻に載ってくる。
さらに、サボテンのジュースも暑いときにはいい。
馬公で休んでさらに先のビーチを目指す。まだ日は高く、さらにひとおよぎするのもいいが、澎湖の夏はクラゲが多く、地元のひとに訊いて安全な場所を探しているうちにこの日は景色を見ながらのクルージングとなった。
こんなビーチがたくさんある。
白砂に真っ青な海。ここは空気といい植性といい、イタリアのエオリア諸島を思い出させる。十数年前、ストロンボリとかいう島にひとり泊って、バイクで走っては泳いだものだ。山がないことを除けばそっくりである。
実際、澎湖にはサボテンがよく似合う。
これは近くの島だが、円柱状の崖も
美しく、その周辺をバイクでまわり、
断崖からの蒼海を眺め、地元の海産を
頂くこともできる。
日の暮れた馬公ではなく、行きつけの、宿に近い発電所付近の小さなメシ屋で、一皿山もりで数百円の、カキを食べることにした。
ライトをつけ忘れてスクーターを走らせれば、満点の星空にのまれている自分に気づいた。 |
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(右は台北101。その左へ順に102、103、104……。で、現在は台北105が最高位) |




