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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
Photos & Texts (C)Narutaka Sakano 転載厳禁 *著者への連絡は上の「メッセージ」にお願いします

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大正デモクラシー全盛期、日本ではアメリカ風刺漫画を学んだ北沢楽天が現代漫画の元祖となる風刺漫画で一世を風靡していた。同じ頃、新聞の購読者が急増し、大正10(1921)年には『時事新報』が『時事漫画』を創刊。新聞風刺漫画という新しいジャンルが産声をあげる。

一方、日本領有から20年が経つ台湾では、漫画雑誌はあるものの、新聞には漫画は掲載されていなかった。そんな台湾新聞界に初めて漫画を導入したのは、第一次大戦直後、たまたま台湾の始政20周年記念博覧会を見学に来た、内地出身の無名の画家、国島水馬だった。
 
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国島はそれから約20年間、台湾でほぼ唯一の新聞風刺漫画家として、台湾最大の新聞『台湾日日新報』に政治、経済、風俗、世相、内外の事件を風刺した傑作漫画を連載することになる。こうしてひとりの内地人画家により突如勃興した台湾新聞風刺漫画は、外地台湾から見た当事の貴重な歴史観でもあった。

 国島が渡った頃の台湾は島民が税制で優遇され、多毛作の米やさとうきび、果実などの豊富な食料と、内地よりも充実したインフラが整備されていた。帝国政府の南進基地として内地からの移住が奨励される注目の新天地でもあった。漫画でも東シナ海に呑気に浮かぶ大きなお椀の船“大椀”(たいわん)に例えられ、時代の騒乱や動乱とは無縁の極楽と見られた。しかしそこは本島に天国であり続けたのか? 
 
 
   内地の漫画家が描いた国島の似顔絵
   睨まれると怖い、風刺のきいた目?。。。

実は台湾も大正デモクラシーの流れに飲まれて内地延長主義による社会制度の変革期にあり、「内台融和」「一視同仁」を目標に激変の過程にあった。そしてそこには風刺漫画の素材になる矛盾、軋轢、社会問題が溢れていたのである。
 
アウトサイダー的内地人である国島の視線は、鋭くかつ滑稽に島内の矛盾を描き出す。それは、本島人の民族意識向上と統治側の衝突、原住民の武装蜂起、関東大震災や皇太子行啓をめぐる騒動、台湾社会の抱える様々な問題、奇妙な風俗習慣など、風刺漫画を通じてこそ見られるグラフィックかつ実物大の人間社会、リアルな描写でもあった。
 
先日上梓した「風刺漫画で読み解く 日本統治下の台湾」(平凡新書)は、近年の日本に似て、関東大震災から世界恐慌に伴う不況、不安定な政党政治という状況にあった激動の大正・昭和初期。大正デモクラシーが軍部独走の騒乱に飲み込まれていったあの時代、植民地の実像を新聞風刺漫画という鏡に映しだされた独自の視線から見る試みでもある。
 
出版して、さっそく国民党系、中国人系らしき読者(日本にいる人々)から否定的な意見をいただいているが、これは想定内なのであしからず。戦前の台湾における民族主義運動は孫文につらなる民族主義と、ソヴィエト系に大別されるだろうが、前者は国民党のおおもとで(笑ってしまうが)、後者は共産党である。日本帝国主義に対抗した台湾の大正デモクラシーとするなら、国民党系も現中国人系も関心を抱いて本書を手にするだろうが、書かれているのは……。
 
革命いまだならず、といいたくなるのは台湾人(本省人)か、それとも原住民か。。。両方だろう。
 
 
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坂野 徳隆
坂野 徳隆
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