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日本海軍特警隊は、四五年十二月の日本軍に対するバリ人反乱事件の容疑者逮捕および取調べを担当していた。反乱事件後、多くのバリの若者が逮捕されたが、取調べをした係官の一人が高木米治だった。
逮捕者のうちもっとも過酷な取調べをされたのはニョマン・マンティックで、彼は日本の係官に食って掛かり、殴打の末何度も失神した。高木に角材で直接頭部を殴られた彼は、護身術プンチャック・シラットの心得があったため、腕でとっさに防御した。骨とともに角材の砕ける音が取調室に響いた。腹をたてた高木は、さらに別の棒を出し力の限り殴りつけた。床で取っ組み合いとなり、マンティックは涙一つ見せずに降参したが、同時に「この日本人を殺さないうちは絶対死ねない」と心に誓った。その後、何らかの理由により釈放されたマンティックは、宿命の相手に今度は同じ義勇軍兵士として出会うことになるのである。
年が明け、そろそろ二月のもっとも雨の多い雨季の最中、高木はバハの日本人収容所で警備を担当していた。村の市場へ出かけた折だった。菓子や果物、飲み物を売る小さなワルンをやっていた十代後半の美しいバリ人少女クトゥット・クリティと高木は運命的に出会う。やがて二人はマルガー郡ブラユー村のクリティの実家祠前でささやかなバリ式の結婚儀式をし、夫婦となった。
写真は高木の忘れ形見、ワヤンさん(中央)とその夫、息子である(デンパサールにて撮影)。高木はプトゥラと名前を変え、その後マルガーの闘いで散るのである。
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