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まずは、天皇陛下におかせられましては、御即位二十年をお迎えになられましたことを心よりお祝い申し上げます。
いつも引用している一般紙記事と同様な扱いで恐れ多いのだが、昨日のご会見のお言葉の一部を引用させていただく。
天皇陛下 『今日,日本では高齢化が進み,厳しい経済情勢とあいまって,人々の暮らしが深く案じられます。そのような中で,高齢者や介護を必要とする人々のことを心に掛け,支えていこうという人々が多くなってきているように感じられ,心強く思っています。皆が支え合う社会が築かれていくことを願っています。
平成が20年となり,多くの人々がお祝いの気持ちを表してくれることをうれしく思い,感謝しています。
この機会に,我が国の安寧を願い,国民の健康と幸せを祈ります。 』
皇后陛下 『国の進む道で,避け得る災難は,人々の想像の力と英知で出来得る限りこれを防がねばなりませんが,不測の事も起こり得ないことではなく,これからの日本の前途にも,様々な大小の起伏があることと思います。振り返ると,私がこれまで生きてきた年月の間にも,先の大戦があり,長い戦後と,人々の並々ならぬ努力によって成し遂げられた戦後の復興がありました。多くの苦しみ喜びを,人々は共に味わい,戦後60年の歴史をたどってきたと思います。(中略)平成20年の区切りの年に当たり,陛下と共に国の安寧と人々の幸せを心から祈念いたします。(中略)心配を持ちつつも,陛下と共にこの国の人々の資質を信じ,これからも人々と共に歩んでいきたいと思います。』
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h21-gosokui20.html
海外で生活をしたり仕事に従事する時間が増えると、あるとき突然に日本国とその文明の持つ特殊性に気づかされる。日本がいかに安全だとか、女性が地下鉄で居眠りしている、水がおいしいとか、あまりに言い古された差異は多い。
しかしそれら以前に心の問題として、他国と全く環境の異なる歴史の流れの中にある自国の存在と、そこから離れて暮らすときに感じるそこはかとない寂寥感がある。この違和感の原因は何かと突き詰めると、その中心にあるのが他国に存在しない天皇陛下と皇室の存在だと思う。
短く見積もっても1500年、仮に伊勢神宮の祭神である天照大御神が卑弥呼に比定され、皇室の氏神としての先祖神信仰であり、万世一系における血統の継続があるとすれば、卑弥呼の没年と考えられるAD247−248年から1800年は続く、世界史上にない皇統である。
皇室を「天皇制」と称し、あたかも改正したり廃止できるような制度であるように扱う多くのメディアは、今日の皇居前の記帳の波を苦々しく思っているに違いない。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/091112/imp0911121111013-n1.htm
お隣の国ではただの挨拶言葉に貶められているが「安寧」というのはいい言葉だ。
とりあえずは細々とではあるが、国の安寧を脅かしているミンス党連立政権への抵抗を続けていきたい。
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