ここから本文です
走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
Photos & Texts (C)Narutaka Sakano 転載厳禁 *著者への連絡は上の「メッセージ」にお願いします

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

イメージ 1

「インドネシアの景色」1930年

フランスの画廊がオークションに出している、ヴァルター・シュピース作品という絵画。
真贋はさておき、小さなサイズでは一見そうはけっして思えない作品だ。

現在調査中。

(調査途中報告)>>>これもイッサーの借り手が出展していた。まず偽物と考えて間違いない。

イメージ 1

バリ島へ引っ越して間もなく、ヴァルター・シュピースは金欠で貧窮する。
やむなくはじめたのが、インドネシアの学校教科書用の、挿絵作成だった。

挿絵といっても、油絵による、精細な歴史的場面の再現である。

オランダ植民地政府からの注文で、一枚800ギルダー、合計20枚描いてくれ、
という、貧乏画家にとっては願ってもないはなしだった。

しかし、毎月一枚、仕上げてくれ、といわれ、創作にとりかかったシュピースは筆が進まない。

「自分のためでもないのに、どうして描ける?」

結局、彼はお金は必要でも、強制された創作活動は受け入れられなかったのである。

それでも、できあがった何枚かは、実際にその時代の教科書に使われ、さらに写真として
引き伸ばされて、ポスターのように教室にも飾られていたと、
カランアッサムの王子、ジャランティックさんは僕に言っていた。

写真はそのうちの一枚、「11世紀の岩窟遺跡にいる修験者」(1929年作)である。
これはバリ島の古代遺跡をあしらったものと思われる。

結果的にこれを含む3枚が描かれ、合計2400ギルダーの収入で、シュピースは
ウブドゥのチャンプアンに新居を建てていくのである。
(いま、ホテル・チャンプアンがあるところだ)

バリ島ルネッサンスの父、伝説の芸術家ヴァルター・シュピース。
1927年、ジャワからバリ島へ移住した直後に、あるオランダ人の友人が死亡した
との手紙を受ける。
以下は、その友人の奥さんへ宛てた手紙。

「この(バリ島の)神がかりの自然のなかでは、人間などもろい存在です。
しかし死はつぎの生へ流れ込むのです。
どうか、僕の側へ来てください。一緒に、ここで怠惰な時間に
身を任せれば、この意味もわかることでしょう」

鋭い感覚でバリ世界をとらえていたシュピースだが、ロシアでの捕囚時代から
死を身近に感じ、信仰と芸術、人間の距離を考察していた。

彼にとって「パラダイス」とは、
いつそこで死んでもいい場所であり、つまりそこは
生きていても天国のような場所であった。

バリ島である。

パラダイスは心のなかにある、などと陳腐な話になるが、
人生で二度目の抑留を強いられる約10年後まで(さらにその後も)
シュピースはバリという彼の楽園に身体だけでなく、
心も魂も同調させ、「身を任せていく」のである。

全1ページ

[1]

坂野 徳隆
坂野 徳隆
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13
14
15
16
17
18
19
20 21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
検索 検索

本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事