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我がバリ島のネガティブな変化が著しい。
この5、6年で物価が倍になり、かつてのように一泊500円、一週間1万円で過ごせた時代は「夢の景色」。すっかり高い観光地へ変貌し、中国人の横暴な観光客による占領と急増するクルマやバイクの大渋滞、排気ガス、汚染に加え、目先の利益ばかり考えるバリ人自身による無謀な開発によるウブド田園風景の消失など、「夢の景色」も失せてしまった。
特に今年の夏バリを訪れて感じたのは、今に始まったわけではない、この後者の、バリ人による自滅的な開発である。モンキーフォレスト横の駐車場の開発が来年以降パダンテガルの首を自ら絞めるのが明白なように、自分でわかっていながら壊し、つぶし、開発してしまう流れは、チャンディダサのビーチが失われた今から30年前の記憶さえ引きだしから出さずとも、目先の利益しか考えない短絡的なバリ人根性の悲しいサガなのだが、今は流入する国内外からの資本に加えバリ人自身の持つ資産の大きさが桁違いなため、加速度が過去の比ではない。
この流れがもたらしているさらに悲しい結果は、バリの自然風景にかつてあった日本の良さを重ね合わせていた邦人観光客、長期滞在者の急激な減少である。日本とバリの深い、すばらしい関係がかつて存在した。それが急速に薄れていくのは見ていて寂しいし、悲しい。
ウブド邦人最古参の「I」さんがバリからいなくなってしまうのも、何やら象徴的である。私の友人の日本語ガイドのウブドの青年も、今はフランス語や中国語に転向していくし、典型的で驚いたのは、ングラライ空港のワイファイの公式HPの言語に日本語がなかったことである。こうなると、あとはスパイラル的に日本人がさらに減り、アジアのいちビーチリゾートになってしまうのは疑いない。
もっとも、かつて多かったビーチボーイやバリの田舎青年とのロマンスを求めて群がる日本人女性が急速にいなくなったのは、同胞旅行者にとっては健全で、いいことだろう。しかしそれと引き換えに、日本人の愛した自然豊かなバリの景色が薄れていくのは大変だ。
今のウブドは、シュピースがウブド王宮とともに芸術村として発展させた頃から見れば、野原がネオンきらめく大都会に変貌したに等しい。芸術文化はまったく別の次元にあるとはいえ、シュピースがまいた混成芸術の種も、どこかで育っていたとしても、それを見つけるのが困難なくらいである。バリ人は今でも非常にウブな田舎者だし、プリミティブなイメージは変わらない。しかし彼らを取り巻く経済が彼らを変えずとも環境を変え、かつてあった島の夜の闇の深さ、プリミティブだからこそあった神秘さがなくなっていくように感じずには、いられない、それも事実である。
もう20年前くらい前の、あの1990年代に多くの日本人が魅了されたウブドは無造作な開発と喧騒の中に沈もうとしている。こんなバリの状況を見て、つい先日、バリに詳しい知り合いのある外国人から、バリに比べて、日本という国が伝統文化を守り、文明の発展のもとでも変わらずにいる、と言われて、驚いた。日本は伝統文化をうまく守り、外国からの観光客にうまく見せ、魅了している、というのである。
そうならば、日本人は今後ネガティブに変貌するバリに対して、なにかポジティブな貢献ができる存在として、この島にカムバックできないものだろか。。。
パダンテガルの「テガルサリ」フロント附近から通りの方を見ると、こんな感じだからびっくりする。この辺りは数年でクタのようになるだろう。宿の田園風景の取り合いは、笑い話のように田園をつぶしていく。「パノラマ」という宿など、前に建物が林立して田園風景がなくなり、パノラマ風景もないのに、そのまま営業している。それについてスタッフに聞けば、「景色が見えないから少し値段を引く」と笑う。呑気な人々だ。
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2015年10月02日
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