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ナトリウムの架鉄ブログ
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・伊島電鉄
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「資料」に「JRツアーズ団体臨時列車乗り入れドキュメンタリー」追加
※JRツアーズ(http://www013.upp.so-net.ne.jp/tamaden/)は私ナトリウムの製作物ではありません。ただし、当記事の企画はナトリウムが独断で行っているものですので、先方に問い合わせる行為はお止めください。

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「伊島線:JRツアーズ団体臨時列車乗り入れドキュメンタリー」
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伊島電鉄伊島線は逢瀬海岸への観光輸送を担っています。かつては東海道本線との直通優等列車が運行されていましたが、羽原に新幹線駅が開設されてからは定期運行は無くなっています。とはいえ直通列車の需要はまだあり、現在でも繁忙期の週末には東京駅や新宿駅から逢瀬海岸駅までの臨時特急が運転されています。
そして当然、ツアー旅行などの団体列車もしばしば直通してきます。その中でも、JRツアーズによるあるツアー団体列車の伊島線内での運行について、ご紹介しましょう。

〇JRツアーズについて
JRツアーズはJRグループの一社。国鉄が分社民営化された際に、管轄をまたぐような広域にわたる団体列車の運行を担当する会社として置かれました。

今回ご紹介する列車は、JRツアーズ主催「お座敷列車で行く逢瀬海岸日帰りツアー」に使用される団体列車です。このツアーは東京側発着で、逢瀬の滞在時間は7時間です。動きを追っていくと、まず到着後バスで逢瀬港へ移動し、海鮮料理の昼食ののち、午後は逢瀬港から展開している多様な海洋体験企画「らぶまりんプログラム」のうち2つに参加します。その後再び逢瀬海岸駅へ移動し2時間半の自由時間が取られます。この間は海水浴もショッピングも可だそうです。逢瀬海岸駅出発は夕方6時で、復路の列車内では西伊豆産のブランド肉「伊豆牛」を用いた夕食が提供されます。日帰りながら逢瀬海岸の魅力を存分に楽しめる行程だと感じます。
では、本題の列車の運行について説明しましょう。列車は午前8時に東京駅を出発し、品川駅、横浜駅でも旅客を乗せてから、東海道本線を走り羽原で伊島線に乗り入れて、午前11時に逢瀬海岸駅に到着します。復路は午後6時に出発、羽原での運転停車で車中で供される夕食を積み込み、往路と同様横浜駅と品川駅に途中停車し午後9時に東京駅に到着する行程です。
使用車両はJRツアーズの485系8000番台「とりのうた」。今回は3両編成で、お座敷タイプでの使用です。なおこの形式は、現在新型車両による置き換えが進められており、東京口の運用は激減しています。そのため、伊島線に乗り入れるのは今回が最後になるとみられています。
所要時間はお分かりのように往復ともにそれぞれ約3時間、正確には往路が2時間58分、復路が3時間3分です。直通臨時特急が3時間15分かかるのに比べて、大きく短縮されています。これは、JRツアーズ側の方針として、「旅客の疲労を考慮し片道を3時間以内に収める」というものがあり、これに則って再速達のダイヤが組まれているためです。東海道線内もそうですが、伊島線内においても、185系5連の臨時特急と違い全ての交換設備が対応できる3両編成であることを利用して、急行「みさご」と同等の所要時間30分(臨時特急は36分)で走破するダイヤを設定しています。
さて、今回筆者はこの団体列車の伊島線内走行時の運転室を取材しました。列車は直通臨時特急と同様、羽原駅西方の羽原貨物ターミナル内の連絡線を通って東海道本線から伊島線に直通するので、乗務員交代はその前に羽原駅JR東海道線ホームで行われるのですが、この交代の際に運転室に同乗させてもらったのです。ここからはその運転室の様子をお届けします。

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羽原駅の、伊島線ではなくJR東海道線のホームの先端で運転士とともに列車の到着を待ちます。今回伊島線内の運転を担当するのは島居理奈運転士、伊島電鉄唯一の女性運転士で、筆者とも個人的親交があります。
筆者「JRの電車に乗務するのは初めて?」
島居運転士「いや、臨時特急ならあるんだけど、485系はね…」
筆「ああ、運転台があれだけ高いとやっぱり不安?」
島「そうだねー」
ご存じの通り485系は下に貫通路を配置できるほどの高運転台です。伊島線では車両限界などには引っ掛かりませんが、あのような高運転台車が走ることはめったにありません。
筆者らが話をしているとまもなく、列車が滑り込んできました。薄紫の車体が上品な「とりのうた」号です。
JRの運転士と軽く会釈を交わしてから、島居運転士に続いて乗務員室に乗り込みます。計器類を確認したのち、発車合図のブザーとともに彼女はマスコンを動かして列車を発車させました。
少しだけ東海道本線の線路を走ると、前方にポイントと信号機が見えてきました。左の分岐側に開通しています。島居運転士はそれを確認して、制限速度に気を付けながら列車を分岐に進入させます。短絡線は普段通らないところなので、慎重になるのです。
並んで留置されているタンク車を横目に、列車は短絡線を無事通過し、伊島線の本線に合流しました。
島「ふう…」
筆「緊張した?」
島「少しね。一応前にも通ってるから。でも、まだ気は抜けないかな、視線の高さが全然違うし」
列車は順調に走り、西羽原車両区が見えてきます。留置線にはJR東日本の185系が停まっていました。今日は繁忙期の休日なので、臨時特急も運転されているのです。この185系編成は、夕方の復路の運用までここでお休みです。
まもなくすると西羽原駅を通過します。駅の近くの線路沿いで手を振る幼い子供たちを見つけ、島居運転士が警笛をサービスします。
島「見慣れないどころか、あの子たちからしたら初めて見る車両だよね」
筆「だろうねえ。私だって今日初めて見たもん」
列車は市街地に入り、羽原市では最初の交換を行います。分岐制限45キロまで速度を落として、駅を通過します。
島「ノンストップだけどこういう減速がわずらわしいなあ」
筆「まあ羽原市は本来急行も停まる駅だからね。そういえば伊島線で一線スルーの駅って好見と志野川だけだったよね」
島「えっと、そうだね。まあ好見は有効長やたら長いから、複線みたいにも見えるけど」
一線スルーとは単線鉄道の交換駅において、片側の線路を直線にすることで分岐通過の減速をなくすことができる方式のことをいいます。伊島線では60年代に、東海道本線直通特急の運行開始に合わせて整備されました。
さて、列車は羽原市街地を抜け、田園地帯を快調に走ります。雨恋駅手前の曲線を抜けるとしばらく直線区間となり、路線最高速度の時速85キロで駆けてゆきます。
イメージ 2
島「この車両ってすごく電気食うって聞いたんだけど、そうなの?」
筆「電気食うっていうか、起動時の電力がかかるんだって。だから、そのあたりに電流を制限するスイッチとかあるでしょ?」
島「ああ、これね。でもウチでは使わなくていいんだ」
筆「ウチは貨物列車があるからね。重連の電機が走れるんだから、それなりの電力設備があるのよ」
「とりのうた」号は全国各地の様々な路線に乗り入れます。当然、設備の貧弱な路線に入ることもあるため、それ用の機能として使用電力を抑える装備があるそうです。しかし伊島線は先述の通り、貨物列車の運行に対応するため電力設備の容量が大きく造られているため、この機能を使わなくてよいのです。…とはいえ、信号設備などの関係もありそこまで速度が出せる訳ではありませんが。

檜戸駅を過ぎ、伊島台地に登ると、再び速度を上げます。林を抜け、先ほど話題に上った好見駅を高速で通過します。台地を快走し、伊島駅を過ぎて「100度カーブ」を抜けると、下り勾配に差し掛かります。
島「あ、抑速は発電ブレーキなんだね」
筆「まあ、回生で架線に戻されても困っちゃうよね。使う列車いないし」
発電ブレーキと電力回生ブレーキは似ていますが、簡単に言えば減速で生じた電気を熱に変えて処理するか架線に戻して再利用するかが違います。列車数が多い路線では電力回生ブレーキを採用した方が省エネルギーになりますが、伊島線のようなローカル線では電気を再利用してくれる列車が少ないし、ブレーキの信用性の面からも発電ブレーキの方が適しているといえます。実際、伊島電鉄の車両にも発電ブレーキが搭載されています。
さて、勾配を下り終えると、西に走って志野川を渡り逢瀬町に入ります。長旅もまもなく終わりです。
逢瀬駅を過ぎ、車窓に海が見え始めます。海岸沿いを少し走って、小さな終着駅逢瀬海岸に到着します。列車は線路が逢瀬新港の方へ繋がっている一番線に入線しました。
イメージ 3
島居運転士は衝動に気を付けながらブレーキをかけ、列車を停車させました。
島「ふうー」
筆「お疲れさま」
島「ありがと。でも、まだちょっとあるけどね」
彼女の言うとおり、列車が終着駅に着いたのでおしまい、という訳ではありません。2本しかない終着駅のホームの一方を7時間も独占するわけにはいかないので、邪魔にならない所に移動し留置しておくのです。臨時直通特急の場合は、先ほどあったように、逢瀬海岸から西羽原まで回送して5両編成でも納められる車両区脇の留置線に停めておきますが、この日はまさにその臨時特急編成で西羽原の留置線は既に埋まっているため、「とりのうた」号をそこに入れることはできません。さて、どうするのでしょうか。
島「出発進行ー」
島居運転士は歓呼して、旅客が降車しきって空っぽになった列車を動かし始めます。逢瀬海岸駅のさらに奥へ進んでいき、海沿いの単線を走ります。
島「にしても、まさか逢瀬新港使うなんて思わなかったな」
筆「私も驚いた。ウチの350形でさえ滅多に入らないのに、JRの車両入れちゃうなんてね」
「とりのうた」号は3連なので、西羽原の車両区内に入線することも現実的に可能でした。しかし、回送用にもカゲスジ(臨時列車用にあらかじめ設定されたダイヤ)が引かれてある臨時特急編成ならともかく、今回新規に設定された団体列車において回送ダイヤを単線区間に設定するのは大変です。それならば、この日列車が全く設定されておらず空いている逢瀬新港駅ホームに入れてしまおう、ということになったのです。これも、列車が3両編成だったから可能なことでした。
列車が進む線路は海沿いを離れ、太郎ヶ崎の付け根を横切ります。再び右手に水平線が見えてくると、もう逢瀬新港の貨物駅です。一番手前の分岐器を右に曲がって、海縁の旅客ホームのある線に進入していきます。本来の逢瀬新港行き旅客列車の場合ならこの時点で、ホームと一体化されている埠頭に留まっている連絡船が見えるのですが、今日は当然船の姿も人影もありません。
島居運転士はそんなホームに列車を停め、ブレーキを「非常」までかけました。これでやっと、往路の運用は終わりです。
筆「それじゃあ、本当にお疲れさま」
島「ありがと」
列車を降り、駅近くの工場敷地内まで迎えに来ていた会社の車に乗り込んで、筆者らは西羽原へ帰りました。
イメージ 4

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いかがでしたでしょうか。復路のほうは残念ながら取材できなかったのですが、問題なく運行できたようです。
筆者は今回初めて直通団体列車に乗ったのですが、485系の高運転台からは今まで見えなかった様々なことが見えました。私事ながら非常に良い経験になったと思います。ここには書ききれなかったこともたくさんあるので、今度直通団体列車が運転されるときは皆様も注目してみてください。幸い、この度のツアーは好評だったらしく、今後も開催していくつもりとのことです。
では、最後になりますが、取材に協力してくださったJRツアーズ関係者の皆様、伊島電鉄社内の関係各所、運転士で友人の理奈、そしてここまでこの記事をお読みくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。

制作:伊島電鉄広報課

「じれったいねー、理奈んとこも」
言って、小村井由里は苦笑いした。
ここは伊島電鉄羽原駅の駅員室。駅長の由里に相談を持ちかけているのは、西羽原車掌区所属の運転士、島居理奈だった。
「だって職場仲間ですよ?距離感がつかめなくて…」
「うーん…どうしたものかねえ」
理奈の相談は、ずばり恋愛相談だった。彼女は車掌区の同僚の車掌、新野弘貴に片想いをしていた。
しばらく由里は考え込んでいたが、諦めたように顔を上げた。
「まあ、あたしも色々考えとくよ。だからとりあえず『今日』のところは、ちゃんと仕事やり遂げないとね」
「ああ、そうですね…」
そう言って二人は心配そうに窓の外を覗いた。
今日の天気は雪だった。天気予報によると、海沿いでは午後にかけて強風を伴う豪雪になる恐れがある、とのことだった。
「この辺でこんな大雪降るなんてねえ」由里はあきれたように呟く。
「十年ぐらい前にもありましたよね」
「そうだったっけ。とにかく、理奈の乗務これからでしょ?気をつけてね」
「ありがとうございます」
「それじゃ、あたし仕事だから」
「あ、私もそろそろです。話聞いてくれてありがとうございました」
「どういたしまして」
そうして、二人は立ち上がった。

「#04 雨恋」

由里と別れ、理奈はプラットホームに向かった。
彼女の乗務する列車はまだ来ていなかった。懐中時計を確認すると、どうやら遅れているらしい。
「雪、か…」
ぽつりと呟く。彼女はある記憶を思い出した。
十年ほど前、理奈が中学生のときだった。二月のある日、大雪が降った。学校は途中で切り上げられ、昼前に下校となった。
学校は羽原の街の南外れ、雨恋駅の西方にあった。理奈の家は伊島線より東側だったため、彼女は毎日雨恋駅の横の小さな踏切を渡って通学していた。積もった雪で景色は一変していたが、理奈はいつもと同じこのルートで帰ろうとしていた。
ところがその途中、踏切のあたりで理奈は倒れてしまった。微熱で風邪気味だったところを、寒い雪の帰り道にさらに体力を奪われてしまったのだ。
彼女にはその直後の記憶はほとんどない。ただ、雨恋駅で抑止となっていた(この辺りの事情が分かるようになったのは最近だが)伊島線列車の中で目を覚ましたのは覚えている。誰かが連れてきてくれたらしかった。意識が朦朧としていたのであまりわからないが、同世代くらいの男の子のようだった。
その後、列車の乗務員が色々と介抱してくれ、無事に帰宅することができたのだった―。
「あの男の子は…」
いったい誰だったのだろうか。今となっては見当もつかないが、なにせ雪の中倒れていたところを助けてくれたのだ、ちゃんとお礼をしたいな、と理奈は思っていた。
そんな回想をしていると、雪煙の向こうから300形電車が姿を現した。約5分の延着だ。
ここでは運転士は交代するが、車掌は続けて乗務するようだ。
「あ…」
その車掌室から降りてきたのは、新野弘貴だった。
「あ、島居さん」
「に、新野君だったんだ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
少し驚きつつも挨拶をして、理奈は逢瀬方の乗務員室に入った。手早く機器類を準備すると、あとは信号の開通を待つだけとなった。
理奈はふと振り返って、客室のほうを見てみた。彼女のいる先頭車両には乗客は誰もいなかった。後ろの車両にしても、一人二人ずついるかどうかという感じだ。こんな荒天では人出が少なくて当たり前か、と思った。
ちょうど姿勢を向き直したところで、出発信号機の現示が青になった。新野車掌の吹く笛の音がして、戸締め灯がつく。
「しゅっぱーつ、進行」
発車合図のブザーに合わせて指差し歓呼をして、理奈は空転に気をつけながら加速ノッチを入れた。

もはや吹雪とも言えるような荒れ模様の中、理奈の運転する第131列車は羽原市内を進んでいた。乗務員の二人は気づいていないが、羽原駅で乗り込んだ乗客は西羽原駅と羽原市駅でみな降車してしまい、市街地を出る頃には列車は空気輸送状態となってしまっていた。
雪であまり前方が見えない中、理奈は記憶している線形や信号機の灯を頼りに次の雨恋駅に向かって運転していた。
「この辺り、かな…」
呟いて、ブレーキを操作する。制動距離が伸びることを想定して、少し早めにブレーキをかけた。
列車は少しだけスリップしつつも、雨恋駅のプラットホームに問題なく収まった。白くなったホームには人影はなく、風の音だけが響いている。
少ししてドアが閉まり、新野車掌からブザーで発車合図が来た。
その時だった。ふっ、と計器のランプが消えた。
「あれ…」
理奈が見回すと、客室の照明も消えている。
「停電…?」
ためしにマスターコントローラーを操作してみるが、列車は動きそうにない。
と、無線機から音声が流れてきた。
『こちら羽原指令、全列車、全列車、ただいま架線の送電に障害が発生しており、羽原市と志野川の間で饋電(きでん)が停止しています。えー現在送電に障害が生じており、羽原市から志野川の間で停電しています。詳しい状況は調査中です。当該区間以外を走行中の列車は、次駅に所定通り停車したら待機してください。停車中の列車は指示があるまで待機していてください』
「停電かあ…どうしよう」
理奈が戸惑っていると、そのときブザーが鳴った。
『ビー、ビッビッビー』
車掌からの呼び出しの合図だ。同じように送り返して、受話器を取る。
「もしもし」
「あ、島居さん、大丈夫ですか」
「うん、こっちは特になんともないよ。新野君は?」
「今のところは。ただ、停電の原因って、多分この雪ですよね」
「そうだろうねえ」
「だとすると、どのみちしばらく再開できないと思うんで、とりあえず客室見回ってお客様にご案内しておいたほうがいいかなと思って」
「なるほど、そうだね。じゃあお願いします」
「了解です」
通話が切れると、受話器を戻しながら理奈はため息をついた。「はあ…困ったなあ」
きっと今頃本社では、原因の調査が始まっているだろう。代行バスの手配も進められているかもしれない。が、どのみち理奈たち列車の乗務員には為すすべがなかった。
しばらくして、理奈の背後の乗務員室扉がノックされた。
「あ、新野君。どうだった?」
「それが、誰もいませんでした。みんな羽原市までで降りてしまっていたみたいで」
「あらら、そっか。じゃあもう待機するしかないね」
「そうですね」
「…」
しかし新野は最後尾に戻ろうとしない。
「に、新野君、戻らないの?」
「向こう行ってもすることないですし…いいじゃないですか、僕だってちょっと心細いんですよ」
「そっか…」
言われてみれば確かに、こっちも新野にいてもらったほうが何となく安心できるかも、と理奈は思った。
こうして、彼女は新野と二人で乗務員室にいることになった。

『えー繰り返し連絡します、現在、飛来物による架線障害のため、羽原市志野川間で停電しています。そのため、これよりバスによる代行輸送を行います。バスはそれぞれ…』
無線が流れてくる乗務員室で、理奈と新野は特にすることもなく黙って待機していた。
先ほど指令室には、この列車に旅客は乗っていないと連絡していた。そのため、雨恋駅は代行バスの経由から外され、乗務員の二人はあとで会社の車で拾いに来るとのことだった。
無言で運転席に腰かけている理奈だが、別にぼうっとしているわけではなかった。むしろその逆なのだ。新野と二人きりという状況が妙に意識されて、緊張して話しかけられないのだった。
そんな理奈だったが、急に身震いがした。動悸のおかげで心臓だけは熱かったが、身体は冷え始めていた。
両腕を抱え込むと、新野が気づいて声をかけてきた。「大丈夫ですか」
「う、うん。ちょっと寒くて」
「暖房も止まってますからね。…これ、どうぞ」
言いながら新野は、自分の上着を脱いでかけてくれた。
「わ、悪いよ!新野君が寒くなっちゃうじゃない」
「僕は大丈夫ですよ。それにまた倒れられても困りますし」
「そんな身体弱くないよ私」
「それでもです」
年下に気を使われて少しむっとした理奈だったが、彼の優しさを素直に受け取っておくことにした。
風は止みそうになく吹き続いているが、車内はほとんどしんとしていた。
「…結構前ですけど」
ふいに新野が口を開いた。「今日みたいに大雪で伊島線が止まったこと、ありましたよね」
「あ、十年くらい前の」
「そうです。僕がまだ中一だったとき。…そのときの話なんですけど」
新野は理奈の様子をうかがいながら話し始めた。
「その日は雪がひどくて、帰れなくなる前にって学校が早く切り上げになったんです。友達たちははしゃいだりしてましたけど、僕は素直に帰ることにしました。それで、学校から帰ってたら、雨恋駅のところの踏切で人が倒れてたんです」
「えっ…」
理奈は声を漏らした。「それって…」
新野はそのまま続ける。
「あわてて駆け寄ると、倒れているのは女の子でした。しかも、学校の先輩で、…憧れてた人だったんです。とにかくどうにかしないとと思ったら、すぐそばに雨恋駅に列車が停まってました。女の子を連れて乗り込むと、乗務員の方がいて、僕もしばらく付き添っていたんですが、その乗務員さんに帰った方がいいと言われて、列車をあとにしました」
ここで初めて新野は理奈を見て、口元を緩めた。
「島居さんが気づいてくれるの、ずっと待ってたんですけどね」
「じゃあ、あのとき私を助けてくれたのは…」
新野は微笑んだ。
「そうだったんだ…本当にありがとう、新野くん。命の恩人だよ」
「大袈裟ですよ」
「でも、なにかお礼、させてもらえないかな」
理奈が頼むと、新野は少し逡巡してから言った。
「僕が助けた女の子は、…島居さんは、僕の憧れの人でした。もっと言えば、―僕は、そのときからその人のことが好きだったんです」
「えっ…」
「…島居さん、僕と、付き合ってくれませんか」
「っ…!」
思ってもみなかったことに驚き、理奈は聞き返す。
「ほ、ほんとに、いいの…?」
「もちろん、僕から頼んでるんですから」
少しだけためらったが、まっすぐ新野の瞳を見て理奈は答えた。
「じゃあ、はいっ!」
そして彼女は新野の胸に飛び込んだ。

「それで?心配しながら車で迎えに行ったあたしに、これでもかと言うほどいちゃついてるところ見せつけてきたことについて何か言うことは?」
由里は早口で、わざとらしく皮肉っぽく言った。彼女は羽原駅の駅員室で理奈とまた話していた。
「それは悪かったですけど、冷やかさないでくださいよ…」
理奈は顔を赤くした。
「やだ。冷やかす。かわいいもん」
「かわいいって…」
「あそっか、もう聞きなれてる台詞だもんね」
「だっ、だからあ」
「ふふ、冗談だよ、このくらいにしたげる」由里は悪戯っぽく笑った。
「にしても、ほんとに少女漫画みたいな展開だよねえ」
「私も、まさかあのときの男の子が弘貴くんだったなんて」
「あー自然に名前呼びしてくるのあざといわー」
「そ、そんなつもりじゃ」
「でも、せっかく運命が結びつけてくれたんだから、相手のこと離しちゃだめよ」
ふいに由里は真面目な表情になって言った。理奈も、真剣に応じた。「はい、わかってます」
仕事の時間になり、理奈はプラットホームに出た。融けかけの雪がまだ線路脇に残っているが、今日は定刻通り動いているようだ。
列車がホームに入ってきた。「あっ」
車掌をしているのは新野だった。
「あ、またですね、理奈さん」
「ほんと偶然だね、弘貴くん」
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
互いに微笑んで、それぞれの乗務員室に向かった。

―ちなみに、地元の高校生たちの間で「運転士と車掌がカップルの伊島線列車に乗れたら恋愛が成就する」という噂が話題になるのだが、それはまた別のお話。

更新履歴5/17

・伊島電鉄
アニメ「海風の吹く町」に関する資料を追加

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