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知らぬ間に、言葉が変わっていることがある。
それが人の名前だったりする。
僕がもっとも大きなショックを
覚えたのは、
「2003年宇宙の旅」や「シャイニング」の鬼才、
スタンリー・カブリックが
あるとき、よくよく見たら
「スタンリー・キューブリック」に
変わっていたときだ。
あれには焦った。
これほどのショックではないが、
看護婦は「看護師」に、
インシュリンは「インスリン」に、といった具合で
知らぬ間に、地球が回っていることがある。
それに気づいたときは、
なにかしら世間の動きに遅れをとったような
後ろめたさがある。
新聞もよく、これをやる。
「これまでビルマと表現してきましたが、
これからはミャンマーと表現します」ふうの。
そんなこと、知らなかったが、
彼らは、いつ「告白」するか、
けっこう悩んでおったらしい。
そんな「思い切って言いますが・・・」
ふうの、雰囲気が感じられる。
「あしたから、東国原知事と表現します」というのも、それだね。
あの決断はよかった。
そうでないと、新聞は「そのまんま」の氾濫で、
まるでギャグになってしまうところだった。
それぞれに都合あってのことだろうが、
それは進歩なのか、擬態なのか、
それとも、たんに「訂正」なのか。
そういえば、「自衛隊」だって、
かつて、警察予備隊と称していた歴史がある。
それが保安隊となり、自衛隊と化した。
いずれ「陸軍」「海軍」となるのは
目に見えている。
「ギョエテとは、俺のことかとゲーテ言い」とは、
翻訳語が日常茶飯、飛び出していた頃の、
明治の狂歌であるそうな。
そんな例、沢山ありそう。
どなたか、ご存知ですか。
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