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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
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新年が安和豊富でありますように。

 先月、台湾では2015年にヒットした台湾のドキュメンタリー映画「湾生回家」の元本の女性台湾人作者に関する出生疑惑(実は2013年から噂されていた)が話題になっていた。
 台南出身の彼女は日本生まれの日系人だというのが、まったくのでたらめで、すでに前述の頃在台の日本人新聞記者に暴かれていたらしい。しかし台湾では誰もそんなことを気にする人はいなかった。しかも、一昨年から去年にかけて彼女の取材と本をもとにした映画がつくられヒットし、元本も異例の大ベストセラーに。それでも、である。
 なぜかというと、大半の台湾人は「湾生」というその本と映画のタイトルの意味を知らなかったからである。
 これは「台湾生まれの日本人(内地人)」という意味だ。
 本と映画の内容は、台湾生まれの日本人の生き残りの人々が台湾へ「里帰り」をしたり、反対に台湾の「残留湾生」が日本へ里帰り(墓参り)するというもの。ともにアイデンティティを台湾に持つ日本人が葛藤してきた生涯を浮き彫りにし、胸に迫るものがある。
 しかし「湾生」の意味がわからないながらも、本と映画はヒットし、奇妙な「日本人化け」をした作者(30代)の嘘も気にしないのは、台湾らしくて笑える。嘘を認めたのがしかも映画封切の一年以上後で、人々が忘れた頃であるのも、その台湾人の忘却性(無論日本人にもあるが)を狙っているのだろうか。
 どうであれ、「湾」をつけた様々な言葉が当時使われた。「湾妻」は台湾でつくる妾で、内台人、玄人素人未亡人だれでも対象になって官吏を中心に領台間もなく使われたから、あきれる。湾妻の実の姉妹と同居して複数関係をもっているのも珍しくなかった。数年から五六年で内地へ戻った彼らにとって、台湾は六割増しの給与を惜しげもなく魔酒と賤妓に使う安和豊富な地であった。

 後藤新平なら聞いただけで気持ち悪くなった「湾弁」は、台湾の弁護士である。統治初期の明治時代なら内地人しかいなかったが、彼らは督府を新聞などで筆撃し、内地で反六三法運動を繰り広げた。
 この他にも「湾」なんたらという言葉は多いが、一様に見下すために使われた言葉である。当時の植民地だから仕方ない。「湾生」も二流の内地人として差別的に呼ばれた。
 これを読んだ方も、それを知ってから映画を見ると、きっと違う視点で見られるかもしれない。

 これを読まれた方が、今年も再度、安和豊富でありますように。

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坂野 徳隆
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