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四国霊場開創千二百年によせて
古くは鳴門岡崎港に上陸し撫養街道を通り一番札所霊山寺(りょうぜんじ)へと歩かれたものです。その道中には
駅路寺としての 長谷寺(ちょうこくじ)
霊山寺奥の院としての種蒔大師 東林院
(古くは大麻比古神社が奥の院でした)
霊場開創の基となった談義所 十輪寺が点在し、これらの寺で巡拝作法等の指南を受け時には一夜の宿を請い霊山寺へと向かうここに遍路の第一歩が印されたのです。
駅路寺
長 谷 寺
種蒔大師
東 林 院
談義所
十 輪 寺
一番札所
霊 山 寺
四国遍路の歴史を垣間見れば
弘法大師空海による曼荼羅世界をこの四国に具現すべく、十輪寺における霊場開創に向けての談義があり、五年後には現在の一番札所において修行の後竺和山霊山寺と命名す。ここに開創初年を印す。
僧侶や山伏等修行者の霊場がやがては高野聖等の手によって全国に広まり、命がけの懺悔旅をした衛門三郎を遍路の太祖と仰ぎ、真念によって広く庶民の信仰の場となり修行の場となっていった。
遍路道は数知れぬ遍路の血と汗と涙で踏み固められた道なのです。
四国における接待の風習は修行者に対する布施であり、その風習が今に伝わるのです。
遍路は懺悔の旅であり、自らに布施の心を養う旅であり、自然との対話の中に仏を観ずる旅であり、発菩提心(発心)の芽が結実する時そこに利益・功徳が現れる、これこそが結願ではないでしょうか!
経本に見る経文は仏の教え、弘法大師の教えでもあります。
自分なりに理解し実践するところにこそ結果としての利益・功徳が現れるのです。
遍路文化の継承にはマナーの向上と信仰心を高めることが求められるのではないでしょうか。?
歩き遍路こそ遍路の原点、歩き遍路への偏見を無くし旧遍路道を復活させることこそ世界文化遺産登録への礎ではないでしょうか。?
皆様のご意見をお聞かせ願えれば幸いです。
南無大師遍照金剛
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行事
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謹 賀 新 年
2014年平成26年の幕開け
大きな災害に見舞われた近年
未だその傷跡は癒えず避難生活を強いられる人々
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます
この一年がより良い年でありますように
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