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小雨に煙る肌寒い元宵節の夜、台北の芸術コンサートのシンボル的な国家戯劇院で、ピナの『Palermo Palermo』を鑑賞。
巨大な壁が倒れる有名なオープニングのあと、そこから巻き上がった埃で場内は咳き込む台湾人の声が充満。出演者はタバコを吸い、天井からさらに砂を撒いて煙の代りのような演出までするため、空気がずっと悪い。台北ではこの数週間、ノロウイルスが大流行していることもあり、なにやら不穏な空気が漂いはじめる。(旅の方、気をつけるように)
しかしそんなことを気にしていてはいけない、と演技に集中。
「Kiss me, hug me」と男二人に叫び求める主役格の年配女性。顔にトマトを投げつけられるのは乱暴にイタリアっぽさを出しているということか。乾燥スパゲッティを一本ずつ裸の胸に刺すおじさんからもそれを無理やり感じるが、なにやらひいてしまう。見る者の感性におまかせという作品は、最初の埃のせいか、感性の感度も低下ぎみ。
シチリアのパレルモをモチーフにした作品らしいが、以前2週間も旅したパレルモの雰囲気は、ステージから感じられず。
印象に残ったのは、台湾人サキソフォン奏者のパフォーマンス、日本人女性ダンサーの全裸のシーンと、その日本語で「旦那」に罵声を浴びせるところか。日本語のわかる台湾人でも、びっくりしただろうな、あの狂い様は。。。。
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台湾全般コラム
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去年、高雄にある台湾の仏教団体「佛光山」が、本山のとなりに建設した巨大なBuddha Memorial Center。訪ねれば、そこはまさに圧巻の、不思議なテーマパークだった。
拘留中の陳水扁をなんとかせえ、と馬英九に文句をいったことで急に親近感の湧いた星雲法師(85歳、外省人)の寺だけに、9年をかけて彼がつくったこの途方もない、おそらく世界最大のブッダのテーマパークは、入れば、最初抱いていたような偏見も消え、妙に落ち着く空間だった。
駐車場で高雄駅前からのバスを降りて、正面から建物を見れば、亜熱帯の青空に映える礼敬大庁前の威容は、バリ島ヌサドゥアのホテルか、という雰囲気。しかも入れば、左にはスタバがある。並ぶコンビニも、全メニューベジェタリアン。これくらい商売を介在させないと、巨大施設の運営は難しいのだろう。星雲法師の商売上手な部分にいまさら感心するまでもないが、高級レストラン、みやげ屋などを合体させた本館の設備はすばらしい。ここに来て遊ぶだけでもくる価値がある。もちろん入場無料である。
さらに、奥の黄金色の巨大ブッダ像へと続く、成佛大通りの、左右に立ち並ぶ八塔の壮観な眺め。暑さを避けて左右の、壁絵に満たされた参道を行くより、中央の通路をまっすぐ行きたい。本館前の広場に立ち、来た方向を振り返れば、右に霊山、左に「ガンジス川」、まっすぐ(東)来た方向に高雄の町がかすんで見える。よくこれほどのものを造ったものだ、と感心しつつ、インドのメル風の塔を四辺に抱く本館に入れば、富豪の信者から寄進されたと思われる数々の宝物にただ驚くのみ。4D映画館(つまりメガネの立体映像プラス花吹雪、送風などの体感)もあって、うまくつくったブッダの一生の映画にはさらにぶったまげた。ブッダの指の骨(舎利)を安置した見事な玉仏殿、周辺に点在するレストランも行ったが、そこまで見るうちに、なにやらもうたくさん、という気分になってくる。なにか居心地が悪いのだ。なぜか。おそらく、仏教に関心をもたせるために青少年を楽しませ、入口を設けることを考えているのだろうが、そもそもシンプルな摂理であるはずの仏教には似合わないほど、大規模な「テーマパーク」だからだろうか。
しっかりつくった建物(特に塔)は長い時間(数千年)耐えるらしいが、5000年後に発掘されたら、スタバのあるアンコールワットとして紹介されるのだろうか。
アンコールワット訪問時を思い出させた、自己ショット。
ガラスに映った自分と仏像けでは、わかりづらいので、別の「八塔」を含む写真も追加。そのスケールがわかるだろうか。
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「セデック・バレ」の監督の来日は、右翼活動家には注目されていなかったようだが、彼はこの映画を「日本人に対する憎しみ」を表わすために作った、というし、前作の「海角七号」が「日本人に対する愛情」を表わすために作った(本人弁)のとは180度違うわけだから、反日活動として標的になっても不思議ではなかった。
しかしそうならなかったのは、注目度があまりにも低かったからだろう。
今は単館上映らしいが、そのうち拡大上映となれば、また違ってくるのだろうか。
映画を見た普通の日本人は「反日的ではない」と感じているらしいが、間違った認識である。
いつかゆっくりこのことを書きたいと思うが、商業出版に不向きとの意見も多く、その認識自体、霧社事件のマイナーさを表しているのだろうか。しかし関連本は日本でもとても多いのだが。そしてそのほとんどすべては左傾である。
「セデック・バレ」という反日映画については、またの機会に。
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先日羽田から松山空港に降り立った際のこと。入国ロビーへ向かう途中、滑走路側の通路の窓から見えた中華民国軍の迷彩の輸送機を指さし、横を歩いていた見知らぬ40代あたりの日本人男性が連れの同年代の男性に日本語で「台湾の自衛隊だ」と真面目に言っていたのを聴いて、驚いたことがあった。
無論台湾では自衛隊とは呼ばないが、日本人にとって、ふと出た言葉が自衛隊だったのは、おもしろい。
選挙を控えた日本では自衛隊を国防軍に改称するべきかを論じている。もし先の日本人男性が軍隊を自衛隊と認識しながらずっと暮らしてきたのなら、知者が大勢指摘しているように言葉、日本語の表現の奇妙さが問題になっているに過ぎない。自衛隊も軍であり、国防軍でも同じことだ。台湾に関していえば、役割はまさに国防にあり、先の男性がつい自衛隊と言ってしまったのも、不思議ではないかもしれない。台湾が国として認められない以上、国防に専念している状況とその雰囲気は日本からの訪問者にも本能的に日本とのひとつの共通点として感じられるのかもしれない。
しかし台湾には徴兵制がある。知り合いの台湾人も大勢これで苦労してきた。それが改正され、2014年からは完全に志願制になる。不景気だけに今の就職難の大学生、あるいは高校生らにとっては最高だろうし、馬政権としてはよくやった、と思うかもしれないが、少数精鋭の部隊に転化するのは時代の流れである。その意味でも日本の自衛隊に似てきた感はある。やがて台湾の若者にも訪れる国防意識の変化、といった問題まで透けて見えてくる。
ちなみに、状況は変わりつつあっても、台湾の「自衛隊」にあって、日本の自衛隊にないものがある。それは在郷の予備役軍人とその軍隊の制度である。潜在的な兵力としては重要で、敵が上陸したときに発揮される準軍隊の役割となる。
おもしろいのが、台湾では高砂義勇隊のような原住民だけの在郷予備役部隊があることだ。これは日本のミリタリー雑誌でも紹介されているので有名なはずだ。彼らがむかしのように蕃刀を腰につけていたかどうか忘れたが(今でも蕃刀は製造されている)、マレーポリネシア系の容貌そのままに迷彩に身をつつみ、中国軍侵攻の際に山地でゲリラ戦をたたかう準備を日頃行っているようだ。高砂義勇隊というか、山地原住民の伝統がそういうところでも残されているようで、おもしろい。日本のミリタリーおたくはこの予備役高砂部隊に頼んで訓練をともにしてみたいらどうか、などと考える自分が本当はやりたいのかもしれない。
いざというときのためにこうした部隊は必要だし、沖縄の先島諸島にあってもいいのではないか、と思いつつ、衆院選では投票したい政党がいよいよなくなって、誰が国防軍と改名しようと言っていたのかさえ思い出せない、このごろである。
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わけあって、9年前の台湾公視放映ドラマ『風中緋桜‐霧社事件』をじっくり再度観た。
小島源治巡査役の日本人俳優・岩野央さんが、事件後に人間らしさをにじませ、演技がはじけてくる。それが見ていて楽しい。
小島巡査というのは、霧社事件で重要な役割を果たす日本人警官である。未明に各駐在所が襲われて警官が殺されるなか、蜂起蕃のテリトリー内であるタウツァ群の駐在所にいた小島巡査は、電話も切られて、霧社で事件があったことも知らずにいた。そこに二カ所の駐在所を襲撃してきた20名ほどのタウツァの壮丁が戻り、頭目のタイモ・ワリスに蜂起へ加わるよう迫る。しかし小島と懇意のタイモはそれを拒否。後に味方蕃となるのだが、このとき小島がタイモらを得意の押しの強さで説得したとか、そのとき日本軍の偵察機が上空を通り、壮丁らが驚いて小島の説得に乗ったとか、いやいや、小島は壮丁らを脅迫したのだ、とかいろいろ説がある。小島は生きて帰国したのだから、もっときちんと話がまとまっていてもいいのだが、これが霧社事件の複雑さでもある。
小島巡査は『セデック・バレ』ではハンサムで善人を演じていたが、もっと昔の人気ドラマでは設定が悪人っぽく、狡猾で人間っぽい。劇化手法としては後者が王道で、前者はやはり薄っぺら。最後の説明で映画では小島が味方蕃を率い復讐に参じる説明テロップで終わるが、人間がそれではころっと変わるのだから、製作の惰性というか奇妙さばかりが印象に残る。
その点、テレビドラマの方はいい人間ドラマになっていた。ドラマの小島巡査、いや、岩野さん、その粘着質の目とド素人っぽい演技(というか完全素人ですね)は逆に素で、すばらしかった。 このひとはあれ以来、どこで何をしているのか。
ググったら、鼻から牛乳を出す日本人コメディアンが出てきたが、これじゃないだろう。
いや、台湾のテレビでレギュラーを持ち、活躍している(いた?)という情報も。
しかし一度もテレビで見たことがない。。。いや、私があまりテレビを観ないだけか。
小島巡査は数奇な運命をたどり、奇談、美談ともつかぬ事件の顛末がある。それをテレビドラマでは少しばかり描いていたが、事実とは異なる。小島は事件当日霧社公学校のグラウンドで次男を殺されてしまうが、それとは知らずに、先のタイモらを説得した後、彼は中山清という秀才の蕃童を救うのである。中山は霧社蕃ゆえ、タウツァに見つかり殺されるところだった。中山が次男の同級生であることから日頃気にかけていた小島は、中山をその後日本へ帰国するまで我が子として育てる。息子を殺した敵蕃の少年を、今度は息子として迎えるのである。しかも小島は戦後「邪悪」と国民党教育で喧伝された警官のひとりである。
やはりそんな人間くさい人物を演じるのは難しい。雰囲気としては、くさすぎる香川照之が合っているんじゃないか。
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