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昨日は終戦記念日。台湾では国土の半分が停電で真っ暗。当初、台湾電力が新しく導入したタービン式火力発電が猛暑でダウンしたといわれたが、まったく違う別の人為的原因。いい加減な台湾らしい、といえばそれまでだが、原発再導入の論議がされるベースになるのでは、という日本メディアの横やりにしても、嫉妬の入り混じった二律背反の遠吠えにしか聞こえない。
そういいながら、「原発メーカー」東芝製のパソコンでこれを書いている。
しかも靖国神社には何十回も足を運んでいるが、一度も参拝などしたことがない。したいとも思わない。これは二律背反ではない。無責任な戦争指導者が祀られた靖国神社をなぜ国家的戦没者祈祷所として扱い参拝しなければならないのか、理解不可能である。
台湾にも日本統治時代に「靖国神社」的神社、「建功神社」があった。確か日清戦役から台湾領有戦争、蕃界開拓時の犠牲者と、領台時からの戦死者を祀っていたはずである。戦後、その本堂ドーム部分をすっぽりと四角い支那的建造物で覆い、まったく違う学術施設にしてしまったが、中へ入ると当時の大理石のホールなどそのまま残っている。蒋介石が台湾版靖国神社を破壊しなかった理由も、その美しいホールを見たら納得できるかもしれない。
現存する建功神社内部
ドームは天井などが国民党に改造されているが、そこにいると、往時をしのぶことができる、お勧めの観光ポイントである。(検索すればすぐにわかる)
思えば、帝国主義日本が方向を間違えたごく最初の時期というのは、官僚主導、反政党政治による国家主義確立の実現を目指した後藤新平が台湾の成功をバネに満州へ行き、そこを開発していったときではないか。愚策シベリア出兵を主張したのも後藤である。中国で日本陸軍が資とした「阿片」も後藤が日本で初めて栽培を主導し、台湾で「漸禁策」という愚と悪(癮者の治療もせず、50年という統治時代と同じ時間で自然減による癮者全滅を計画し、ヤクザのように泡銭を統治費用にまわし汚職犯罪を招いた)による方法で統治資源の先例として印象づけたものである。それらを考えながらこの建功神社跡を見ると、また違った思いを抱くだろう。
人為的原因で真っ暗になるのは、一晩の暑都のみとしてもらいたい。
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2017年08月16日
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