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2008年1月25日 | 2008年1月27日
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1931年1月。 バリ島チャンプアンに新居をたてたシュピースは、母の知人のドイツ人女性を泊める。 ところが、この老婦人、貧乏生活のシュピースにさまざまな注文をつけ、困らせる。 「僕はバリに老婦人の慈善施設を開きに来たのではありません! どうしてこのような人がバリにくるのか、理解できません。 彼女たちの人生は、ローストターキーやフォアグラを中心に回っているのです! しかしそんな人にかぎって、文化について語りたがる。いわく、バリ人は 文化を持っていない。なぜなら、彼らは汚い爪で食事をしているから。 ああ、神様……」 一難さってまた一難。 シュピースの「サロン」には、彼の名声を聞きつけ、やがてさらに問題を もたらす人々が集るのだった。
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ヴァルター・シュピースがヨーロッパ脱出直前に描いたこの絵には、 さまざまな心の葛藤が見え隠れする。 F.W.ムルナウ(1920年代の有名なドイツ人映画監督)の邸宅に住み、 生活を保障されていたとはいえ、ヨーロッパからの脱出欲は日増しに 強くなっていく。 1923年の「チューリンゲンの森」という 作品には、暗く寒い森で、黙々と荷を引いていく人物が描かれている。 その人物は、シュピース自身の投影であると思われる。 「この絵に見られる唯一のオブジェは静寂ですが、それは完全に居つき、(……)固まっています」 と、彼は知人へ宛てた手紙で説明している。 脱出口の見えぬ静寂のなかでもがき苦しむ画家は、 暗い森の向こうに、ほどなく一条の光を見つけるのである。。。 ヨーロッパから彼を脱出させる、ある出来事であった。
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