パンとサーカス、又は、弓箭の道、すすむをもって賞とす

ミンス党政権組閣を機会に、ブログを始める決心をしました。政治・メディア環境, 読書メモその他日々の雑感です。

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遠交近攻

今朝ほど出勤前にワイドショーを観ていて想起させられたことがあった。
昨日の党首会談での谷垣総裁とポッポの普天間基地移転問題をめぐるやり取りの後に把瑠都関の大関伝達式の模様を眺めていた時である。過去の政治的、教育的な情報操作のために国境国土(資源)防衛概念が希薄な国民が多数存在する一国の現首相が持つ「駐留なき安保」という国家安全保障観と、明治期の清とロシアからの帝国主義的脅威に晒されていた日本の当時の政治家官僚軍人たちの気概の差異に、いまさらながら隔世の感を覚え、果たして我々は彼らの正当な子孫であるのか、その意思を尊重し伝えきれているのかと疑念を感じた。

なぜこれら連想をしたのかと言えば、把瑠都の四股名とエストニアでのメディアの様子から、福島安正と明石元二郎の逸話を思い出したからだ。

福島安正は明治25年、40才の少佐時代に一年4ヶ月をかけ、途中病魔と闘い何頭も馬を乗りつぶしながらベルリンより単騎18000キロのユーラシア大陸横断を果たした陸軍軍人だ。近い将来日本に対してロシア帝国からの圧迫が強まると考え、シベリア鉄道工事の進捗やロシア周辺国情などを調査するために危険を顧みずに望んだ大旅行であった。彼はペテルブルクに向けバルト三国を通過するにあたってロシア政府に対するかの地の反政府独立運動家の存在を報告していた。

その十年後、明石元二郎大佐は日露戦争前より在ペテルブルク公使館付武官として反ロシア政府主義者に対して資金援助を行い、開戦後はストックホルムやジュネーブに舞台を移して、フィンランド、ポーランド、バルト三国の独立運動や対ロシア抵抗運動に対して金銭や武器等の援助を行った。帝政ロシアを欧州側から弱体化する戦略を実行した人物である。

把瑠都関の生まれ故郷のエストニアはフィンランドにバルト海越しで国境を接し、言語民族的にも共通な国家である。シベリウスの「フィンランディア」の例を出すまでもなくこれらの国々ではロシアに対する抵抗感が根強い。

敵の敵は味方であることからも、旧ワルシャワ機構衛星国に親日家を増やすことは、日本の国益にかなっている。隣国が親日的でなくても、それら国々に接する国と交流を深め親日観を醸成することは重要であり、日本相撲協会は想定外の役割を果たしているのかもしれない。

十九世紀の日本を取り巻いていた帝国主義的膨張活動と相似する動きが現在の日本周辺の国際環境である。それは華戎秩序再構築とか不凍港獲得を目指すとかではなく、水、食糧、化石燃料といった資源獲得と
人口や公害の拡散問題を軸に国家が変容しようとしているがためだ。

沖縄の基地の存在を国家戦略として大上段から語る政治家を見ることはいつになるのだろうか?

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