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ナトリウムの架鉄ブログ
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伊島電鉄:200形

200形
「高度経済成長期の『ロマンスカー』」
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落成:1963年
引退:2005年
車体:鋼製
台車:ペデスタル式・空気ばね台車
制御:抵抗制御
制動:発電ブレーキ併用電磁自動空気ブレーキ
製造数:3編成
高度経済成長期中、とくに東京五輪の開催による観光需要の増加を見込んで製造された形式で、伊島線初の20m級車両。観光輸送を見据え「ロマンスカー」として設計され、座り心地を追及した集団見合い式配置のクロスシートや、曲面ガラスを採用した流線型の先頭形状が取り入れられた豪華仕様で、当時の快速列車に優先的に充当された。乗り心地を良くするために、台車枕ばねには空気ばねが採用された。また、3両編成でかつ増結も考慮されたためブレーキは電磁自動ブレーキとなった。ただし、座席を固定式のものにして可動部品を減らしたり、部品を極力共通化したり、制御器に100形と同形のものを採用したりすることで整備コストを抑えている。
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↑客室。暖色系を用い居住性を求めた。
設備の陳腐化もあり、「みさご」急行化の際にその役目を350形に譲った。2扉で座席定員を重視した客室設備は普通列車には向かなかったため、晩年は予備編成的な処遇であった。2004年に第2編成がトレーラーとの接触事故により事故廃車となり、予備編成不足と250形の老朽化を考慮して2005年に500形が導入され、250形が予備車のポストに入り200形は引退した。現在は第1編成が団体・臨時列車用に動態保存されている。

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木葉「さきいか食べます?」
三谷「いただきます」
木葉「200形は、伊島線を代表する車両です!」
三谷「今は350形ではないんですか」
木葉「まあ、表向きはそんな感じですけど…でも、社内や昔からの沿線のお客さまは、200形を特別に見ている人は多いと思いますよ」
三谷「確かに、高度経済成長を反映した車両ですからね」
木葉「「出来る限りの」贅沢を尽くしましたから。この資料にある以外にも、乗務員室と客室の仕切りをなくして展望席を設けたりもしてます」
三谷「それまでの伊島線の車両からしたらすごい豪華ですよね」
木葉「はい。沿線住民は、200形の登場を見て日本の戦後復興を実感したと言われています」
三谷「関係者にとっては大切な電車なんですね」
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↑運転席直後には展望席も設けられている。

伊島電鉄:100形

100形
「伊島線初の電車」
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落成:1956年
引退:1989年
車体:鋼製
台車:イコライザー式台車
制御:抵抗制御
制動:自動空気ブレーキ
製造数:6編成
伊島線の電化に合わせて製造された最初の電車車両。従来の客車(蒸機牽引)は木造車体であったが、100形は鋼製車体となった。また、自動扉も初めて採用された。
高度経済成長期の輸送力増強の必要性から、16m級車体という従来より大型の規格で設計され、車内にはつり革も設置された。
機器類には、イコライザー式台車など比較的古くて安価な部品を採用したり、旧形の客車から部品を流用したりして車両価格を抑えている。
Mc+M'cの2両編成だが、登場まもない頃の多客時には残っていた客車車両を連結して3両編成を組むこともあったようである。
老朽化により、1989年に300形によって置き換えられた。

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木葉「柿ピー食べます?」
三谷「あ、ありがとうございます」
木葉「100形は、伊島線で最初の電車ですね。これより前は蒸気機関車で客車を引っ張ってました」
三谷「その客車列車よりは輸送力が大きくなったんですね」
木葉「客車は1両10mちょっとで、2両牽引でした。100形は16m2両ですから編成長で見れば1.5倍です」
三谷「それでも多客時は足りなくなったんですか」
木葉「ええ、当時は江瑠璃島や逢瀬新港の開発も行われていましたから。100形は2両とも動力車だし、客車も小型で軽い木造なので1両くらいは牽けたみたいです」
三谷「路面電車では単行のM車がトレーラーを牽引する、いわゆる「親子電車」というものがありましたが、そういえば普通鉄道ではあまり聞かないですね。混結ならありましたけど」
木葉「じつは、この100形の客車牽引列車については、資料がほとんど残っていないんです。…あの、これはオフレコにしてほしいんですけど、おそらく国交省側の認可を取らずに運行していたんだと思います」
三谷「あらら…ばれなかったんですか」
木葉「たぶん。注意を受けたとかそういう記録はないので。運行していたのが1950年台末から、200形が登場する1963年までの約5年間だけですし。もちろん、今の伊島電鉄はちゃんと法律を遵守してますよ!」
三谷「はは、わかってますよ」

伊島電鉄1

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羽原駅に停車中の350形と500形。伊島線ホームはJRの駅のすぐ脇にあり、島式の1面2線です。有効長は3両。
 
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逢瀬海岸駅に停車している500形。もと営団5000系の譲渡車で、ほとんど改造せずに運用しています。かつての地下鉄車両が海沿いの小さな終着駅に停まっている風景は、鉄道ファンにも人気です。

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2015年元日に、200形を使用した臨時列車が運行されました。この際、逢瀬海岸駅で200形と350形が並び、ミニ撮影会となりました。「迎春」記念HMを装着した、先輩後輩にあたる2形式の貴重なツーショットです。

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逢瀬海岸駅にて発車を待つ伊島線貨物列車を線路沿い道路から。逢瀬海岸駅は一番線が貨物列車に対応した有効長を有しており、貨物列車は旅客列車と交換してから本線に入ります。

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004と同じく逢瀬海岸駅停車中の貨物列車を、駅舎側から撮った画像。ホーム有効長を大きくオーバーする貨物列車は、駅舎すぐ横の踏切を遮ってしまいます。ただし、列車の編成がかからない位置(画像右方)にもう一か所踏切があるので、貨物列車停車中はそちらを使えば問題ありません。

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逢瀬海岸駅に入線してきた、季節運行のJR直通臨時特急の185系5両編成。かつては定期列車「ひすい」として乗り入れてきていた185系ですが、現在は臨時でのみ伊島線内を走行します。

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500形入線の際の、甲種輸送のカット。機関車の次位に連結されている控車はワ146号車で、双頭式連結器を有します。

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夏の夕日に照らされながら逢瀬新港を目指す下り貨物列車。夕方ラッシュ直前の、最終貨物列車です。ちなみに下りは当然タンク車は空で、有蓋貨車に江瑠璃島への貨物が積まれています。

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東海道線直通列車が運行されていたころの、5連「快速みさご」の写真。直通列車を補佐する立ち位置で東海道線急行「東海」と接続する輸送を担っていた「みさご」は、繁忙期には直通列車と同等の輸送力を持つため5連に増結されることもありました。250形は逢瀬方からM'c-M-Tcの編成なので、逢瀬方のM'-Mユニットを切り離して増結に用いることが可能でした。また、移設前の羽原駅は伊島線ホームも有効長が5両分あったので、このような列車の運行ができたのです。

番外
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テレビアニメ「海風の吹く町」とのコラボレーション企画用のイラスト。伊島町と逢瀬町が舞台で、劇中に伊島線や沿線風景が多く登場することから、伊島町と伊島電鉄では「海風の吹く町」とタイアップ企画を行っています。伊島線ではスタンプラリーなどを開催しています。

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好見駅で交換を行う貨物列車とJR直通臨時特急編成の回送。185系は西羽原にある留置線に向かいます。好見駅は有効長が長く取られているので、貨物列車も退避することができます。なお、好見駅のプラットホームは写真奥の方にあります。

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逢瀬新港駅ホームに停車中の250形。右の船は江瑠璃島への連絡船「ひすい丸」で、これの週に2日の旅客営業のときだけ伊島線旅客列車が逢瀬新港駅に乗り入れます。左方は貨物ヤードで、セメント工場に直結しています。

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西羽原車両区でのイベントにあわせて運転された500形の臨時列車。営団時代のものを模した「快速みさご」幕は、当然定期運用では使用されることのない、いわば「お遊び」のものです。

更新履歴12/16

伊島電鉄
・「車両」に画像を追加
・各記事(「車両」除く)にこのたにトークを追加

更新履歴11/10

伊島電鉄
・「プロローグ」を公開
・「会社」にこのたにトークを追加

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