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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
Photos & Texts (C)Narutaka Sakano 転載厳禁 *著者への連絡は上の「メッセージ」にお願いします

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「なに、南飛行場? そりゃ、すぐそこだよ」と、親切なおじちゃんがバイクで先導してくれた。
日本時代に宜蘭の中心的な飛行場として作られ、鹿児島とともに沖縄の米軍を挟み打ちにするため特攻作戦が行われたのが、この飛行場である。グーグル地図では簡単に探せても、現地では標識類はいっさいない。おまけに建前上は一般人立ち入り禁止である。国民党時代から軍用空港として舗装され、使用されてこなかったオバケ滑走路だ。

稲光の走る怪しい空をにらみながらおじちゃんのバイクを追うと、草ぼうぼうだった野原の視界が晴れ、いきなり、ポンッと、滑走路のすぐ西端に出た。まっすぐ延びた滑走路の先に、亀山島が大きく浮かんでいる。おじちゃんは停まらない。目指すものが別にあるからだ。しかし、その一瞬見えた景色の美しいこと。同時に、ここを飛び立つ特攻隊員の目に映った景色が、これほど大きな、地平線に浮かぶ島の景観だったことに、不思議な驚きがこみあげた。

その十分後に同じ場所へ戻ってきたが、夜まで続いた雷雨に包まれ、島影はずっと見えなかった。まるで一瞬だけ、自分の目のなかに幻のように残る、カメの浮かぶ特攻隊滑走路の景色である。

写真は、宜蘭県員山郷で、出撃前の戦闘機を格納する掩体壕(かまぼこ型のコンクリート製格納庫……周辺にはこうした壕が無数にある)。当時木材でデコイを作った同じ人が縮小サイズでこのヘンテコリンなお休み処壕の屋根に取り付けたらしい。

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晶英酒店のすぐ隣、旧日本人街にあるのが、1906年に建てられた日本統治時代の宜蘭県知事官舎。特攻隊基地もあり戦火が激しかったにも関わらず、生き残った貴重な建物だが、それを90年代に残そうとした逸話は別にあった。偶然は面白い。庭にご覧のような立派な楠がある。台湾人は建物を取り壊そうとしたが、この木が何か霊的な主張をしたらしく、建物はそれまで台湾人により白く塗られていた塗装をはがし、当時のままに復元された。一本の木が建物を残したのだ。

この庭がすばらしかった。雨の多い宜蘭だけに、ときに異様に強い植物の臭気を感じるが、この庭で包まれたオゾンや熱帯植物の濃密な芳香には、どこか特別なものがあった。楠の老樹を覆うシダの下で、なんとキンモクセイが咲き、鳳凰樹の赤い花が頭上に揺れていた。日本人は樟脳のために台湾に来たが、ここに暮らした日本人たちも、この立派な楠に何か強い思いを込めたのだろうか。

この建物の隣には感じのいい日本食レストランと、同じく古い日本時代の建物を使った音楽喫茶のようなものもある。また、県知事の家のなかではわかりやすい宜蘭の歴史紹介パネル展示もあり、暑いときは中でくつろぐこともできる。しかし一部の復元は忠実ではなく、風呂桶の隣にトイレがあるという様には失笑した。ここにシナ人観光客が来て、日本人がくみとり便所のなかで風呂を浴びると思われたら迷惑だ。

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冷たいココナッツ味!の豆花に合わせるのは、温かい別皿に盛られた宜蘭名物の「カエルの卵」。
といっても、カエルの卵を使っているわけではない。
かつてはその名前が使われていたこのデザート「包心粉圓」は、羅東中山公園夜市の名物で、小豆をタピオカでくるんだもの。温かい大粒の、歯ごたえあるタピオカ粒と、黄卵の混じった冷たい豆花などが絡み醸す味わいはここでしか体験できない。だからどうした、というレベルのデザートだが、カエル卵よりもココナッツ味の豆花がおもしろい味を出していたので紹介する。
ちなみに、宜蘭で有名なのは牛の舌のようなかたちをしたスナック菓子である。

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坂野 徳隆
坂野 徳隆
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