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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
Photos & Texts (C)Narutaka Sakano 転載厳禁 *著者への連絡は上の「メッセージ」にお願いします

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バリ島で独立戦争を戦った日本人義勇兵たちの本を書いたが、そのなかで写真を紹介しなかった大館(現地名「イ・ニョマン・スニア」)の現地にある像を紹介しよう。

「イ・ニョマン・スニア」という現地名は、移動中の夜の静けさ(スニア)からとったという。この風雅な名前の主は、日本の敗戦後トゥバンに駐留中(第三警備隊)に逃亡、北へ向かった。しかし途中逃げるのをやめ、クロボカン(バドン)で独立派バリ人新兵の教育についた。

密偵やオランダ軍の追跡にあった彼は、その後ジャンベ部落へ逃避。以降、村々を移動しながら密かに地元独立運動の指揮をとった。戦いのなかでは常に先頭に立ち、怖さを知らぬ男だったと語り継がれる。

現在クロボカンに記念碑を建てられ、英雄として奉られているこの男は、ムンドゥック・マランでスマンディ分隊の一員として、部隊を率いていた。五月二十二日の早朝、近くのサワー村のリーダーが「村がオランダ軍に包囲されている」と支援を求めてやってきた。

バリ義勇軍の将、ングラ・ライは部下のスギアニャール(本文参照)に出動を命じた。

不幸な運命を背負っていた大舘の部隊はオランダに追いかけられ、サワー村で休んでいたところをこのスギアニャールの部隊と途中で遭遇してしまう。そして一緒に行動したのが運のツキだった。歩き始めてすぐに大館は緑ヘビに足をかまれそうになった。このヘビは足を噛む前に振り払われ、殺されたが、大館はよくない兆候だと感じた。「私は近々死ぬ」と真顔で言う彼に、友人たちは「バカな。そんなことあるか」と慰めた。しばらくすると別の隊員がサソリに刺されたとわめき出した。その夜隊員は皆重苦しく押し黙ってしまった。

翌朝、スマンディ分隊と二手に分かれて敵のいる方へ歩き始めたところ、スギアニャールたちの耳に突然自動小銃の一斉射撃の音が響き渡り、同時に恐ろしいうめき声や叫び声が聞こえてきた。少なくとも一八名が被弾。皆スマンディ分隊の隊員だった。統制を失った部隊は散り散りとなり、動ける者はパニックに陥り谷底へ飛び込んだ。オランダ兵はその勢いで全員立ち上がり、反撃の態勢に入ろうとした大館や背中を向ける若者たちに銃弾を浴びせた。

「どこへ逃げるんだ、このホモ野郎ども!」

オランダ人たちの笑い声が薄れる大館の意識に染み込んだ。スマンディも腹部に銃弾を受け、若者たち三名死亡した。午前九時の出来事だった。

部隊は儀式の後戦死者を葬った。その夜は奇妙なほど静かだったという。

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坂野 徳隆
坂野 徳隆
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