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N事務所さん、コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
今回コメントいただいたように、確かに宮城の川口納豆さんの納豆には村松博士製法と表示されていますね。そこで今回は村松博士製法と表示のある納豆あれこれです。

おっしゃられるように、浅間納豆本舗さんと半沢博士と同じような関係があったと思いますが川口納豆さんのホ−ムペ−ジを見ても村松博士との関係を推測させるような記述が一切ありません。苦労した時代や辛かった時代を黙して語らず、というのも日本人の美です。

ところで、村松博士製法をその納豆に表示している納豆屋さんが私の知っている限りもうひとつあります。それは岩手の丸勘商店さんです。こちらのホ−ムペ−ジでは丸勘商店創業者初代勘之助と村松博士との関わりを積極的に開示しています。

それによると、
盛岡高等農林学校教授の村松舜祐博士は ”いなわら”に頼らない納豆づくりを目指し永年の努力と熱心な研究の結果、「おいしく、安定した」製品を生み出す納豆菌を発見し純粋培養に成功しました。
納豆菌が発見されるまで、納豆作りは煮た豆をわらつとに入れて室で発酵させていたが、わらから出る納豆菌の付き具合が温度によって異なることから、発酵が一定せず、作るのが非常に難しかった。
このため失敗の連続で、辛うじてできたわずかの納豆を売っていたのが当時の納豆屋の状況。そうした納豆作りの量産を可能にしたのが村松博士の納豆菌で画期的な発見だった、と書かれています。
純粋培養された納豆菌で作った納豆は学内で「高農納豆」(高等農林の略)として販売され、大いに評判を得たがその村松博士のもとで研究を助けまた熱心に教えを受けていた業者の一人に丸勘商店の初代村上勘之助氏もいたそうです。
「高農納豆」のそのおいしさを「一般の家庭へ」と博士直接の指導の下、幾多の努力を重ね一般家庭向きに大量生産する工程を産学共同で研究開発し、誕生したのが「盛岡納豆」だそうです。

是非、川口納豆と村松博士の関わりも知りたいものですね。

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ありがとうございます。とても参考になります。川口納豆経木ミニの裏面には「<特徴>村松舜祐博士[盛岡高等農林学校(現岩手大)教授]製法による納豆本来の懐かしさいっぱいの味です。」とだけ記載されていました。地元に懇意にさせていただいている納豆メーカー社長から以前聞いた話では、納豆菌には宮城野種?とか○○種と色々あるそうで企業秘密の領域らしいですね。彼からも半沢博士や村松博士についての話を聞いてみたいと思います。たかが納豆、されど納豆・・奥が深いですね。

2008/7/19(土) 午前 7:16 N事務所 返信する

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川口納豆は、仙台高橋食品工業の創業者高橋三雄次のお弟子さん筋と聞いたことがあります。その高橋氏は、岩出山納豆で修行したり、盛岡高農の村松博士の元にも足しげく通ったとか。その辺りの縁ではないでしょうか。
また、半澤博士製法をうたう宮城野納豆など大手競合メーカーへの対抗意識もあったかもしれませんね。

2008/10/11(土) 午前 11:43 [ aqu**ias20*1 ] 返信する

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