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案内板の説明じゃ、チンプンカンプンの人も多いと思うので(町役場はもっと親切に書いてよ!)
補足説明です(^0_0^)
ここいら辺は上意東地区っていうんですが、昔・・室町時代に「だいご大江の里」という
呼び名で呼ばれたところがありました。そこにある日、色の白い輝くような美人が居たんですね。
この方、誰からも「大江美人」と大層な評判でした。
年頃になって結婚したんですが、二人とも忙しい毎日で仲はいいけどなかなか一緒に居られない。
旦那は色々と考えて「そうだ!町の絵師に頼んで女房の姿絵を描いてもらおう。それならいつも
一緒に居る気分が味わえる」
ってことで、畑に絵を立てて仕事をしてたら突然強い風が西から吹いて掛軸が飛んで行ってしまった。
それが何故か京都の将軍様の庭に舞い降り、将軍様は一目惚れ(#^.^#)
「この美人を探して参れ!」と部下に命じ出雲国で見つかった大江美人は将軍家で奉公の身に・・
旦那は悲しい毎日を送っていましたが、なにせ相手は天下の将軍様・・どうにもなりません。
ある日、旦那は噂話で「5月5日の端午の節句の日だけ、菖蒲売りが将軍家に入れる」と知ります。
早速、頼んで京都へと急ぐ旦那・・・しかしあまりに遠く、到着したのは5月6日のことでした。
旦那は塀の外から「菖蒲〜菖蒲〜」と悲しい声で呼び歩きます。御殿の中では人々が「6日の菖蒲
売りがきておるぞ〜」と笑っていましたが、大江美人はその声が一日も忘れたことのない夫の声だと
気付きます。こっそり塀の外へ出て、後は涙の抱擁(ToT)
その晩に二人はおちあって長い道を逃げきり、懐かしい意東川のほとりに着きました。
そこまで来て、大江美人は長いことはりつめていた気がゆるんだのかバッタリと倒れて死んでしまいます
旦那は大変悲しみ、泣きながらこの地に穴を掘り大江美人を葬ってあげたそうです。
この後、意東の人達は美人塚として常に花を手向け薄命であった大江美人の冥福を祈ったそうです。
「美人薄命」ってここからきてるの?だったら凄い!
あと、何故かここで祈った後にその辺の草でイボを撫でるときれいに取れるそう・・・・
これの検証は、またそのうちに・・・
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