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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
Photos & Texts (C)Narutaka Sakano 転載厳禁 *著者への連絡は上の「メッセージ」にお願いします

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ヴァルター・シュピースが同性愛の罪で逮捕拘留されているあいだに描いた、彼の傑作、「風景とその子供たち」(1938年)には、バリヒンズーの輪廻転生の考え方やバリガムランの5音階が、繰り返される「牛と農夫」、「アグン山」のセットとなって表現されている。
「これを見た人のほとんどは、単純な風景画だと思っているから驚きだ」と、シュピースは手記に書いている。
一見すると、たしかに精密風景絵画である。しかし牛と農夫のセットは5回繰り返される。エコーのように。
創作に関する秘話はいろいろと伝わっている。詳しくは「バリ、夢の景色」(文遊社)にあるが、ちょっと紹介しよう。
シュピースはこの5つの「子供たち」をマザーネイチャーの子供と規定し、風景のなかで遊び逍遥する彼らを、「嵐が来るから戻っておいで」と母たる自然(あるいは製作中の作者)が呼びかけている。たしかに空には暗雲がわきあがり、いまにも夕立が来そうだ。。。

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バリ島中部プナルンガン村では、日本兵の幽霊が何度か目撃された。
道端でタバコを吸っている、陸軍兵姿の男がいて、近づくとすうっと消えるというものだった。
村人は、かつて独立戦争に義勇兵として参加した日本兵の霊ではないか、と騒いだ。
新しく記念碑をたてたところ、幽霊は目撃されなくなった。

プナルンガンのすぐ近くの村でも、同じ日本兵……荒木と松井を讃える記念碑が準備された。
(写真、著者撮影)
敬礼するその姿は、やけにリアルである。

両者は、約半年という短いバリの独立戦争の主戦のうち、はじめから最期まで、指揮官ングラ・ライとともに行軍し、玉砕した。
荒木と松井、この二名の記念碑は2つの村につくられた。

すでに紹介したプナルンガンの記念碑のなかに飾られた松井の写真が間違っていたため、僕は遺族から遺影のコピーを頂戴し、知人(松井とかつてバリで何度か会った老人)を通じて現地で取り替えてもらった。日本人の遺影が飾られた記念碑というのは、バリでもここしかない。

バリの独立戦争には20数名の日本兵が参加し、そのほとんどが戦士、あるいは行方不明となった。
唯一1950年以降も生き残り、バリに残留したのが、平良定三であった。。。

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坂野 徳隆
坂野 徳隆
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