|
一遍路の自伝・夢遍路
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
二、 仏 縁
「お遍路さん」と呼び止める声がする。
ふと振り返ると、自転車に乗った御婦人が円心を追って来るではないか。並び立つとその御婦人は
「これお接待」と言って、千円札を円心に手渡そうとするのだった。呆気にとられていると
「これ途中で飲んでください」と、今買ったばかりと思しきペットボトルを買い物袋から取り出し、両の手でささげ持って手渡されるのであった。
円心は合掌をしてそれを頂き納め札を取り出し日付を書き込もうとする時、その御婦人は
「いらない、いらない、しっかり頑張って下さいね」と言って、今来た道を戻って行くではないか。なんというお人だ。わざわざ追って来てまで、・・
布施の心、喜捨の心を持ってしっかりと仏道を歩まれている。
円心はその後姿に菩薩を見る想いで深く一礼し、合掌する手に珠の涙を落とすのだった。
「南無大師遍照金剛」と一声唱え
「自らを正さねば、真実遍路しなければ、このお接待を受ける資格も、この白衣をまとう資格もない」と自戒せずには居れない思いであった。
次の札所は郷照寺、見上げる空は薄茜色に染まろうとしている。今宵の宿も定めねばならない時刻である。確かこの先に地蔵堂が在ったはず、近くにスーパーも在ったろう。地蔵堂では火を使えないから、何か夕食を買わなければと心騒ぐものがある。
《身豊かに 心貧しき 人の世に 菩薩ましまし 我を導く》
また一つ心洗われてトボトボと歩く遍路道、行く手には三ヶ寺を抱える峰があり、結願の寺大窪寺も後数日の道のりだ。
地蔵堂に着いた円心はペットボトルの水で三業懺悔の意思表示、手を洗い口をゆすいで杖の足を洗った。扉を開け中に入ると、杖を置き荷を降ろした。先ずはお参り、ロウソクと線香を立て何時もの様に勤行次第を一読し、くつろぎのひと時を持つ。
一時間ほどの間に三人ばかりの歩き遍路が通ったが、誰もこのお堂を見向きもしない。歩き遍路が八十八ヶ寺だけを巡る、それで何になるのか、心を洗うべき遍路行がそれで良いのか。
歩くと言う字を見てみれば
「止まれ少し」と書くではないか、なぜ歩かないのか、なぜそんなに先を急ぐのか。真実遍路のあり方をなぜ探求しようとしないのか。人それぞれとは言えうら寂しさを覚える円心である。
「近くのスーパーへ買い物に行こう、そろそろ値引きもされていようから」と座を立って表に出て見ると、あちらこちらに明かりが灯り夕闇に包まれてゆく。その中をスーパーへと足早に出かけていった。スーパーでは案の定半額品がちらほらと見受けられた。円心は三食分を買ったが六百円で事足りた。
お堂に帰り着くと小銭を賽銭箱に入れて合掌。自らの誓願の道を歩むべく、この命に感謝。
「南無地蔵菩薩、導きたまえ我が誓願の道」
食事を終えた静寂の中、今日一日を振り返ると人の心の表裏を見る思いがした。
さっきの人のように菩薩の心を持つ人が居れば、遍路をけぎらう人も居る。
昼近くの事であったろう。コインランドリーの前を通りかかり、喉が渇いていたのでお茶でも買ってランドリーの中で一休みして行こうかと思って、ランドリーの前の自販機でお茶を買って中に入ろうとすると、そこのオーナーらしき御婦人が
「洗濯されるんですか、そうでなかったら入ってもらっては困ります」と、けんもほろろであった。
円心は、まだ洗濯をするまでもないので仕方なく歩き続けた。しばらくするとバス停のベンチが在ったので、冷たいうちにお茶を飲みながら一休みしようと、脇に荷を降ろしベンチに腰を下ろしたのだった。
重苦しいその心は、さっきの出来事で霧消したかのように晴れやかになったのだが、己が心中にもこの二人が同居しているように思えてならない円心である。
好天に恵まれて、あっという間に数日は過ぎていった。
円心は今、八栗寺を打ち終えて六万寺の門前にたたずんでいる。時刻はまだ夕方の五時少し前であり御住職の来られる六時までにはまだ間があるので、境内をお参りし御住職の来られるのを待って、今日はここに宿を取ることにしたのだった。
この寺は源平合戦で名高い、幼い安徳天皇の行在所となった由緒ある寺であり元は広大な寺域を有していたものと聞いている。
本堂の前で読経し、いくつかの堂宇、石仏に参り一休みしていると近くの団地の子供たちが鐘を撞こうと集まって来た。その中の年かさの女の子は円心の事を覚えていて
「和尚さんまた来たの」と声を掛けてきた。坊主頭に作務衣姿ではそう思われても仕方のないことだが、円心は
「和尚さんじゃないよ、お遍路さんだよ」と微笑み返すようにその子を見つめて言った。その子は首をかしげながら
「和尚さんのお友達」とまたしても聞いてくる。
「お友達じゃないけれど何時もお世話になっているんだよ」と答えると
「じゃあ又来るといいよ」と円心を歓迎してくれているようであった。
そうこうするうちに御住職が来られ鐘を撞く時刻となったので、子供達の鐘を撞く姿を眺めながら合掌し、世の平安を祈る円心であった。
鐘を撞き終えた子供達に御仏のお下がりのお菓子が振舞われ、ご多忙な御住職にもやっと安らぎのひと時がおとづれる。そこで円心が今夜の宿りを願い出ると快く受けて下さり、通夜堂の鍵が開かれた。
通夜堂で荷の整理をしていると何時ものように、ポットにお茶、お茶菓子をお接待下された。
「こんな物しかないが」と巻き寿司までもお接待を受けることとなったのである。
「何と美味なる物か、心尽くしのお接待」と欠けた歯で噛みしめる円心がそこに居た。
後三日の行程である。今夜はゆっくりと休ませて頂こうと、食事を終えるや寝袋を出してすかさず横臥した。
またしても越し方を振り返る円心であった。
「私はこの七度の遍路で何をし何をされてきたのか」を思わずには居られず、
ついつい愚痴の出る始末であった。
バス停を我が物顔に占拠する自転車遍路。広々とした海部のバス停で「私は一人でしか寝られないのであんたは他に行ってくれ」と言う人。又、神峯寺下のバス停でもまだバスの通る時間から、自転車を中に入れ乗降客の座る余地も無い程に占拠して寝ている人。小田町の先の休息所の東屋では、まだ明るい内から東屋の中にテントを張り自転車までも中に入れ、あまつさえ出入口を塞ぐという愚行を演じる人まで居た。
数え上げればきりが無い、ついつい愚痴が口をつく円心である。
己のして来た事と言えば、あまり悪さをしたという覚えは無い。しかし気付かぬままに人の心を傷つけて来ているかも知れないと自戒せずには居れないのであった。特に善い事をしたという記憶も無いがあえて挙げるなら、・・・・・。
二度目の遍路の時、伊予三島近くで火事場の第一発見者になった時の事が挙げられるだろう。三角寺を目指す道中、あまりの暑さからハンカチでも買おうとして小店に立ち寄った時の事である。
店の外壁の下から煙が這い上がるように見えたので、店の女主人に
「何か焚き物でもされているのですか」と尋ねると
「何もしていないよ」との返事。
あの煙は何だろうともう一度覗いて見ると、煙は以前に増して立ちのぼり奥の二階家から火の粉が散るのが見え、あっという間にボンという音と共に火柱が上がった。円心はとっさに
「火事だ、消防に連絡を」と叫び、その店の裏に回り火事場の二階家を確認すると、まだ一階は外に見える様な火の気は感じられなかった。
そこで円心は、向いの小学校の校舎から傍観している教師や生徒に向かって、
「消火栓とホースを大至急用意して下さい」と叫ぶと、その教師は何と言ったことか
「もう手遅れだ」と言うばかりで何も手を打とうとはしないのだ。
何という教師か、仮に間に合わないとしても、中に人が居るかもしれない状況で、その神経が理解できない。まだ火の手が上がったばかりで打つ手は幾らでも有ろうものを、生徒全員でバケツリレーをしてでも火を消そうとする行動が有ればそこに、知識の受け売りではない生きた教育が出来るものを。
こんな教師に教えを受ける生徒こそ哀れに思われる円心ではあったが、己一人の力量にあせりを感じながら、消防団の到着を待ち消火を手伝った。
火はあらかた消されたように見えたので、到着した消防車の長とおぼしき消防士に
「火はおさまって来ている、もう突入しても良いのでは」と訴えると
当の消防士は
「防護服を着終わらないと入れない」と言うではないか。
円心はあきれてものが言えなかった。燃えているのはせいぜい六畳二間位の物その一・二階である。防護服が無くとも口を塞ぐだけで、中の状況を確認する事位はたやすく出来るはずだ。
己の身可愛さに、中に居るかも知れない人の命を軽んずる消防士とは。この消防士にしろ教師にしろ何という世の中であろう。と嘆かずには居れぬ円心であった。
円心はためらう事無く一階の窓から入ろうとしたが開かず、蹴破ってでもとあせる中、近所の人から声が掛かった
「その戸は開くよ」と言われるまま、強く戸を引くと人一人出入出来るまでにはたやすく開いた。
中を見ると、一階部分には全く火の気が無かった。円心は足場に注意し
「誰か居るか」「誰か居るか」と声を掛けながら二階へ駆け上がった。
そこは今にも焼け落ちそうな壁や柱が見えるばかりだった。現場検証が済むまでは物を動かすことは出来ないが焼死体の有無を確認するため、消防団員に放水を止めるよう促して室内を見渡すが、幸いにも死体を発見することは無かった。
外に出て中の状況を説明し終わると警察官から、火事場の第一発見者として事情聴取を受けた。まるで過去の取調べの時のようにさえ感じたひと時ではあったが、放水でびしょ濡れのまま、今日は戸川公園で一夜を明かすよりないと思い定めて、現場を後にしたのだった。
そして三度目の遍路でその現場に立ち寄り小店の女主人に聞いてみると、燃えたのは向いの床屋さんの建物だったとの事で、
「寄ってあげたらきっと喜ぶよ」と言われるままに円心はその床屋の戸を開けたのだった。
思いもよらぬ歓待を受け
「ここを通られる時はまた寄って下さい」と暖かい言葉を頂いたばかりか、身に余る金子までも頂く事となった。
それ以来ここに立ち寄る度に幾ばくかの接待を頂いている。偶然にもその時そこを通っただけなのに、それを見た以上、やるべき事をやっただけなのに、・・。
このお接待に甘え続けて良いものだろうかと自問しながらも、自らの誓願の為
この身を生かさんが為、甘え続けて来た円心である。
その家の奥さんが一年先にお亡くなりになろうとは想像もつかぬ事であった。
人は明日を見通すことは出来ない、今という時を精一杯生き切ることのみだ。
己を正さずして人に説く事は出来ない、今の自分、こんな己で善いのだろうかと自問するばかりの乞食遍路。
悪縁ありてまた良縁あり、気付きを得ることは観世音の諭しに他ならないと思われる円心であり、卑しき境涯も今の己に導く糧であったと逆縁にせよ仏法に出会えたことに言い知れぬ喜びを感じる円心である。
「南無大師遍照金剛」八十八ヶ所巡拝の四国遍路への風習、お接待に、今は甘えさせて頂こう。
己の誓願
『三念流布』『癒しの道場創設』の芽が吹くまでは。
見返りを求めぬ布施の心を持たせて頂こう。それが私をここまで導いて下された御仏への報恩である。
縁浅からぬこの六万寺さんで想いを新たにする円心である。
庭で鳴く虫の音を聞きながら静かに眼を閉じ安らぎの眠りにつき明日を夢見るその寝顔はどこか寂しげであった。
円心の道心堅固成らんことを。
|
|
全1ページ
[1]






