夏樹美術の「夏樹通信」!!

千代田区神田神保町の美術品・骨董品 買取り専門店 夏樹美術です

文京区小石川後楽園

3月の話になりますが、心地良い春風に吹かれながら、神田神保町から文京区小石川後楽園へと散策してきました。

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小石川後楽園は水戸黄門でおなじみの徳川光圀が水戸藩江戸上屋敷の庭を拡張して造り上げた庭園です。
水戸偕楽園よりも200年古いのであります。
後楽園の「後楽」は中国の名著「岳陽楼記」にある「先憂後楽」から由来するそうです。
光圀が重用した清朝末に日本に逃れた明朝の文人朱舜水の「(君主)は世間の人々の楽しみを先にし、自分はあとで楽しむこと」の進言によって命名したそうです。

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庭園の中に、木曽川、大泉水、渡月橋など日本の名所と蓬莱島、得仁堂など中国の名所が設けられ、小さな諸国漫遊ができるような趣向が凝らされていました。

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徳川光圀の「大日本史」編纂に朱舜水も参加しており、朱子学と陽明学の折衷思想を持つ朱舜水は光圀に大きな影響を与えたことはこの後楽園の造園法からも窺えます。
儒学思想に国学、史学、神道が融合された水戸学は江戸後期には尊王攘夷へと更なる発展を遂げ、ついに明治維新が起こり、ここから近代日本が幕開けとなるのです。

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現在の後楽園からも江戸初期の名残の風景とともに近代日本の象徴の一つでもある東京ドームが見え、江戸と東京のコラボレーションに不思議な気分にさせられます。

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光圀が愛した梅林で咲く梅を見ながら、ふと中国の水墨画の梅林の中に入ってしまったようなそんな気分になりました。

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中国の画家董寿平と日本の書家村上三島の合作「梅」

(夏樹美術スタッフ H)


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熊谷守一の絵といえば、真っ先に猫の図を思い浮かんできます。
茶色の画面に簡潔に直線と曲線で輪郭づけられたうつ伏せの白い猫が寝ています。
実に穏やかで、見る者も幸せな気持ちになります。

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先日、神田神保町から近く竹橋の東京国立近代美術館で現在開催されている「没後40年 熊谷守一 〜生きるよろこび〜」大回顧展へ行ってきました。
一切の無駄をそぎ落とし対象の本質をとらえた画法、熊谷守一様式が私たちを魅了します。
97歳という長寿を全うするまでに画家として非常に多くの絵を残しており、回顧展では各年代における彼の画家という人生を時系列でみることができます。

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写実画からスタートして熊谷守一様式が確立されるまで実に様々な題材で描かれた作品を見て、彼が終生画家としてテーマにしてきたのは「光と影」「生と死」であるのかなと感じました。

光と影については東京美術学校(現東京芸術大学)に在学中に描かれた写実画からも試行錯誤して追い求めていたことが、やや暗めの肖像画の輪郭のコントラストがドラマティックに表現されていることからもわかります。
のちにこの表現は極限まで切り詰められ、線と面とで簡潔に描かれた守一様式へと昇華されていくのです。
人間の目はもともと物を立体的にとらえることができるようになっているので、ともすると幼子が塗り絵を塗ったように見える守一様式の絵も奥行きが感じられるようにみえ、見つめていると絵が揺らいで動いているように見えてくるのもすべて彼の計算だったように思えます。

生と死に関してはのちに彼が「生きていることが好き」「いつまでも生きていたい」と語ったことから彼がすべての生を愛おしく思い生き生きと描いていることからもよくわかりますし、自身の子「陽(よう)」が亡くなった時に亡くなった子を描いた「陽が亡くなった日」、結核で寝込んでいた「萬(まん)」を描いた作品と亡くなった後子どもたちとともに骨壺を持って歩く様子を描いた「ヤキバノカエリ」、若い時に轢死体を見た時に描かれた「轢死」から生と真逆の死を常に意識していたことが実に生々しく感じられます。

熊谷守一の絵の最大のコレクターは美術収集家の木村定三でありました。
木村定三コレクションには中国の古美術品もあるようです。
熊谷守一の絵と中国の古美術品に両方惹かれた理由は故人に聞いてみたいものです。

(夏樹美術スタッフ H)

千代田区神田神保町 美術品・骨董品 高価買取り専門店 夏樹美術

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夏目漱石と文京区 2

今回はお客様のお宅の訪問買い取りを終え、寄り道して文豪夏目漱石のゆかりの地を散策してきました。

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英国留学後に初めて住まった「猫の家」を目指して歩く本郷通りの道すがら、彼が教鞭を執った帝国大学(東京大学の前身)、第一高等中学校(東京大学教養学部の前身)に立ち寄り、ちょうど漱石と時を同じくして農学部で教授をしていた上野英三郎博士と忠犬ハチ公の約90年ぶりの再会に立ち会うことができました。

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そこからさらに10分ほど先へ行き、ようやく「猫の家」を発見しました。
説明書きの向こうの塀の上に100年ほどの時を超え、かの文豪の飼い猫の石像がピンとしっぽを伸ばしてお出迎えです。
その先の根津神社の中には通称「文豪憩いの石」と呼ばれる平らな石があり、かつて森鴎外や夏目漱石が腰かけて想を練ったそうです。
何を見つめるでもなく自らの頭の中の文字を深く追い求め石のように動かない彼らの姿が目に浮かぶようです。

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夏樹美術へ戻る方向へ今度は白山通りを歩いて夏目漱石二番目の借家である「西片町の家」を目指します。
ここは夏目漱石をはじめ、樋口一葉、二葉亭四迷ほか数々の文化人、医者、大学教授などが住んでいたため当時から学者町として知られていたようです。
彼がこの地を去って2年後に夏樹美術がお世話になっている神田神保町、内山書店とも縁深い魯迅(周樹人)と弟周作人(作家、翻訳家)が、敬愛する夏目漱石の残り香を求めるかのように同じ家を借り「伍舎」と名付け住んでいたそうです。

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本当に狭い範囲での散策でしたが、行く先々に何かしらか目印があり、ちょっとした宝物探しをしているようで本当に楽しいひと時でした。
夏目漱石と、彼と同じ時代に生きていた著名人の足跡をたどりながら当時の風を感じることができました。

(夏樹美術スタッフ H)

追伸:わが家の小皇帝 太郎と二郎 吾輩は猫である。

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夏目漱石と文京区

しばらく前の事になりますが、「平成29年度 文京区企画展 〜漱石とぶんきょう ただやるだけやる而已(のみ)に候〜」展を見に文京区シビックセンターへ足を運んできました。

平成29年は文豪夏目漱石生誕150年の節目に当たり、2/5〜2/11までの短い期間の展示ということもあるのか、展示室は来訪者がたくさんいらしゃいました。
この企画展では主に夏目漱石が文京区で暮らしていた時代の前後に焦点を当てたパネル展示が中心となります。

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夏目漱石が文京区に居を構えていたのはイギリス留学から帰国後の明治36年から40年までの4年間という短い時間でしたが、その間に東京帝国大学での教鞭、「吾輩は猫である」の執筆を経ての職業作家への転身と文豪としての彼の歴史の大きな転換期を迎えています。

通称「猫の家」と呼ばれる帰国後に住んでいた住居はかつて森鴎外が住んでいた家で、その後数々の創作活動が行われた西片町の住居はのちに魯迅が住んでいたりと、様々な文化人が入れ代わり立ち代わり足跡を残していった文京区ならではの解説に、ふと当時の空気を吸ったような気分になりました。

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夏樹美術は実に130年ほど続く本の街神田神保町すずらん通りの中にあり、文京区もお隣ということもあって、夏目漱石の軌跡を通じて様々な文化人たちが、かつてもそして今もこの街を闊歩していたのだなと思うだけで胸がわくわくしてしまいます。

いい機会なので次は少し足を伸ばして文京区最初の借家であった猫の家と二番目の借家であった西片町の家を散歩がてら尋ねてみようと思います。

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今回のこの漱石展との出会いを皮切りに、かつての文化人たちが立ち寄ったであろう現在も残る史跡に足を運んで皆様に、この場を通じてご紹介できればと思います。
(夏樹美術スタッフ H)

千代田区神田神保町 美術品・骨董品 高価買取り専門店 夏樹美術


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ライナス・ポーリング博士はご存知でしょうか。
氏はノーベル賞の化学賞(1954年)と平和賞(1962年)を受賞した唯一の科学者であります。
私はこの手紙を見て初めて知りました。

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これはライナス・ポーリング博士直筆サインの手紙です。
封書から、アフリカ・ガボンのランバレネにあるシュヴァイツァー(シュバイツァーとも訳す)病院の高橋功博士宛となっています。
高橋功博士は志賀潔博士の甥で、陸軍軍医の後眼科医院を開業、昭和33年から妻武子とともにアルベルト・シュヴァイツァー博士(ノーベル平和賞受賞者)と一緒に8年間アフリカのガボンで医療活動に従事した日本人医師であります。

ちなみにアルベルト・シュヴァイツァー博士はオルガン奏者でバッハ研究家であったそうです。
また高橋功博士はギター奏者、研究家としても知られ、パリ国際ギターコンクール審査員を務めたほどでありました。

今年のノーベル生理学・医学賞を受賞された東京工業大栄誉教授の大隅良典先生は受賞記念講演で、
「科学を何かに役立てるためのものではなく、文化としてとらえ、育んでくれる社会になってほしい」と話されたことは印象に残りました。
また、昨年ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智北里大学特別栄誉教授は、美術品特に上村松園、三岸節子、小倉遊亀など女流画家の絵画作品の収集家としても有名です。

美術や音楽そして演劇などの文化と同様、自然科学、人文科学そして社会科学を総じて文化として考えることが大事だと改めて気づかされました。

(夏樹美術スタッフ N)

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