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走路有風〜 作家・坂野徳隆の書斎からの景色
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先日、某雑誌の仕事で元モトクロス全日本チャンピオンで、WGPレーサー中野真矢らを育てたSP忠男のオーナー鈴木忠男氏に会った。業界では「忠さん」と呼ばれる有名人。1945年生まれなので、65歳の年金支給ながら現役のライダーでもあり、冬でもバイクで温泉ツーリングなどを楽しんでいる、元気な方だ。

60年代に活躍された方なので、62年生まれの僕などまったく当時のレース状況などわからない。話を聞き始めてすぐ、「俺の一番尊敬するレーサーはイトウシロウというんだ」といわれ、あの四角顔のコメディアンが?と反射的に口にしてしまったほどの無知さである。

かなりがっかりした忠さんの顔を見て、後日調べてみると、なんと「伊藤フミオ(史朗)……シロウという音読みが当時の通称だった」というこのライダー、63年あたりに一年ほど大活躍しただけで、拳銃密輸で逮捕、ヤクザとの関係など黒い噂が飛び交うなかレースシーンから消え、ついでに日本からも消えて、アメリカにわたったまま消息不明になっていた、伝説的な「天才」ライダーだったのだ。

「伊藤史朗の幻」(小林信也、CBSソニー出版1985年)という本が唯一彼に関する詳しいドキュメントとして出ていたので、読んでみるとさらに驚いた。伊藤史朗は忠さんの近所、大田区大森の出身だった(忠さんさえ知らなかった……年が6つくらい伊藤が上だから)。それに、映画「汚れた英雄」のモデルになったのはこの人であり、世界で活躍した絶頂期には各界の有名人と親交もあった。石原裕次郎、慎太郎。後者の大先生は史朗をモデルにバイク小説まで書いたいれようだった。

史朗が日本を追われるように出て、アメリカで不法滞在しながら家庭をつくり、働き、悶々とした日々を送っていた様子は胸を打つ。その本が出た後に、史朗は帰らぬ人となったようだが、当時拳銃密輸は海外でおもちゃのような感覚で買い持ち帰る人がたくさんいて、有名人が大勢同時にアゲられたものの、史朗だけが復帰できなかったという。(この辺の事情は所属していたヤマハと問題があったかららしい)

もしもう少し運がよくて、レースに復帰していたら、史朗は日本人初の世界チャンピオンになっていただろう、というのが大方の見方のようだ。つまり、幻のチャンプ、そうなったからこそ忠さんも「永遠のヒーロー」と呼ぶような、ジェームス・ディーン的存在なのかもしれない。

忠さんは一度一緒にこの史朗とスタートラインに並んだことがあるという。最後の浅間火山レースで最初にその勇士を見てから、「なんと豪快な走りだ!」と感激。次は宇都宮クラブマンレースでもっとはっきり目撃、大感激した。自分がヤマハからプロライダーになった後の1959年、長浜でモトクロスの大会があったとき、忠さんはゲスト出場していた史朗と一緒にスタートラインに並ぶ。しかしスタート時にチェーンが切れて、リタイアしてしまった。そのとき、史朗とは話さなかったのか?と聞くと、「雲の上の人だったもの」と首を振る。
「とにかく走りがすごい。あんな走り方見たことがなかった」

僕が生まれたころのあのカラーテレビが誕生したばかりの、翌々年にオリンピックが開催される東京では、とにかく伊藤史朗が頭角を現し、オリンピック年には完璧にブームっていたのだ。僕は世田谷区上馬(三軒茶屋)に生まれ住んでいたので、駒沢公園オリンピック施設も近く、当時の雰囲気をかすかに覚えている。そんな空気のなか、それほど離れていない場所で史朗というライダーが、人々が、時代が弾けていたというのが、不思議で、ノスタルジックなつながりを連想させる。

史朗は死を恐れない走りがトレードマークというか、見る者に圧倒的に訴えた要素だったようだ。石原慎太郎がホレこんだ彼はサムライであり、やはり特攻隊員のような眼をしていたのだろう。死を恐れないその様子を慎太郎は讃辞している。本当の男だ、というかんじで。

慎太郎が三宅島でマン島TTレースのまねごとをしたい、というプランを思いついたときも、きっと伊藤史朗のことが頭にあったにちがいない。だいたい、そんな危険なレースをすることなど、時代錯誤もはなはだしい。慎太郎の頭のなかでは、伊藤史朗とともに、レースに対する見方が、時間がとまっているのだ。本当の男なら、伊藤史朗のように走ってみい、とでもいいたいのだろう。あれほど大騒ぎ、アホ騒ぎをして、都税を無駄に使いまくったイベントに、僕は伊藤史朗の亡霊を見る思いがする。俺を捨てた日本、ざまあみろ。ヤマハもざまみろ。外車しか出ないイベントがちんたらと進む脇で、俺は一人、亡霊となって火山道をつっ走っているぞ。俺を追いかけてくる勇気のあるやつがいたら、こい、と……。

政治家も競争者も、必死で、突き抜けた男が見られない時代ゆえ、そんなヒーローを想う慎太郎の気持ちがわかるこの頃である。

そうそう、これとは関係ないが、いま、特攻隊関連の取材をしたいと思っている。

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終戦後のインドネシア・バリ島で、現地独立戦争に参加するため日本陸軍を離脱した平良氏。
三人の仲間、そして後に二十名近くに増えた海軍出身者などの仲間が全員捕虜、行方不明、死亡した後、彼はたった一人となって、バリ島山岳部のジャングルでゲリラ戦をたたかい、3年間生き抜いた。

氏は敵の密偵や村人の裏切りだけでなく、亡霊や魑魅魍魎にも悩まされながら、ときには穴を掘って日中そこに潜み、反撃のタイミングを計っていた。そのときの話を平良氏から細かく聞いていたころ(平良氏は数年前に他界している)、氏だけでなくほかの日本兵たちの派手な活躍や自爆的な攻撃の話に感銘を受けていた私は、「3年間の山籠り」に違和感をおぼえた。人並みはずれた戦闘能力を持っていたにもかかわらず、なぜそこまで自分を抑えられたのか。いや、抑える必要があったのか、と。

もちろん、極限状態に置かれた人の気持ちを想像するのは簡単ではない。一瞬の気分的な落ち込み、自制心のタガが緩んだときに彼のような人は自暴的になる。死に場所を探していたわけではないのだから(氏はとにかく故郷・沖縄へ帰り、母親に会いたかった)当然サバイバルと戦闘のタイミングとバランスをとりながら、それでも絶望の淵に沈まないよう、頑張っていたのである。

日本は今、未曽有の世界的経済危機に巻き込まれ、市井のあらゆるレベルにまで影響が出ている。苦境にあるとき、頼りになるのは折れぬ己の心しかない。

そういえば、先日、某雑誌の取材で元GPライダーの平忠彦(たいら ただひこ)氏に会った。同じ「タイラ」だが、私は彼にも偶然ながら、サムライの面影を感じた。
華やかなGPでの成功イメージが、「汚れた英雄」や「Tech21」CMのイメージに重なり、さぞかし順風満帆な人生を送ってこられたのだろう、と思いがちだが、そこには艱難辛苦のワインディング、恥を捨てたピットインが多々あった。平氏から感じたのは、驕らず、自分を律し、引き際を見極める慎重でときに周囲から「もったいない」と言われるような思いきりの良さが、いかに大切か、ということだった。

平氏は、「無事是名馬」(ぶじこれめいば)=成功などしなくても、無事に走り切れるほうが大切……を座右の銘にしていた。いかに自分の志操を堅持しても、倒れてしまっては意味がない。恥を捨て、がんばることがサムライなのである。

1994年のこと。僕はバリ島によく気侭に旅行し、ウブドゥあたりを定宿にしながら、さまざまな島の文化、伝統、事象に興味を持ち、資料や書物、噂話にアンテナを張っていた。フットワークも軽く、バイクでデンパサールなど一日に二度も往復できた。そんな僕の耳に入ってきたのが、平良さんという、旧日本兵の存在だった。
デンパサールに、その人はいるという、バリ人の噂だった。
日本人がバリ島における独立戦争に参加したことは聞いていたが、ゆいいつ生き残り、戦後もバリに定住しているのは、彼だけだという。
驚いた。
さっそく、デンパサールの自宅を探しに、バイクでウブドゥを出発した。

独立戦で何十人も敵を殺した、虎のように強力を秘めた、長身の翁だ、という噂を聞いていたので、どんな人が現れるのかと、玄関に立った僕は緊張した。
「日本語は最近よくしゃべるから、流暢になったんだが、ときどき忘れたらすみませんね」
といい、平良さんは気さくに笑いながら現れた。
しかしその眼は鋭く僕を品定めし、意思の強さを感じさせた。
最初は、小説を書くネタにさせてもらいたいと思い、取材をお願いした。
平良さんは後年体調の悪化とともに老衰が加速するが、当時まだとてもお元気で、矍鑠としていた。

「しかし全部話すとなると、時間がかなりかかりますね」と困惑しながらも、話し始めてくれた。
その記憶力には驚かされた。何度もご自宅に通っているうちに、これは小説のネタどころのはなしではない、と思い始めた。

こうして、平良さんの話は紡がれていくことになったのだ……。

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