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この3年ほど特攻隊の本を読み漁ってきた。去年はいくつか特攻隊関連本が人気をはくした。そして今年はじめに出たのが、根本博中将を書いた『この命、義に捧ぐ』で一躍有名になった門田隆将氏による『蒼海に消ゆ 祖国アメリカへ特攻した海軍少尉「松藤大治の生涯』である。
この本のネタを初めて聞いたときは、興奮した。日系アメリカ人がアメリカを敵国とし、日本人として特攻して死んだ。兄弟で日米に分かれて戦った有名な「ネタ」同様、国、アイデンティティー、肉親らとの葛藤が相当あり、それは面白いドラマが提示されるのだろう、と思った。
しかし、である……。
『この命……』が手放しで面白かったので期待して読んだせいか、がっかりする本だった。主人公の手記もなく、同僚の生き残りや関連資料など周辺情報から埋めていくしかなかったからだろうが、主人公の日系アメリカ人青年の顔や姿が何度もおぼろげになり、魅力が伝わってこない。特に中盤の学生時代など眠たくなるほどどうでもいい周辺情報のオンパレードで、私は本の主人公の名前も忘れてしまい、ときどき表紙を見ては、青年の名前を確かめながら読むほどだった。これは何の本だったのか、と、趣旨を忘れてしまうのである。期待したような国籍などの葛藤は語られず、文字を埋めるように集められた情報が無機質に、美的修飾もなく、だらだらと続いていく。節の終わりに、感動を無理やり呼ばせてください、とばかりの数句がかならずつくのも、疲れてしまった。
これだけ面白そうなネタが、なぜこうも不完全燃焼で終わってしまったのか。ネタだけで絶対に感動を呼べるレベルのはずである。たとえば、『ホタル帰る』はアマチュアの主人公の娘と音楽評論家の共著だが、涙なしには読めず、感動は最初から最後まで続き、主題も貫きとおしていた。すばらしいの一言だった。
ならば、『蒼海……』のネタ自体が思ったほどではなかったのか? そうは思えないだけに、不思議である。対象への精神的接近度、温度が作者には合っていなかったのか。どうであれ、私はひとの作品をどうの言える立場ではまったくないが、一読者として、またノンフィクションを書く者として、疑問はあえていいたい。先日、この作者は盗作で訴えられた際、こんなことで訴えられては日本のノンフィクションは絶滅する、というようなことを発言したらしいが、別にそんなことで日本のノンフィクションは死なないし、贅沢な取材費を出してくれる出版社のバックがなくてもノンフィクションは書けるのである。
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